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Blackish Dance  作者: ジュンち
111/208

111話 不協和音

戦う者は、正義で武装する。

 ルワはルワで集合予定があるらしい。不敵な笑みを残し、階段を下りて行った。

 話してみると、聞いていた人物像とは少し違っていた。もっと「何でコイツが?」と思うような性格だとばかり思い込んでいたが、流石ロイヤル・カーテスの頂点に立つ男だ。不気味な力強さを感じた。

 神社の方に視線を向けると、明日が平日ということもあり、観光客の引きは早かった。まだ日も落ちきっていないというのに、先ほどからだれもいない。この桜と街並みの景色を独り占めできるとは、とヤンはまたしばらくその景色を眺めていた。

 もうそろそろジュダイとヒデが来る頃だろうと、ヤンも鳥居をくぐり、階段を下りた。右手の方に進んでいくと、すぐに半円状になった広場がある。待ち合わせるにはわかりやすいここが最適だと歩を進める。坂の上にあるこの広場からも街並みが一望できる。休憩するためのベンチや観光案内所もあり、階段を上る億劫さもないことから、先ほどの神社とは違って人がまばらにいる。

 日は落ち始めると、あっという間に空を桜色に染め上げた。これからオレンジ色に変わり、やがて闇を纏う。

 ヤンは()いていたベンチに座り、二人を待った。既死軍(キシグン)とロイヤル・カーテスがこれだけ探しまわっても見つからないのであれば、ルワの言うとおり今日は無駄足だったのかもしれない。それでも、今日が平和に終わるならそれでいいかと空を仰いだ。

 ゆっくりと薄い雲が流れていく。この明るさでは暗くなったところで星は見えそうにもない。こんな大都会の片隅で、こうやって目を凝らして星を探す日が来るとは夢にも思わなかった。少なくとも、子供だったあの時には、今の自分がこんな人生を歩むことになるとは考えてもいなかった。自分が真っ当な幸せを得られないことは子供ながらに気付いていた。しかし、今は当時思い描いていた「幸せではない人生」とも違う。

 ふと人の気配を感じて隣を見ると、いつの間にか人が座っていた。

「探し疲れたか?」

「あるかないかだけでも教えてくれ」

 音もなく現れたのは、何度目かの邂逅になる赤い羽織を着た那由他だった。切れ長の瞳はヤンをちらりと見ると、ふっと笑って懐から古い型の携帯電話を取り出した。以前黎裔(レイエイ)を爆破した時のスイッチと同じ物だ。すぐに懐に戻し、前を向いて口を開いた。

「今日はいつもの武器は持っていないのか」

「この人込みで堂々と持ち歩くほど馬鹿ではない」

「都会は治持隊(チジタイ)が多くてかなわない。俺たちにとっては」

「犯罪者どもと一緒にするな」

「自分たちが正義の味方だとでも言うつもりか? 人殺しはお互い様だ。そこに善も悪もない」

 傍から見れば、ただベンチに座った知人同士が会話をしているだけに見えるのだろう。二人が何を話しているかなど内容まで気にかけるような人間はいなかった。人目を臆することなくヤンは会話を続ける。

「罪もない人間を殺しておいて、それがお前らの望む『善』なのか?」

「俺たちに人殺しを強いているのは帝国(そっち)だろ」

「すべてを国のせいにして、極悪非道な行為を正当化か? 大層ご立派な大義名分だな」

「お前らにはわからんだろうよ」

 那由他は立ち上がり、広場をそのまままっすぐ通って柵を背にもたれる。その隣ではカップルが夕焼けを見るためか、夜景を待っているのか、談笑しながら眼下に広がる景色を眺めている。那由他は肩越しに少しずつ煌めき始めた街並みを一瞥する。

「俺たちの生活は見ただろ。あんな場所で一体何ができる。ゴミ山で屍のように生きて、結局、行きつく先もゴミ山の屍だ。少しぐらい、こっちの人間も俺たちと痛み分けしてくれてもいいんじゃないか」

 不穏な台詞を吐く那由他からカップルが離れた場所に移動した。これ以上声を張られると治持隊(チジタイ)も呼ばれかねない。ヤンは渋々立ち上がって那由他の隣に立った。柵に肘をつき、街の方を見る。お互いの視線は逆方向だ。

 那由他は続ける。

「俺たちはただ生きているだけだ。だからお前らと同じく権利があるはずだ。それなのに、生まれた場所が違っただけで人生の選択肢も与えられず、他人を蹴落として生きることすら選ばれた人間しかできない。それなら、選ばれた人間である蜉蒼(おれたち)裔民(エイミン)のために戦って何が悪い。お前はさっき俺たちの行動を『立派な大義名分だ』と揶揄(からか)ったな。だが、その通りだ。俺たちには大義名分がある」

 長ったらしい屁理屈じみた那由他を嘲笑するような表情をヤンは作る。

「それらしい言葉を並べて英雄気取りか? 『裔民(エイミン)のため』とは言うが、裔民(エイミン)すら踏み台にしているお前らには英雄になる資格はない」

 もうすぐ日没だ。那由他が持っていた起爆装置が本物なら、今、視界に入っているどこかで火の手が上がる。あれだけ走り回っても爆発物の探知機が反応しなかったところを見ると、もしかすると蜉蒼(フソウ)はまた新しい型の爆発物を造り上げたのかもしれない。

 淡々と会話を続けてはいるが、頭の中ではケイが早く手を打ってくれることを祈っていた。

「お前らが善だったとして」

 ヤンは気を逸らせようと再び口を開いた。

「その要求は何だ。どうなれば満足する」

黎裔(レイエイ)裔民(エイミン)の解放だ。そっちの都合で必要悪にされる覚えはない」

「確かに裔民(エイミン)には同情する。だが蜉蒼(フソウ)、いや、風真はそれに値しない」

 今まで合わなかった視線が、初めて合った。お互いが睨みつけ、一触即発の様相だ。

「帝国から逃げた軍人風情が偉そうに。何の縁があってそれを支持しているかは知らねぇが、俺たちにとってはお前も同罪だ」

 蜉蒼(フソウ)を率いる風真、裔民(エイミン)にとっては神にも似た存在をこき下ろされたことに、那由他は腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。今の発言を放っておくわけにはいかないと、すぐさま懐に手を入れる。

 だが、行動を起こしたのはヤンの方が一瞬早かった。那由他の手の甲を鋭い痛みが貫通した。

 短いうめき声が喰いしばった歯の隙間から漏れる。

「人がいる場所なら何もされないとでも思ったか?」

 口元にだけ笑みを浮かべているヤンは合口(あいくち)を引き抜く。(やいば)が当たった感触からすると、那由他が手にしていたのはどうやら起爆装置ではないらしい。ここで使わないところを見ると、先ほどの物は思わせぶりな様子でそれらしく振舞っただけの偽物と見てよさそうだ。

 合口(あいくち)の先端は金属らしい何か、恐らく那由他の武器である円月輪にぶつかり、致命傷を負わせるには至らなかった。小刀ごときではこんなものかとヤンは握り直す。

 そんなヤンに那由他はぐいと顔を近づけ、耳元で囁くように挑発する。

「殺せるもんなら殺してみろ。裔民(エイミン)を舐めてもらっては困る」

 そう言うが早いか、那由他は懐にしまっていた携帯電話を取り出した。ヤンが止める間もなく、那由他はボタンに置いた指に力を込める。

「これは黎裔(レイエイ)で実際に録音した声だ。これが俺たちが毎日聞いている死、俺たちの日常」

 ヤンから顔を離した那由他の勝ち誇ったような顔が癪に障る。起爆装置ではないのは間違いないだろう。では、これは一体何だというのか。

 その装置が引き起こしたのは、ヤンも、無線で聞いているケイですら思いもよらないことだった。絹を裂くような甲高い女性の叫び声、それに続いて助けを求める声があたりにこだました。周囲の人間の目が一斉にヤンと那由他に向けられる。

 瞬時に小刀は隠したものの、こうも注目されてはこれ以上の行動は起こせない。

 嘲笑を返した那由他は手の甲を押さえながら柵を乗り越える。その向こうは階段状の生け垣になっていて、逃げるには絶好の道筋だった。ヤンは馬鹿馬鹿しい言葉だと思いながらも、思わず「待て!」と声を上げる。

 早口に無線で連絡をしながら坂を駆け下りるも、迷路のように入り組んだ道では見失うのも時間の問題だった。しかし、頭の中にある地図では、那由他が曲がった角の先は行き止まりだ。もちろん塀を乗り越えることも厭わないだろうが、移動速度が格段に落ちることは間違いない。追い詰めるには絶好の場所だとヤンは角を曲がった。

 思った通りそこには那由他の姿はなく、勢いをつけて塀に飛び乗る。その先は観光地化もされていない、ほとんど廃墟になった古民家だった。敷地は雑草に一面覆われ、建物の天井や壁は一部が崩れ落ちている。

 雑草が揺れる場所を追いかけるも、再び舗装された道に出たときにはもう赤い羽織は見当たらなかった。

「あれ? 隼人だ」

 途中から坂を駆け上って来たのだろう。息を切らせたヒデが悔しそうに膝に手をついて呼吸を整える。

「見失った、ってことか」

 軽くため息をついて舌打ちをしたヤンはジュダイに無線を繋げる。ジュダイの方も収穫はないようだった。

「すまん、見失った」

『そのあたりは監視カメラもない。観光地のくせに、とんだ怠惰だな』

 国に悪態を突きながらもケイは三人を咎めることはなかった。

『日も暮れたってことは、やっぱり今回は何も起こらないってことだ。それならそれでいいだろう。ムカつくけどな』

 自分の読みが当たっていたとはいえ、やはり蜉蒼(フソウ)に遊ばれたのは気に食わないらしい。不機嫌そうな声色のケイが『帰って来い』と短く指示を出した。

 道中でジュダイとも合流し、来た坂道を引き返す。

「にしても、周りの注目を集めるためってことなら、何で那由他は自分の声じゃなくて女の人の悲鳴なんか使ったんでしょうね」

 一部始終を聞いていたヒデが不思議そうに首をひねる。確かに、と言いたげにヤンも疑問を繋げる。

「何か、理由か目的でもあるのか?」

 名前を呼ばれずとも、ケイは返事をする。

『女の悲鳴は人間が聞きやすい周波数だと言われている。男の叫び声よりかは注目を集めやすいだろうな。そこまで考えてるかどうかは知らんが』

 流石、何を聞いても答えてくれるんだなと三人は理解したようにうなずきながら歩き続ける。

「そう言えば、俺だけ誰にも会わなかったな」

「俺は会いたくもないのに二人も会ってさぁ」

 渋い顔をするヤンに、ヒデは「運がいいんだか悪いんだか」と苦笑いをする。

「悪いだろ。どう考えても」

 ヤンの呆れたような返事に二人はけらけらと笑った。

「でも、一番いい景色見られたのは隼人だね」

「それはそうだけど、何となく、今住んでるところの方が好きかな」

「あ、俺も俺も。前はこういう都会の方が住みやすいと思ってたけどさ、住めば都ってやつ?」

「じゃあ早く帰ろ」

 ヒデは一歩踏み出し、二人を振り返る。

「今日の晩ご飯、何だろうね」


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