105話 夢の跡
朽ちた、幻想。
会議場に集まった誘たちは、ケイが入って来るなり静まり返る。最近の任務は蜉蒼ともロイヤル・カーテスとも関わることが多く、緊張の糸が切れることはない。今回は一体どんな重要な任務が与えられるのかと、緊張した面持ちでその姿に視線を注ぐ。
しかし、ケイが放った言葉は誰もが想像していないものだった。
「遊園地って、行ったことあるやついるか?」
方々から「はぁ?」という声が聞こえる。勢いよく手を挙げたチャコは周りを見回し、「遊園地行ったことないって、どんな人生やねん」と半分笑いながら悪態を突く。
「まぁ俺がこんなこと言い出すってことは、次の任務なんだが」
「僕、行きたい!」
ケイの言葉に何の魅力を感じたのか、キョウも勢いよく立候補する。しかし、ケイが返事をする前に、横に座っているチャコが一蹴する。
「ただの興味本位は却下ちゃうか」
「そうだな」
「ケチ!」
それに賛同したケイに頬を膨らまし、キョウはそっぽを向く。
誘の数人はそんなキョウの言動に違和感を持った。確かにキョウは元々明るい性格だが、それでも明る「すぎる」ように感じていた。特に暴走状態を見たことのある面々にしてみれば、明るく振る舞っているだけなのか、そうさせられているのか、真相は闇の中だった。
「詳細は省くが、廃墟になった遊園地から鉄が盗まれている。いわゆる金属窃盗ってやつだ。その犯人を捕まえる。それだけだ。最近の怒涛の任務に比べれば、何とも骨のない内容だな」
ケイは手にしている資料に視線を落とし、軽くため息をついた。
新緑が芽吹き始め、春の訪れを告げる大自然が青々しく入り口の鉄柵に蔦を伸ばしている。しかし、人が頻繁に出入りしているらしい出入り口は踏みならされ、そこだけ獣道のように草が生えていない。チケット売り場のガラスは割れ、かつて人が長蛇の列をなしていたであろう面影は微塵も見えなかった。
閉園から既に十年以上経っており、手入れのされていない園内は山の中ということもあって自然と一体化しつつあった。色褪せたアトラクションや天井が崩落している建物が時間の経過を思わせる。
本来なら様々な施設やアトラクションは他の遊園地に譲られたり、業者にスクラップとして引き取られたりするものだが、土地の買い手すらつかず、文字通り「忘れ去られた場所」となっていた。所有していた企業も倒産してしまったものの、撤去費用が莫大なことや、立地が悪いことなどから帝国も手出しを渋っている。
それがこの遊園地が廃墟として現存する所以だった。
ヒデは本来ならチケットを見せなければならない入園口を通り抜け、辺りを見回す。
「おいヒデ。お前、絶叫系っていける?」
「乗ったことないから、何とも」
「俺もないけど、多分いけるなぁ」
当時の園内図を手に、ジライは笑った。遊園地という場所自体が初めてで、その会話さえはしゃいで聞こえる二人にケイは呆れたような声で返事をする。
『犯人捕まえてさっさと帰って来い。お前らの任務はそれだけだ』
それぞれから気の抜けたような了解の返事が返ってくる。今回はルキが受けたロイヤル・カーテスも蜉蒼も関係のない任務とはいえ、もう少し緊張感を持ってほしいものだとケイはため息をついた。
「二手に分かれる?」
「そうだな。まだ明るいし、園内を把握してるに越したことはないだろうな」
二つ返事でジライとヒデは入り口から別々の道を歩き始めた。
右手に進んだヒデは子供向けのエリアを見回しながら先を進む。ヒデでも知っている子供向けアニメのイラストが描かれた遊技設備が今も尚、朽ち果てた姿で鎮座している。奥に進めば進むほど大人向けになってはいるが、もとはメインターゲットが子供だったのだろう。それほど大人が心惹かれるようなアトラクションは無いように思えた。
二手に分かれたのはいいものの、さほど広くもない園内では、道が合流しているところですぐに再会することとなった。特に収穫がないのはお互いの表情で一目瞭然だ。二人が会ったのは、ジライが手にしているパンフレットによればこの遊園地の目玉で、現在でも珍しい木製ジェットコースターの入り口だった。
「これが噂に聞くジェットコースターってやつか」
「階段はまだ大丈夫そう」
そう言ったヒデは軽やかに乗り場へ続く階段を上りきり、柵から身を乗り出してジライに手を振る。
「園内見渡すにはちょうどよさそうな高さだよ」
ジライが遅れて乗り場に着くと、ヒデはレールの横にある緊急避難用の足場を既に歩き始めていた。その足元は木製だけあって、ほかの施設よりも腐食が進んでいるように見える。
「意外と度胸あるよな」
苦笑いしたジライが後ろをついてくる。その視線は心許ない足場に注がれ、腐ったり崩れたりしている場所をうっかり踏み抜かないようにそろそろと進んでいる。
「この足場、いつ崩れてもおかしくないと思うんだけどさぁ」
「それはそうなんだけど、一番見晴らしよさそうなのって、ここのてっぺんじゃない?」
そんな話をしばらくしていると、やっと一番初めの頂上に到達した。高さはビルの十五階程度に相当するだろう。見下ろせば足がすくんでしまうほどの高さだが、二人はそんな様子も見せず、ぐるりと辺りを見回す。園内のほぼ中央に位置するこの場所からは、地図を見るよりもはっきりと位置関係が把握できた。
何かいいものでも見つけたようにヒデは敷地の左端にある観覧車を指さす。
「高さで言えば観覧車だけど」
「あの鉄骨登るって言うなら俺は遠慮するぜ」
「流石に僕もそれは言わないよ」
ヒデは笑い返し、言葉を続ける。
「あんなの乗って、楽しいのかな」
「山の中だし景色はあんまりだろうな。けどまぁ、友達とかと来れば、何しても楽しいんだろうよ」
「そんなもんかなぁ」
「俺もわからないけど、ここってそういう場所なんだろ」
ヒデはこの場所の在りし日の姿を想像してみる。家族連れや若い男女が楽しげにはしゃいでいる声、溢れんばかりの笑顔に色とりどりの風船、にぎやかで明るい音楽。確かにどこかで見聞きしたことはあるはずなのに、体験したことのないものを正しく想像することは容易ではない。ぼんやりとした継ぎ接ぎだらけの「それらしいもの」しか頭に浮かんでこなかった。
まだ見ていない奥の方でも見に行くかと下りかけたところで、ジライが足を止める。危うくぶつかってバランスを崩しそうになったヒデは慌てて足に力を入れる。
「あれ、人じゃね?」
ジライが指さす先には小さく動く人影があった。小指の爪にも満たない大きさだが、服装から判断するに、どうやらロイヤル・カーテスでも蜉蒼の那由他でもないらしい。近くには白い軽トラックが停められている。これから運搬を開始するところらしく、その荷台はまだ何も載せられていない。
「ケイ、犯人見つけたぞ。任務を開始する」
『一斤十銭程度にしかならない金属に、ご苦労なことだ。だが、この敷地にあるものはいずれ国庫に入る大事な金だ。国益を損なわせる犯人は痛めつけてやれ。情報を聞き出したいから殺しはするな』
「了解」
「わかりました」
二人はできるだけ早く、木片をパラパラと踏み砕きながら地上を目指す。犯人もまさか他に人がいるとは思っていないのだろう。二人組の男たちはまだヒデたちに気付いていない。
「ヒデ、ここから弓矢当てられないのか?」
「流石に遠すぎるよ」
「どれぐらいまで近づけばいい」
「一町あれば十分」
「わかった。接近戦は俺に任せろ。先に行って待ってるぜ」
唯一武器らしいものを持たないジライはナックルダスターを両手に嵌め直し、その足を速めた。そろそろと一歩一歩確認しながら上って来たとは思えない速さで地上に降り立つと、男たちに迫る。
ヒデもその後を追い、矢を一本手にした。まずは足を奪ってしまうのが先決だ。車がなければ金属類など容易に運び出せるものではない。目測で一町、ヒデは立ち止まり、矢をつがえた。既に男たちと接触しているジライは二人を相手にひるむことなく戦っている。動きを見るに、どうやら相手は戦いに関しては素人らしい。
タイヤに矢を命中させたヒデは更に距離を縮め、今度は男に照準を合わせる。だがしかし、ヒデが弓を放つまでもなく、ジライが男たちのそれぞれ顎と肩の骨を砕いたところで戦いは終了した。
矢を引き抜き、ジライに近づく。地面に伏している男たちをしゃがんで見下ろしているその顔はどこか不満げだ。
「なぁ、痛がるばっかりで何の情報も喋ってくれねぇんだけど」
「情報聞き出したいなら、殴る場所間違ってない?」
顔面や肩の形が変わってしまっている男たちはうめき声すら出せない様子でただ地面に倒れている。
「何とかしてくれよ」
「僕に言われても」
ヒデも同じく、しゃがんで男に視線を向ける。
「あの、しゃべれなくても聞こえてますよね。僕らの質問にうなずくだけでいいんですけど、できますか?」
恐る恐る話しかけるヒデにジライが思わず吹き出す。
「いつも思ってたけど、こいつらに対して丁寧に話すのマジで笑える」
「そうかな」
「そうだって」
ひとしきりけらけらと笑うと、ジライは男の前髪を掴み、顔をわずかに浮かせる。
「これで縦にも横にも振りやすくなったよな。質問に答えてもらうぜ」
ヒデは覚えてきた質問を聞き始める。万が一聞くことを忘れてしまっても、耳元でケイが教えてはくれるのだが、ヒデは毎回きちんと覚えて来ていた。ジライは数問ごとに「次、何だっけ?」とケイとヒデに助け舟を求めることが多い。性格が出るもんだなと、ヒデが二つ目の質問したところでケイは少し笑った。しかし、ヒデの問いに対する答えに顔つきが変わる。
「今日、他に仲間はいますか?」
その質問に、男がわずかにうなずいた。ジライとヒデは顔を見合わせたかと思うと、ヒデはその場を離れ、走り始めた。目的地ははっきりしない。先ほどジェットコースターの上から眺めた様子では、入り口に近い場所から順に金属が持ち去られているように見えた。まだあまり手が付けられていないのは男たちがいた園の右側ではなく、観覧車がある左側だ。
ヒデは自分の勘を頼りにそこへ向かってただひたすらに走った。