1話 賽は投げられた
ここから始まる、終わりの物語。
息をすることさえはばかられるような静寂の中、何かがはじけたような音が響いた。
「へぇ~、矢って的に当たるとあんな音がするんだねぇ。遠いのによく聞こえる」
双眼鏡で音のする方向を見ながら間延びした驚きの声をあげた。
「弓道は的に当たった音よりも矢を放った時の音を重視するらしいぞ。弦音とか何とか。リヤ、もらった資料読んでないのか」
リヤと呼ばれた少年は双眼鏡から目を離し、ため息をつく少年に笑いかける。
「ほら、僕、読み書きできないもん」
今日は弓道の全国高校地区大会。たった今全国大会への切符を手にした少年は笑顔も見せず、ただ丁寧に礼をし、仲間の元へ戻ってきた。その途端、わっと祝福の声があがる。
「やったな秀!お前天才だよ!」
「阿清君おめでとう!スゴいね!」
仲間は笑顔で口々に称賛の言葉を述べ、それにつられて少年も笑顔を見せた。
そんな様子を離れたところから少年二人が眺めていた。
「阿清秀十五歳。中学時代は賞を総なめにした“弓道界の麒麟児”。成績優秀、真面目でみんなから慕われる人気者。だけどただ一つ、誰にも言えない秘密が……」
口元は微かに笑っている。目線は真っ直ぐ祝福されている少年に向かっていた。
「彼こそ僕らの仲間にふさわしい」
もう一つの人影がぽつりと言った。
「今日が運命の日。だけど、どうか哀しまないで。君は十分頑張った。だから……」
──君の人生を僕らに
ふと秀が振り向いた。視線を感じたからではない。何かが自分を呼んでいる気がしたからだ。二つの人影は、もう何処にも見当たらなかった。
五月の休日、空は文句のない晴天だった。