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昔の話

 五十年に一度、七眷属がいずれかのバベルに集い各統治地域の出来事を報告する場がある。その名も『統治地域報告会議』、何のもじりもない。


 積むに積まれ最早鈍器となっている紙山の中から、開催の旨が記載された用紙を抜き取ったアズリカは静かに息をついた。

 仕事の山に埋もれそうになっている眷属の少年の肩越しに、アキラは文字を読み上げた。


「なになに?え〜、『今回はキリヤの塔でやる。一ヶ月後だから忘れずに来いよ。もしすっぽかしたら主神に雷落としてもらうからな。まぁ主神は今いねぇけどよ』……なんか軽いノリの文面だな」


「この報せ自体はゼキアが記したものだろ。覚えてるか?『博愛』の眷属だ」


「うっすら覚えてる」


 勉強があまり得意ではないらしいアキラが、眉間に皺を寄せて記憶を掘り起こした。キリヤについて聞くと、しばらく考えたあとに『愛郷心』の眷属だと正解を言った。アキラなりに頑張っているようだ。


「『愛郷心』のバベルの塔はどこにあるんだ?」


「ここから南西に半月ほど移動した場所だな。『リズィグル』からは一番近い眷属の塔だぞ」


「一番近くて半月もかかるのか!?一番遠いのはどこの誰なんだよ」


 別の書面に目を走らせながらアズリカは淡々と答えていく。タメ口をきいていても叱責が飛んでこないのは、ラピスがアイラを連れて装備品を受け取りに行っているためだ。そのため、アキラは何も気にすることなく接することができた。


「『忌憚』を司っているシュウナだ。アイツは空が統治地域だからな。専用のゲートを潜らないと行けないし、そのゲートまでは早くても二ヶ月はかかる」


 これでも早くなった方だぞ、とついでに付け加えられてアキラは言葉も出なくなった。


「ずっと前は大陸が四つに分かれていて、セルタ近隣にあったゲートを潜らないと別大陸に行けなかったんだ。だが……千五百年くらい前か?主神が大陸を統合したおかげで、自由に行き来できるようになったからな」


 人間の寿命は長くても百年ほど。その十五倍以上の年月をアズリカは生きているらしい。主神が世界に降り立ち統制を初めて三千年。眷属システムが生み出されたのが二千年。ライザの話では、アズリカは少なくとも二千年前から眷属だったそうだ。

 そこまで考えてアキラの頭にふと疑問が浮かび上がった。


「神造体……アズリカのその体は主神が作り出したものなんだよな?」


「あぁ、よく知ってたな」


「なら本体はどこにあるんだ?」


 何気ない問いだった。ただふと気になっただけの質問に、アズリカは深く考え込む素振りを見せる。周りをキョロキョロと見回し、万が一にも特定の人物がいないように注意を払っている。

 そして声を潜めて「ラピスには絶対に言うなよ」と念押しされる。名指しされた親友の名前に首を傾げつつ何度も頷くと、小声のままアズリカは言った。


「お前たちが踏破するダンジョンの終着点だ」


 特に秘密とも思えない場所だった。移動距離の話とか、統治地域が空だとか聞いたあとでは大して驚かなかった。眷属の本体がダンジョンの終着点、主神の元に安置されているのは自然なのではと少年は考える。


 予想よりはるかに静かだったのだろうアキラの反応に、アズリカも首を曲げる。本人にとっては重大な発表だったらしい。


「え、それだけ?」


「何が?騒ぐほどのことでもないじゃん」


「いや何かあるだろ?本体についての質問とかさ」


 小声の内緒話の割にはこの話題を引き摺りたいらしい。

 特に何も思わなかった心から無理やり引っ張り出した問いは、まるで駅前で人を待っている女に声をかけるナンパ男のようだった。


「お前、いくつなの?」


「三千三十七歳だ」


「眷属になる前の年齢だよ聞いてるのは」


「確か十九だな。リー……じゃなくて主神と四歳差だったから」


「はぁ!?」


 これには声が出た。

 眷属になる前、アズリカはただの十九歳の青年だった。これはいい。問題はその後の、主神も普通の人間だったという点だ。


「え、逆にアキラ主神がキノコみたいに自然発生したと思ってたの?」


「そうじゃないけど!あるじゃん!天から遣わされたとかそういうミラクルな話!」


「いや知るかそんな奇々怪々すぎる話。怖すぎるだろ、突然天から来た人に統制任せるとか」


 口ばかり動かしているから卓上の書類が全く減っていない。溜まりに溜まった眷属の仕事を見て、話を逸らすつもりは無いがアキラは思わず指摘した。


「アズリカ、『貞潔』より『怠惰』司った方が似合うぞ……?」


「うっさいわ!こいつらは別に締切がまだまだ先だから残ってていいの!(主神)に提出するのがちょっと遅れたって怒られやしない。それにそれは『大罪』系の眷属だろ。その七つを司ってた眷属はとっくに昔に討伐されてるから席が無い。まぁ一人だけ、『傲慢』の眷属が存命してるが」


 アズリカがぶつくさと言っていると、突然執務室の扉が叩かれた。すぐあとにお目付け役とも言えるアイラの声が響く。


「アズリカ様。注文していた装備品を受け取って参りました。今、お時間よろしいでしょうか?」


「多分遊んでるだろうから勝手に入るぞ」


 遊んでいた訳では無いが近い状態を言い当てたのはラピスの声だ。

 主の許可もなしに入ってきた二人が見たのは、出かける前から何も変わらぬ書類の量と、机に寝そべるようにアズリカと向き合うアキラの姿だった。


 アイラの怒号がバベル中に轟いたのは言うまでもない。

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