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秘剣そして絶望

 血が流れていない体。人を象っただけの生命体。

 傷を負うことなんて滅多にない。『使徒』それぞれが宇宙に君臨する強大な存在で、神の如き力を振るう。

 だが『アース』侵略において、『使徒』の誰もが少なからず血を流している。

 それどころか『木星』の『使徒』はラピスによって死の概念すら付与されてしまった。


『惑星』の死は崩壊と同義である。幾万、幾億の星が瞬く大銀河の一角に、確かな存在感を放つ八つの輝き。そこにあるだけで太陽系の均衡を保つ偉大な星。

 万が一にも最悪の事態が起こらないように、『オールトの雲』は人型の彼らに厳重な保護(プロテクト)をかけている。

 決して傷つかないように。決して損なわれないように。


 その保護があるからこそ『使徒』たちは絶対的な優位性を保ち、淡々と『侵略』を遂行できるのである。


 しかしその保護は今、無効化されつつある。

 侵略対象が『進化の星』または『生命の星』とも形容される『アース』であることが起因していた。


『アース』にて生まれ育まれた生命体は、稀に天上の神々すらも喝采を贈るほどの進化を見せる。慈悲深くも無慈悲である『母』の上で、足掻き、汚泥を啜り、血反吐を飲んで、命を進化させる。進化の在り方も、進化に必要な時間も様々であるが、それらは確実に『不確実な可能性』を生み出すのだ。

 ましてや『侵略』に相対するのは、命のサイクルを繰り返し続ける『アース』の中では絶対にありえない、ある種の不死性を持つ者たち。

 彼らの『進化』は、『惑星』に対し予測不可能な結果を齎す。ラピスによる『死の概念の付与』はその最たる例であった。


 さらに、『アース』は惑星内にいる者に等しく『祝福』を授ける。それは何物よりも尊くかけがえのない『血』だ。

 これによって、本来命を持たない『使徒』には限定的な負荷がかけられていた。

 部位を欠損すれば血が流れる。血が一定量以上流れると死亡する。臓器がなく脳もなく、当然酸素も必要としない体に流れる血だが、流失することは肉体活動の停止を意味する。それが『アース』内におけるルールだからだ。

 このルールに対抗する術は無い。『使徒』たちがそれぞれに固有の能力を持っているのと同じで、これこそが『アース』という惑星固有の能力であるからだ。


 現在、『惑星』そのものが崩壊する危険性があるのはラピスと対峙しているジュピターのみ。

 他の『使徒』は規定量の血を失うと、活動範囲を最低限に抑えられる。簡潔に言うとただ宇宙に存在しているだけで手一杯の状態になる。


 状況が芳しくない『侵略』の行方を見て、宇宙の果てのとある空間で重い腰を上げる者がいた。

 しなやかな指は白磁のようであり、その手が緩く握っているのは銀河系の形を圧縮したかのような一条の杖。体に巻いただけの白絹の衣は、存在しない重力にフワフワと揺れている。ふくらはぎまで長く伸びた髪は外側は黒く、内側は宇宙そのもののように煌めいている。

 ほっそりとした顎が口角に合わせて僅かに動く。


「あの戦いを、終わらせに()くか」


 たっぷりと威厳を含んだ声は、星々に『父』と呼ばれるに相応しい響きを有していた。


 ☆*☆*☆*


 切り結んで、距離をとる。

 この動きをもう何度繰り返しただろう。

 一向に転じる気配のない戦闘に、しかし気を抜ける者はこの場にはいなかった。


 キリヤはマーズとの戦いを一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)に徹していた。

 青年にできるのは刀を振って葬ることだけであり、その一芸のみを磨いてきた。主神のようにどんな戦い方も使いこなす器用さがあれば良かったのだが、長年の模索の結果、キリヤには種族の『固有能力』を奮うことしかできなかった。

『使徒』との戦いにおいて最も警戒すべきは、『惑星』ごとの特徴を再現した戦闘スキルである。取って付けたようなオプション的な人型による剣術など、回避も迎撃も容易い。数少ない厄介な点といえば、一撃の威力が途方もなく重いことと、付け焼き刃の技術の癖に全く隙がないことくらいだ。


 一撃の攻撃力が高いのは、恐らく使われている武器自体にも『惑星』の特徴や質量(星の質量を武具の重さの単位になるように縮小・変換したもの)が加算されているためだろう。

 三合以上連続で打ち合うと、ほぼ確実にキリヤの腕が使い物にならなくなる。


 ラピスからの連絡で全惑星の大まかな情報はだいたい頭に入っている。

 マーズ……『火星』は太陽系の『惑星』の中で質量が下から二番目である。それでも真っ向から斬り合うのは憚られるのだから恐ろしいものだ。ちなみに、先程からマーズの炎を無効化するのに忙しい『天王星』の質量は上から四番目である。


『衛星』の『使徒』は早斬りで撃退してみせたが、さすがに敵の主力勢力である『惑星』の『使徒』は強敵だった。

 開戦から今まで、何度か戦闘をしても負傷しなかったキリヤが頬から血を流すくらいには、彼我の実力差はそれほど乖離していなかった。

 むしろ苦戦していると言ってもいい。ウラヌスによってマーズは本来の戦い方を十分に発揮できず、ほとんど剣での打ち合いによって戦闘を成り立たせている。にも関わらずキリヤが攻めきれない。


 何よりも邪魔なのはあの槍だ。

 マーズが周囲に放出する炎は無効化されても、槍から直接放たれる炎はウラヌスによる対処が間に合わない。というかできない。風と氷を操るウラヌスの力を使うには、巻き込まないためにキリヤとマーズが距離を取っている必要がある。周囲の炎は相殺できても、至近距離で刃を交えている場合は手が出せない。

 それに、炎と形容しているが実際はどちらかと言うとマグマに近い。ドロリと形を持った真紅は強烈な熱を放ち、体が強化された『眷属』でなければあっという間に溶けているはずだ。


 あの超高火力をどうにかしなければ刀の方が先に折れてしまう。

 接触を必要最低限にするためにも一撃離脱を徹底する青年の額には汗が浮かんでいた。


 持久戦は避けたい。

 相手には体力がない。切らす息もない。このまま延々と拮抗を続けても、いずれキリヤが追い詰められる。

 しかしどうしても、あと一歩のところで決定打に持ち込めない。

 瞬速の抜刀術は当然マーズも警戒している。証拠に、常に自身の周りに冷えて固まったマグマを漂わせ一閃に対する対策をしている。


 刺突も途中で型を変えた斬り方も、恐るべき反応速度で防ぎ切られる。


 焦燥を相手に悟られないようにこっそりと唇を噛む。


「武闘第二十七番、奥義『三日月斬り』!」


 首を内側に斬り込み心臓を経由して脇腹から抜ける型。弾かれ防がれる。


「武闘第八十一番、奥義『蓮花風乱(れんかふうらん)』!」


 刀身を地に突き立てると、一瞬だけ地面が水面のようになり無数の蓮の花を咲かせる。その花弁が吹き荒れて敵の視界を塞ぐ。

 肉薄し片膝を落とし打ち込む神速の逆袈裟斬り。状態を拗られ後退されすんでのところで回避される。


「武闘第四番、奥義『天壌無窮(てんじょうむきゅう)』」


 刀身が光り輝き、長く伸びる。

 蛇のようにどぐろを巻けるほど柔らかく伸びた刀は、キリヤの身長の二倍ほどの長さだ。

 鞭として使えるようになる絶技。器用な者ならこれを縄のようにも扱うことができる。しかしキリヤにそのような芸当はできない。鞭になった瞬間それは刀では無いのだ。

 だからあくまでも刀としてキリヤはこの技を極めた。


 優に百を超える『戦人族』の『武闘』は、振るう者の腕一つで新たな技へと派生または進化させることができる。

 少年は、無限の可能性を秘めた固有能力を誇り、極め、他の誰にもできない妙技を編み出した。


 古今東西天上天下、自身しか発することの無い技の名は────。


(ぜつ)


 しなやかになった刀身を真横に振り抜く。

 長く伸びた刀に警戒していたマルスは、表情を一切崩さず槍を縦に構えた。真横からの一閃は縦にさえ防御を取れば簡単に弾き返すことができる。


 真横からだけの一閃であれば、の話だが。


 血が吹き出る。霧吹きのような真紅が赤い『使徒』の体から勢い良く体外へと。

 マルスの双眼は大きく見開かれ、愕然と、または茫然と己の体から放出される見慣れない液体を視界に収めた。


「なっ?!」


 驚愕に染った声はマルスのものかウラヌスのものか。

 どちらだとしてもこの瞬間、キリヤは間違いなく宇宙(そら)の生命体の度肝を抜いた。


 刀を振り抜かれた反対側……右の腕を肩口から斬り落とされ、首を半分ほど斬り離されされた人型の『火星』はついに片膝を着く。着かされた、と言った方が正しい。左足の腱は防御に使った槍諸共切断されていた。


「……なんだ、今の技は……」


 表情に全く似合わない静かな声が純粋な疑問を投げかける。

 キリヤは僅かに口角を上げた。


「自分の技の仕掛けをわざわざ的に教えるわけないでしょう。教えたら最後。あなたは適応してきそうですから」


 元の長さに戻った刀の峰で自分の肩をとんとん叩く。

 その姿が癪に触ったようでマルスの眉間の皺が深くなった。


 さっさとトドメを刺して次の戦場へ行こうと、武器を構え直したキリヤの目の前でありえないことが起こった。


 一瞬で欠損だらけの致命傷だらけになったマルスの人型の輪郭がゆらぎ始めたのだ。

 その光景は羽化しようとする蛹のようにも思え、本能が最大級の警報を鳴らす。同じ様子を確認したウラヌスも冷や汗を垂らしながら声を張り上げた。


「マルス!それは父上から禁止されてるだろ……!?」


 マルスは忠告を無視し、その視線は殺意と憎悪を存分に滴らせキリヤのみを睨みつけている。

 視線の先で攻撃を繰り出そうとする少年を嘲笑するように、今度は『使徒』は唇を歪ませた。


「どうせこのまま物言わぬ惑星になるのなら、気に入らん星一つくらい道ずれにしてくれる」


 人型が完全に崩れる。

 キリヤの刀が向かう先が虚空に変わり、急速に大気が圧縮を始めた。

 宇宙に詳しくなくても、そのほかの知識が足りていなくてもキリヤは理解してしまった。

 あの圧縮は小さな爆弾で、爆発すれば周辺一帯どころが『アース』の地殻が修復不可能なレベルまで削り取られる。


 すなわち『惑星』の均衡は乱れ、母なる大地は滅びを迎える。


 圧縮に巻き込まれた刀が砕け散る。

 止めようとしたウラヌスの氷が無力に飲み込まれる。


 目を焼く鋭い光を放ち、そして───。

 キリヤの意識はそこで途絶えた。

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