弱かった少年は
キリヤはあまり自分の本心を語る方では無い。全く語らないという程では無いが、どちらかと言えば状況が円滑になるように「良い子」になることを心がけている。
ゼキアもシュウナも過激な面があるため、誰かがストッパーにならなければ暴走してしまうのだ。まだシュウナが孤高の王であった時も、ゼキアの手網を握る役割の方が多かった。
幼い頃からずっと一緒だったゼキアも、彼と一緒に暴走するシュウナもいない。もう二度と会えないという可能性の方が高い現状で、手網は率先して手放した。
いつも後ろで二人の背中を見守っていた。腐れ縁の彼らが突っ走らないように袖を引いていた。
それは裏を言えば、感情任せに動こうとする二人を抑えられるだけの実力があるということ。
一昔前、キリヤは自分の無力を常に感じていた。戦う力はあるのに、相対する敵はいつも強大で結局負けて、ゼキアが怒って殴り込んでいく結果がほとんどだった。
『調律神』ではなく一時的に『絶対神』になったリーシェに魂を刈り取られた時でさえ、己の未熟を呪った。再び目覚めて大切な少女を酷く傷つけ、もう想いを告げることは許されないのだと悟ったときも。
ありとあらゆる自責の念に頭がおかしくなりそうだった。
かつて慈しみ守っていた幼い妹がとっくの昔に他界していることに、『調律神』に対してすら怒りを覚えた。それらは愛憎となって、今も楔を掛けて心の奥底に封じ込めて二度と外に出ることは無い。
けれど、どうしたって思ってしまうのだ。
こんな思いをするくらいなら目覚めなければ良かった。
こんな思いをさせるくらいなら放っておいてほしかった。
変貌を見た。
優しくて、温かくて、誰よりも平和を願った憧憬が、無表情で地上の『不必要』を排除していく横顔を見た。
変質を見た。
犠牲を何よりも嫌った想い人が、命の取捨選択をしている冷たい焔を見た。
変化を見た。
正真正銘の神になってしまった少女を見て、自分が内側から壊れていく様を他人事のように見ていた。
強くなりたいと思った。
誰かを守るためじゃなく、いつか暴走してしまいそうな彼女を止めるために。
何百年もの歳月をかけて、キリヤは強さを求め続けた。神にすら刃を届けられるように、限界を厭わず技を磨き続けた。
そして、冷徹な『調律神』に気づかれないように実力を隠し続けた。
強くなった理由は『守護』ではなくある意味での『殲滅』だから、危うい場面になっても運に身を任せ続けた。
結局はラピスの帰還によって昔のようなリーシェに戻ったおかげで、神を止める役割は必要なくなったのだが。
けれど積み重ねてきた努力は無くならない。
ゼキアとシュウナを制止するにあたって二人は勘づいているだろうが、今に至るまで何も言わないでいてくれている。
そして現在、世界は……この星は未曾有の危機に直面している。惑星外からの侵略に対してこちらの対抗手段は「抗い続ける」ことだけである。
キリヤは「良い子」でいることをやめた。
ゼキアもシュウナも好きなだけ暴れるだろう。それで良い。それこそが唯一の抵抗なのだから。
今この時、嘘偽りのない全力を出すことが正解なら迷わずそれを掴み取る。
感情も実力も抑制しなくてもいいのなら、キリヤはきっと今までの自分には二度と戻れない。
理性的で。冷静で。悪は絶対許さないなんて真顔で言う少年はもう、ずっと前からどこにもいなかった。
「僕は強くなりました。もし『眷属』たちで全力の殺し合いをしたら、多分上位三人には残れるくらいには」
持ち主の精神性に呼応するように、持っている刀が鈍く鋭く光を反射した。
凄まじい斬れ味の刀身に斬り捨てた敵の残骸は微塵もついていない。
「上位候補のシュウナもアズリカも強い魔法を持っていますが、単体に対しての対人戦闘には少々効率が悪い」
キリヤは魔法を持っていない。刀を振って、身一つで敵を沈めることしかできない。しかし、その手段を誰よりも得意としている。
シュウナとアズリカは範囲攻撃を得意としているのに対し、キリヤの戦い方は真逆なのだ。
『眷属』同士の殺し合いのルールがバトルロワイヤルなら恐らく三番手。
でも一対一のトーナメント方式なら最優の座を欲しいままにできる確信がある。
磨き続けた実力は『個人』を倒すことを前提に積み上げられたものだから。
実際、突然『衛星』の『使徒』に奇襲されても数分でカタがついてしまった。
物事は単純だ。
首を斬ればいい。相手が『惑星』だろうと『衛星』だろうと、人の形をしている時点で弱点は丸分かりだ。
幼少期、一方的に痛めつけられ傷つけられたときに、本能的に強い恐怖を感じた場所と同じ部位を狙えばいい。損なわれれば人として体が動かなくなる場所なんて、心的外傷と一緒に頭に焼き付いている。
キリヤは自分でも分かるほど底冷えのする笑顔で、敵陣の叛逆者たるウラヌスを見た。
引き攣った笑みを作っている裏切者は僅かに背を仰け反らせている。
「だから、もし戦闘中にあなたが僕を背後から狙おうが何をしようが、最終的に勝つのは僕です。少しでも怪しい動きをしたら、素っ首落としますからお忘れなきように。あぁ、ほら……こんな風に、ね」
腕が霞む速さで刀を一閃する。
呆気にとられたウラヌスの視界に首がもう一つ増えた。
「うわ……」
何度か見たことがある『火星』の『衛星』の顔に鳥肌が立つ。
俊敏性に秀でたフォボスの接敵に気づき、無感動に切り刻んだのだと理解はできる。けれどこうも簡単に倒される『衛星』を前にして信じられない思いだった。
フォボスが来たのならそのうち『火星』の『使徒』もこの場に現れる。
キリヤとウラヌスが共闘して打破する相手がこの瞬間決定した。
「フォボスのスピードに気づいて瞬殺するなんてすごいね。今のはどういう技なの?」
何となく殺気まみれの空気が嫌で努めて明るく質問すると、キリヤは首を傾げた。
「こんなの技とすら呼べない。ただ刀を振っただけです」
「マジかよ……」
キリヤが『使徒』の接近に気づく。
頭の悪いさっきの『衛星』と違って、実力を見誤って突っ込んでくることがない。
視線を落とした首から南の方角に向けると、赤髪の青年がこちらを睥睨していた。
炎のような瞳に熱は無い。氷のように凍てついていて、冷たい視線がキリヤに注がれた後ウラヌスを見た。
「叛逆の意思ありと見なすが相違ないか、ウラヌス」
威厳をたっぷりと含んだ確認に、ウラヌスも『天王星』として堂々と応える。
「あぁ。オレは父のやり方が気に入らない。だから『雲』に届くまで、オレは叛逆を唱え続けよう」
氷のような色の瞳。美しい青の色彩に力強い意志が乗る。
その横でキリヤが深く腰を落とす。刀は鞘にしまい前傾姿勢を取った。
引き結ばれた口から、今度こそ技の名が紡がれる。
「『武闘』奥義第四番。『居合・鎌鼬』」
金の残像を残し姿が消える。
咄嗟に槍を構え防御姿勢をとったマーズの首から鮮血が噴き出した。
「なっ!?」
中身は『惑星』であるはずの体から放出される液体に、冷静沈着な『使徒』が驚愕を見せた。
いつの間にかマーズから少し離れた背後にいたキリヤが舌打ちをして悪態をつく。
「落とし損ねた、これは面倒そうだ」
殺人鬼と化した金髪金眼の少年は、『火星』に負けないくらい冷え切った目で敵の実力を見定めていた。




