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一縷の望み

 キルスと『使徒』の戦いは一見しただけでは拮抗しているように見えたが、よく観察すれば一方的であることが分かった。

 リーシェやシュウナたちのような赤より、攻撃的な炎のような髪色の『使徒』は武器を所持していない。繰り出される拳の一撃は空気を切り裂き唸り声をあげてキルスに迫る。

 防御に用いられた鉤爪と拳の間には火花が散り、なお威力を殺しきれないせいでキルスの上体が激しく揺れる。吹っ飛ばされていないのは単純に、地面が凹むほど強い力でキルスが踏ん張っているからだ。


 しかしその踏ん張りも何発か拳を打ち込まれているうちに意味をなさなくなる。

 アキラとフェンリルが観察を初めてから僅か一分で、キルスは跳躍し逃げに徹した。

 戦いは防戦一方だった。


 決してキルスが弱いのではない。ただ『使徒』が強すぎるのだ。

 彼我の実力差は圧倒的であり、キルスのスタミナが切れれば待っているのは一方的な暴力による鏖殺だけだろう。


 アキラは事態が悪化する前に『使徒』の存在を書き換えるべく、スキルの使用準備に入る。


 アキラが『創造者』を使う時、アキラの視界には相手の生体情報が文字列のように並ぶ。その文字を消しゴムで消してペンで書き直すイメージで書き換えを行うのだが、相手の生体情報が自分に理解できない場合に限りスキルの対象外となる。


 例えば生体情報がアキラの知っている生き物の法則とはかけ離れていたとき。海洋生物が肺もそれに準ずる機能もないのに陸を歩いているとか、主観的に一瞬でもイメージに納得ができなければ不成立となる。

 例えば生体情報に刻まれている数字が相手の姿と釣り合わないとき。平均身長の人間の体重が象より重いなど、質量的に有り得ないことが起こった時、アキラにとって相手は生き物の枠から外れてしまう。つまり『バケモノ』には書き換えが行えない。


 アキラにできるのはあくまでも常識の範囲内の書き換えだ。相手が既に常識外の情報を持っていた場合どうすることも出来ない。


 キルスが必死の防戦を続けている中、アキラの両目はまっすぐ『使徒』に注がれる。

 名前、身長、体重など基本的な情報から、趣味嗜好、他人への思考回路、目的に対する意識まで何もかもがアキラの目にのみ晒される。

 フェンリルはその様子を、『使徒』の動向に警戒しつつ固唾を飲んで見守った。


 生体情報に目を通していたアキラの顔色が分かりやすく変わる。青ざめ、冷や汗を流し、瞳孔が開く。分かりやすく恐怖を見せた表情に、フェンリルの緊張感も高まっていく。


「どうした……アキラ、何が見えている?」


 硬い声音の問いかけに、アキラは固く目を閉ざしてしまう。生体情報の読み取りを中断してしまう。

 食い締められた歯を覗かせてから、唸るような声でアキラは言う。


「無理だっ……アイツらの存在の書き換えは不可能だ」


「何が見えた」


 開いた瞼の奥で瞳孔が開ききった目が再度『使徒』を睨みつける。

 アキラは一言、吐き捨てた。


「バケモノ」


 そう。『使徒』は正しく『バケモノ』だった。

 アキラが見たのは生物の生体情報ではなかった。

 惑星の情報の一部だった。あまりにも膨大すぎる情報量に、あと数秒長く見ていたら脳が破壊されたか目が潰れたかしただろう。

 あそこにいるのは惑星の『使徒』と呼ぶには生易しすぎる。

 情報全てを人型に落とし込んだ、人のガワを持っているだけの惑星だ。言うなれば惑星が擬人化しただけに過ぎない。


 人の力では何もできない、見上げることしかできない存在。

 たとえ神になったリーシェであっても、もちろん神に力を与えられた眷属も、倒すことは愚か深手を負わせることすら不可能。

 ここまで圧倒的な敵は今までのどんな状況でも現れなかったはずだ。もしいたとしたら、リーシェたちはとっくに全滅していただろう。

 三千年前に戦った『唯一絶対神』とやらもここまで絶対的な存在じゃなかっただろう。


 味方の誰がどんな実力を隠し持っていたとしても、この戦いで勝利を収めることはできない。


「なら俺は何のためにここにいるんだ……?」


 スキルが通用しない敵。アキラには自分の身を守る最低限の力とスキルしかない。ましてや惑星が敵であれば、個人の力は無意味に等しい。

 このままではただの役立ずだ。足手まといでしかない。

 そんなのは嫌だと、必死に考えを巡らせる。

 何か手はないかと、発想を総動員させる。

 強く握りしめた拳が大地の上で何度も軋む。


「アキラ」


 不意にフェンリルが名を呼ぶ。

 顔だけを彼に向けると、強がりのようなな笑みを作った狼王がいる。フェンリルのそんな顔は初めて見たし、そんな顔もできたのかと困惑する。


「お前が何をしても俺が生きている限りお前を守ってやる。だから、どんな派手なことでも些細なことでもいい。状況を変えろとは言わない。だが、状況が変わるに至れるきっかけを作ってくれ」


「そんなこと言われたって……」


「あの惑星共を書き換えられないのは、お前も俺たちもアイツらのことを知らないからだ。惑星の歴史も、中身も、分からないことの方が多く、知識ではあっても理解が追いつかないことばかりだからだ」


 褐色の大きな手がアキラの拳に触れ、指先は僅かに地面に触れる。


「だが、お前にも書き換えられる惑星が一つだけある」


 フェンリルが何を言おうとしているのかアキラにも分かった。

 この星を書き換えろと言っているのだ。


 文明は違えど、住んでいる種族が違えど、この星の根本はアキラが生まれた『地球』と何も変わらない。

 最も身近にあるものであり、他の惑星と比べれば多くのことが分かり理解もしている。


 以前、元の世界にいた時ラピスが教えてくれたことがある。

 宇宙にはいくつもの惑星があり細かく分類されている。人間にしてみれば地球は大きいが、宇宙規模で見れば地球はものすごく小さい、と。


 さっきは赤髪の青年を象っている惑星の情報の多さに処理が追いつかなかった。

 だけど慣れ親しみ、理解があり、質量の小さい『地球』であれば、きっと書き換えられる。

 いや、何を代償にしてでも書き換えてみせる。


「分かった。必ず成功させてやる。だけど、その間俺は無防備になるし、ここにいることが余裕でバレるほどの何かしらがあるはずだ」


 危惧していることを伝えるとフェンリルはニヒルに笑った。


「言っただろう。お前が役割を全うするまで、俺も俺の役割を全うする。何を差し出してもお前を守る」


 残り時間が少なく力も弱まっているフェンリルの覚悟を感じ取って、アキラはもう何も言わなかった。

 握りしめていた拳を開き、手のひらをピタリと地面につける。

『地球』の情報に介入する。

 膨大な情報が視界を覆う。頭に流れ込む。アキラの意識は底のない情報の海に沈み込んでいった。


 ☆*☆*☆*


 一瞬、目の前が白くなるほどの閃光が戦いを中断させた。

 青髪の眷属を嬲るのをやめ、視線を光が走ってきた方向に向けると、遺跡の瓦礫に隠れるように二つの人影があった。

 褐色の肌の人間は独特の気配を漂わせている。赤い目が隙なくこちらを見ていた。

 そのすぐ後ろ。地面に手をついて微動だにしない人間も、この世界の者ではない気配を纏っている。どうやら先程の光はあの人間の手と地面の接触地点から放たれたようだ。


 この星に降りて以来初めての『胸騒ぎ』に、青髪の男を無視して少年を潰しにかかる。

 足を強く踏み込み飛ぼうとすると、ギラりと殺気を感じた。

 防御にばかり使われていた鉤爪の初めての攻撃をいなし、無感動に眷属を見る。


 身体中傷だらけ血まみれの眷属は、激しく息を乱しながら口の端を大きく釣り上げた。


「わたくし、赤髪には良い思い出がないのですよ」


 褐色の男とよく似た深紅の瞳が億さずこちらを見据える。その視線はなぜか不愉快だった


「だから、誰でもいいから赤い髪の方と戦うことになったら、憂さ晴らしもかねて犠牲になっていただこうと前から考えていましてねぇ」


 聞いてもないことをペラペラと話す男を場外に追い出すべく拳を振り上げる。防御で手一杯だった男の頭が弾け飛ぶイメージは容易についた。

 この眷属を片付けたら、あの二人組も殺し、遊んでばかりいる他の『使徒』を窘めに行こうと算段を立て始める。

 しかし、目の前で確信した未来は呆気なく霧散する。


 拳を突き出したところになぜか癪に障る顔がなかった。それどころか姿も見えない。

 伸ばした腕の上に革靴と確かな重みがあった。

 目だけで見上げると、青髪の眷属がニヤニヤと笑いながら乗っていた。


「しかし残念なことに、あなたに勝つ結末も可能性も全く見えないのです。だってあなた、ちょっと規格外に強すぎますからねぇ」


 腕から飛び降りながら眷属は言う。


「そこでわたくし考えました。ここはリーシェさんたちに倣って仲間の力とやらを借りましょう、とね」


 男は鉤爪を交差させて構える。赤い視線が一瞬だけあの二人組の元へ向く。

 隙と呼ぶには短い一瞥の後、男は叫んだ。


「フェンリルさん!久々に共闘と参りましょうか!」


 男の横に褐色の男が風のように現れる。

 うんざりとした表情で男に悪態をついた。


「お前と手を組むとろくな目にあわん」


「まぁまぁ、そんな冷たいこと仰らずに」


()()()()。分かっているだろうが、勝とうだなんて考えるなよ。今はまだ、な」


「えぇもちろん。フェンリルさんこそ今回は途中でリタイアはナシですよ」


「ハッ!減らず口を」


 束の間の軽口の応酬。

 何もしなかったのは、慌てずとも一瞬でも敵を殲滅できるためである

 これまで青髪が原型を保っているのは、他の『使徒』と同様で、遊んでいたからだ。


 だが異世界の少年の小細工に滅多なことでは動かない感情が動いた。止めなければ面倒なことになると、直感が働いた。


 拳を緩く開く。

 激しい炎が拳を包み、装備されたのはトゲだらけの無骨なメリケンサック。

 主装備は別にあるが今はこれで十分だと判断した結果だ。


 戦いが始まって以降、初めて声を発した。


「燃え尽き灰すら残さず死ぬがいい。火星、マーズの名のもとに」

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