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狼王のタイムリミット

 時を少し遡ること十数分前。

『バベル』から世界各地へランダムに飛ばされた眷属と司祭たちは、単独行動のところもあれば二人以上で固まっているところもある。

 ある程度はリーシェの匙加減で行き先が決められているのだろうが、最も一人になってはいけないはずのアキラは現在ポツンと湖の畔に佇んでいた。


 戦いの音は周囲から一切聞こえない。殺気めいた気配も感じ取れない。

 夕焼けとは違う金色に染まった空という一点を除けば、何の変哲もない場所だ。


「……ラピスとバラバラにされた。作戦では俺がスキルを使う間ラピスに守ってもらう計画だったんだけど……」


 しかし、リーシェがそれを失念していたとは考えづらい。一気に緊迫した状況への動揺の表れでもないとすると、離しざるを得なかった理由があるはずだ。

 例えば、あの場所も危険な状況になった、とか。


 世界七箇所に同時攻撃。『使徒』の数は七人。数はピタリと合う。あの時、箱舟の近くに『使徒』はいなかったはずだ。

 それでもアキラを遠ざけたというのなら答えは一つ。

 リーシェが上空で相対した以外の『使徒』が現れ、あの場所に降臨したのだ。

 ラピスも一緒に転移させなかったことを考えると、新手の『使徒』は恐らく二人以上。


 ならば、と動揺から立ち直り冴えてきた頭で自分が今するべきことを考える。

 闇雲に動き回って戦いの範囲内に入るのは愚の骨頂。リーシェから刀を貰い、再三に渡って身体能力を上げてもらっているとはいえ、戦闘の経験はアズリカ達と比べれば皆無に等しい。絶対の防御があっても木偶の坊じゃ意味が無いのだ。

 だが目の前にいない存在の情報を書き換えられるほど、アキラはスキルに慣れていないし器用じゃない。


 やはりどうしても、戦いの場に赴いて『使徒』を視界に留める必要がある。


「とは言っても、どこに行けば『使徒』がいるのかすら分からねぇしなぁ……」


 頭をポリポリと掻いて途方に暮れていると、背後で枝を踏み折る音が聞こえた。

 全身の毛を逆立たせながら振り向けば、漆黒の巨大狼がじっとこちらを見つめている。


「あ」


「……俺はまだ戦力外通告を貰った覚えは無いぞ」


 いつからか姿が見えなくなっていたフェンリルがいた。

 普段から会議の場などにはいないことが多かったため、すっかり忘れていた……わけではないが一人の不在を気に留める余裕がなかった。


「フェンリル!お前、今までどこにいたんだよ?!」


 パッと見たところ傷を負っている様子は無い。やむを得ず動けなかった、という様子は見られなかった。

 驚きとともに発せられた疑問に、狼王は僅かに唸り声を上げながら答える。


「旧眷属との戦いの後、単独行動で各地の被害を見た回っていたんだが、途中で意識を失った」


 最後の言葉でアキラは思い出してしまった。

 確か、フェンリルの活動限界はかなり近づいてきているはずだ。

 アキラがまだ迷っていた時、ラピスの足を使い物にならなくさせてからライザ側についたときのことだ。

 アキラを連れ戻すためにシノブとやってきたフェンリルに、ライザはこう言っていた。

『そこの獣が消えた時またお迎えに上がりますね』と。

 ただの憶測だが、フェンリルはきっと今日明日消えてもおかしくない状態なのではないだろうか。


「いつだ?」


「……。そうか、貴様は知っていたか。いつ、という明確な時間は分からん。本能的な感覚だがもって数時間だな」


「数時間……」


「俺は元々、死人だ。死人と呼ぶのにすら語弊がある。男女の腹から生まれた訳では無いからな。リーシェの先代の負の感情が蓄積して人格を持ったのが俺だ。そして三千年前にラピスの手によって倒されている。この魂は既に一度『月』によって回収され、しかしイレギュラーによって限定的な条件下でのみ行動を許されていた」


 詳しい話は移動しながら教えると言われ、モフモフの背中に跨る。思わずずっと触っていたくなる感触に唇を引き結ぶと、フェンリルはものすごいスピードで駆け始めた。

 景色は次々と変わり、湖のあった森を抜けて一瞬で荒野に入る。


「舌を噛むから口を開くなよ」


 前置きに頷くとフェンリルは走力を緩めず、自らの活動限界の理由を説明する。


「ラピスに倒された俺は、ラピスが『月』に認識されていない状況下でだけ動くことが出来る。ラピスが異世界から戻ってきて『月』に存在を知覚された瞬間、俺はその時点で消えるはずだった」


 当時のアキラは冷静さを欠いていたため、今さらそういえばそんな話もしていたなと合点が行く。

 クレセントとの戦いを控え、ラピスを戦場に送り出すために立てられた作戦がアキラによる存在の上書きだ。『月』によるラピスの洗脳と、フェンリルの消失を防ぐために考えられた作戦だったが、結局実行する前に戦いは終わった。

 状況は変わり現在、『月』のシステムは完全に無力化され、ラピスは存在を上書きすることなく前線に立っている。


 ではフェンリルの方はどうか。

 三千年前に『月』に回収された魂は、リーシェが強引に奪還して仮初の肉体に宿した。つい最近までアズリカ以外の眷属たちは神造体によって行動していた。

 フェンリルの場合は違う。フェンリルには『魂』という概念が存在していない。

 人型と狼の両方に自在に変化する姿。スキルによる恩恵ではなく、この世に生まれた時からその特異性があるのなら、フェンリルには元々決まった肉体が存在していない。なぜなら、フェンリル自体が感情の集合体でしかないからだ。

 普段目にしている姿は感情そのものであり、実体と同じように触れることができるのはそういう風に創られているからだ。


「ラピスに殺されたがラピスがいない。『月』の認識に生じたエラーで復活ができたわけだが、現在その『月』から『管理者』はいなくなった。エラーは修正されず、変わらず矛盾は発生し、ラピスは完全に力を取り戻した。故に、『月』の存在に関係なく、俺はこの惑星の修正力によってこれ以上の生存を許可されていない」


「惑星の修正力?」


「舌を噛むぞ。……『月』とは全く関係のないまた別の巨大な力だ。これに関しては神も管理者も関係ない。惑星に住む魂の記憶の整合性をとるための防衛機構のようなものだ」


 つまり、誰の記憶にも「フェンリルは三千年前にラピスの手で死んだ」と記録されているのに、本人たちの目の前でフェンリルは生きている。

 魂と心の認識の違いは今は良くても、放置すれば後々大きな影響を及ぼす。例えば感情と事実の齟齬による人格の分裂、記憶障害、自我混濁などだ。


「先代の絶対神が死んだ時点でそもそも俺は消滅するはずだった。だがその前に討たれ、人の手による中途半端な死を迎えた。イレギュラーを利用し戦いのために再び活動を始めたはいいものの、俺の終わりは最初から決まっていた」


 それでもこの瞬間まで戦えたことが嬉しいと、フェンリルは笑った。

 負の感情から発生した自分が多くの喜びを知ったことが、何よりも変え難い誉れだと言った。


「だが、この戦いに俺は参加できない。それだけの力は残っていないからな。だからせめて、お前を各地の戦場に送り届けてから消えてやるさ」


 前を見ろ、と鼻先で示される。

 いつの間に荒野を抜けたのか、辺りは遺跡のような風景に様変わりしていた。

 速度が緩やかになり、手頃な場所で身を隠すように立ち止まると、狼の目は南の方角をじっと見つめた。


「見ろ」


 促され同じ場所に視線を飛ばす。

 瓦礫だらけの遺跡の奥には巨大な城があり、その一角にある塔の上で二つの人影が激しくぶつかり合っていた。


「あれは……キルス?」


 クルクルとした青髪が特徴的な眷属、キルス。

 彼の鉤爪型の刃と火花を散らすのは、炎のように真っ赤な髪が特徴的な『使徒』だった。

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