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使徒顕現

 ゼキアの言葉通り、『使徒』たちは『アース』の各地にそれぞれ降り立ち、一斉に攻撃を開始したようだった。

 大地と繋がっている『星の権能』の意識を集中させればすぐに気づいた。


「どうする?リーシェ」


「現時点でどの『使徒』がどこに攻撃しているのか分からない以上、こちらの戦力をランダムに配置するしかありません。これから、私がみんなを『使徒』たちの元に送り込みます。相性の善し悪しが分かり次第、その結果に従って眷属や司祭を再配置、少しでも勝率の高い者をぶつけ仕切り直ましょう」


「てめぇの箱舟作戦はこうなっちまったらもう実行できねぇぞ。民衆はどうするつもりだ?」


「強引にでも実行します。ただし、攻撃を受けている箇所で戦意を持って応戦している人は残ってもらいます」


「要は戦う覚悟ができたなら少しでも役に立てってか」


「その通りです、ゼキア。戦意を持たない人、持っていても戦う手段がない人の魂は今すぐ保護します。その間、私は動くことができません。もしこの場所にも『使徒』が現れた場合……ラピス。あなたに迎撃をお願いしたい」


「任せろ。お前の邪魔はさせない」


 短い作戦会議を終わらせ、三人は『バベル』の屋上へ行く。

 雲の上にある屋上から下の様子は細かく把握できないが、遙か遠くの都市から硝煙が上がっているのが見えた。


 片手の人差し指をこめかみに当てた少女は、戦力に数えている眷属司祭に連絡用の回線を繋いだ。声を発すれば頭に直接響くようになっている。


「これより、各地の『使徒』に皆さんをランダムで送ります!敵の情報が少しでも分かり次第報告してください!皆さんからの報告を元に戦力を再配置!本格的な迎撃を行います!それではご武運を!!」


 神のデータベースに登録している該当者を選別し一時的に魂を掌握する。広げた右手に集まった光の粒を一息に空へ放つ。四方八方に散っていった光を見送り、今度は左手をまっすぐ前へ向けた。

 何かを探すように何度か手のひらを開閉し、突然勢いよく空を掴んだ。


「フッッ!」


 短い気迫。

 光となって消えたゼキアとは別に、ただ一人少女の後ろに残っていたラピスの目には半透明の鎖が見えた。一見して掴めなさそうな鎖を渾身の力でリーシェが引っ張ると、重い音が響く。


 大地を引き摺っているはずなのに、地上には一切影響を及ぼしていない見上げるほどに巨大な船が少しづつ近づいてきていた。

『バベル』の頂上にいるのに船の全貌が見えない。まるで世界中の人間を全て収容できそうな……。

 そこまで考えてラピスはハッとなった。


「これが『箱舟』か……!」


 想像より遥かに巨大な船艇に少年は絶句する。

 鎖を引き終えたリーシェは真剣な面差しで頷いた。


「調律体がこの時のために用意していた最後の希望。未来へ命を運ぶ旅人の船。これを、『()()()()()()』と呼んでいます」


「アルゴ、ノゥト……」


 ノアの箱舟ではなくアルゴノゥトの箱舟。

 前者は選ばれた人類のみを乗せる選別の船だった。

 しかし後者は船に乗りたい者には等しく切符を渡す、旅人の船。アキラの世界では、金の羊毛を求めて集った戦士たちを指す言葉だった。


「今から一時的に私の意識を、私の神の部分である調律体に明け渡します。その間、本能的な防御や迎撃はできても連携することができません」


「分かっている。幸いまだここには敵の姿は無い。今のところは安心してみんなの魂を保護してくれ」


「お前等の目は節穴か?」


「「!!?」」


 軽蔑するような声音とほぼ同時に途轍もない寒気と、圧倒的な重圧が二人覆い潰そうとしてくる。

 今の今まで誰もいなかった、何も無かった空に突如としてひ人が浮いていた。


「ぁ」


 零れた声はどちらのものだったのか判別する余裕もない。

 冷や汗が頬を伝う感触をやけに明瞭に感じ、蒼白になった顔で出現した侵略者を見上げた。


 長い、深緑色の髪。端正な顔を半分隠す黒いヴェール。前髪と布の間からこちらを睥睨する氷のような青い目。より目を引くのは頭上にある金の輪っかと、背中から生えた豊かな純白の翼。


 リーシェとラピスが最も危険視した敵がセルタ上空に顕現していた。


「なんで……」


 呆然と呟くのはリーシェだ。しかしラピスもおそらく考えていることは同じだった。

 ゼキアの報告では既に世界の七箇所に『使徒』が攻撃を開始し、権能で状況を探ったリーシェもそれを認めた。どこかの戦場が陥落しない限り、現在の交戦地点で足止めできると考えていた。

 しかし七人いる『使徒』の一人であるあの敵は現に目の前にいる。


 少女はもう一度『星の権能』で世界の状況を確認する。大地の震え方を何度探り直しても、間違いなく七箇所が侵攻を受けている。


「なんで……なんでここにいるのですか!!?」


 もしかしたら何か重要な見落としをしているのかもしれない。

 そう考えた、リーシェの悲鳴にも似た問いに敵は至極つまらなそうに答えた。


()()()()()()()()()()()()()


「っ!?」


「我らは九人いる。せっかくだ。ついでに『使徒』について軽く教えてやろう」


 翼がゆっくりと閉じられる。

 星の重力に任せて緩やかに降下を開始しながら『使徒』は淡々と言葉を進ませる。


「火星マーズ。水星マーキュリー。金星ウェヌス。土星サターン。天王星ウラヌス。海王星ネプトゥヌス。そして我、木星ジュピター。そして此度は特別に『使徒見習い』である木星衛生エウロパと、『()の側近』である冥王星プルトンも連れて来ている。喜べ、貴様らを叩き潰すためだけに我らの最高戦力を投じたことを」


「九人いるのならやはりおかしい。『使徒見習い』とやらが他の『使徒』と行動を共にしていたとしても、一人足りない。他に誰がコソコソ様子を伺ってるんだ?」


 強がりをメインに添えて気丈に言い返すラピスに、ジュピターの冷たい目が向けられる。たったそれだけで途方もないプレッシャーを与えられ、足が半歩下がりそうになるのを鋼の理性で押さえつける。


「やはりお前等は愚鈍だ。我らに偵察は必要ない。観察も同様。もう一人は既にこの場に降り立っている。正確には、その気に食わない巨船に」


 言い終えると同じタイミングで『アルゴノゥトの箱舟』が真っ二つに割れた。元より実体のない船は音も立てず破壊され、消えそうになるのをリーシェが息を詰めて引き止めていた。

 無惨に破壊されかけた希望の船の船首に立つ人影が一人。


「冥王星プルトン。王の名のもとに『ガイア』(もとい)『アース』を粉砕する。希望は無い。未来もない。勝ち目などとうに散っている。無駄な抵抗はせず粛々と定めを受け入れよ」


 船首から飛び終えたプルトンも『バベル』の屋上目掛けて降下を開始する。

 木星の『使徒』と冥王星の『使徒』がリーシェたちの前に立つのは、まるで示し合わせたかのように同時だった。


 そしてさらに驚くべきことが起こる。

 ジュピターが降り立った地面から色とりどりの花が咲き乱れたのだ。僅かに光を放ち、枯れるのではなく次々に光粒となって虚空に溶ける花たちは幻想的な美しさがあった。

 その隣。プルトンが降り立った場所にも変化が起きていた。ドロリ、とプルトンの足元の地面が赤黒い泥に変質していたのだ。本能的に死を連想させる間が禍々しい色の泥は、気まぐれに気泡を作っては弾けていた。


「我、全惑星を統べし『使徒』ジュピター」


「我、王に最も近き『使徒』プルトン」


「「問おう。『アース』の調律神、その真名を答えよ」

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