運命共同者
自我を自覚した時、少年は言い様の無い不快感と違和感に身を捩った。魂が世界を拒絶しているようだった。世界に魂を拒絶されているようだった。
千の針に刺されていると錯覚するほど痛む頭に、奔流のように流れ込んでくる記憶。視界が真っ赤に明滅してひたすら痛みが過ぎるのを待った。
結局、そのあとは高熱に苦しみ意識が朦朧とし目覚めた時は病院のベッドの上だった。
何本もの管が腕に繋がれ、透明な点滴が一定のリズムで体内に落ちていく。はっきりとしない頭で、自分は多分死にかけたのだろうと漠然と感じ取るとなぜかため息がこぼれた。
心拍数や脈拍を計測している機器が鳴らす音に紛れて、少年は掠れた声を出した。気怠い全身から力を掻き集めて呼んだ名前は、両親のものでは無い。
「……リーシェ……」
記憶の激流の中で、意識よりも優先させ決して手放そうとしなかった少女との思い出。名前。声。表情。そして結末。
リーシェのスキルで異世界に飛ばされたラピスは、元の世界に年齢が追いつくまで全く別人のラピスとして生きていた。一週間前に十五歳の誕生日を迎え、翌日にラピスは本来の人格もとい自我を自覚したのだ。
そこからは冒頭の通り。こうして病室のベッドで治療を受けている。
少しは動くようになった体を必死に動かして乱暴に点滴の管を抜く。指につけられた測定器も外しエラーを知らせる機械には目もくれず、足を引き摺るようにして病室を出た。
行かなければならない。
どこに?
分からない。けど行かなきゃいけない。
なぜ?
リーシェが寂しがってるだろうから。
本当に?
どうだろうな。もしかしたら違うかもな。
なら、行かなくてもいいじゃないか。
俺が寂しいんだよ。
そっか。それなら、仕方ないな。
リーシェがいる世界に、何の手がかりもなしに行こうとするラピスの中で、十五年生きたもう一人のラピスが問いを投げ続ける。曖昧な理由を並べているうちに納得したのか、問いかけは聞こえなくなった。
結局、ナメクジよりも遅かった進行は駆けつけた看護師や医師に捕縛され病室に連れ戻された。
再び刺された点滴の管を恨めしく睨みながら、医師の経過報告を右から左に聞き流す。両親が職場から病院に向かっていることだけ頭に留めておいた。
ラピスの両親は仕事が忙しい人だった。
幼い頃から家にいないことがほとんどで、やれ残業だやれ出張だと帰ってこない日が多かった。ダイニングテーブルの上に乗っている一万円札で一ヵ月後過ごすこともあった。
親、という存在に対して『扶養者』以上の感覚を抱いたことは無い。愛情がなかったわけでは無いが、可愛がってもらっていた記憶もなかった。
思えばラピスという魂は親に恵まれていなかったように思う。元の世界の母はラピスを産んですぐに死んだ。父は自分のことを発展の道具としか思っていなかった。
リーシェは違った。両親は亡くても彼らが残した愛情を旅の途中で実感していた。『伝説の力』を持って生まれても愛された少女。『伝説の力』を持って生まれたからこそ愛されなかった少年。
同じだと思っていた。リーシェとラピスは似たもの同士で、その共通点に救いのようなものを感じたのだと。だからこそ惹かれあったのだと。そう思っていた。
けれど今。リーシェと離れ、世界に一人ぼっちになったラピスはようやく合点がいく。
全然違ったから惹かれたのだと。
愛された少女。愛されなかった少年。
戦わざるを得なかった少女。自ら戦いに赴いた少年。
生きることを願った少女。少女のために生きようと決めた少年。
世界に独り取り残された少女。世界に独り弾き出された少年。
面白いくらいに何もかも逆だ。どうして今まで気づかなかったのだろう。
同じ境遇で生まれながらも、ラピスが欲しいものを掴み取っていったあの少女に眩しさを感じたのだ。憧れて、恋焦がれて、少しだけ羨ましく思って。何よりも大事にしたいと思った。
ふと窓の外を見れば、都会の灯りに負けじと輝く一等星が見える。
かつて、あの星の海でリーシェの以前と出会い死んだ。
かつて、こことは違う世界でリーシェと出会い生き別れた。
現在、リーシェのいない世界で彼女への想いを新たにした。
運命だなんてくさい言葉は使わない。偶然だとも、必然だとも思わない。
「俺たちは必死に糸を手繰り寄せたんだ」
歯を食いしばって。拳を握り締めて。か細い糸を慎重に引き寄せた。そうしてようやく出会えた。
「住む世界が変わった程度で不貞腐れていられないな」
帰れるのか分からない。リーシェはもうラピスの顔を見たくないかもしれない。
それでもラピスはまた星に手を伸ばす。緑色を帯引く彗星に。生涯でただ一人と決めた眩い存在に。帰る場所と決めた少女の隣に。
その日からラピスは人の目を盗んで『伝説の力』をどうにか復活させようと試みた。しかし、魔法も神秘も何もない世界では何一つ使うことができなかった。
だから各地域の神話や神々を猛勉強した。
リーシェの隣に立てた時、今度は彼女を守れるように。
その一心で、寝食を削って図書館の本を読み漁るラピスに関心の薄い両親はやはり何も言わなかった。
☆*☆*☆*
「アキラに出会った時はあらかた調べ終えて、あとは戻る手段を見つけるだけだった。そんな俺がアイツの目には退屈そうに生きてるヤツに写ったらしい」
話を聞いているうちリーシェは頬に熱が集まるのを感じた。話の大部分が愛の告白みたいだったからだ。
赤面して俯くリーシェにラピスは柔らかい微笑みを浮かべた。
「なぁリーシェ」
「は、はい」
「頼むから死なないでくれ」
「……!」
「できればこれ以上戦って欲しくないってのが本音だけどそれは無理だろう?リーシェはもうこの世界にとってなくてはならない存在になっているから」
ラピスの言葉にリーシェは口を紡ぐ。
平穏に向かって手を伸ばし続けた結果、世界を守る役目を持った神へ至り最強をと呼んで障りない実力を得た。だからこそ戦うことは強者の義務でもある。
「もちろん、死ぬ気はありません」
「いっつもそう言う。いっつもそう言って、いざ生死を分ける局面になった時、お前は自分ではなく誰かを守ろうとする。命に代えてもな」
「……そう言われたら何も言えませんね」
的確に図星をつく少年に少女は乾いた笑みを作った。
「俺はお前の『大丈夫』を信用してない。『安心してください』もだ。だから最終決戦では俺はお前の傍を離れない」
「ラピス、あなたも分かってるでしょう。使徒は七人。私たちは十一人。戦力に不安がある場所を二人にした方が勝率が高まります。私とラピスを一緒にすると他が手薄になります」
アズリカたちは強い。旧眷属も実力者揃いだ。けれどそれを差し引いても『使徒』との戦いの行方は不明瞭であり、リーシェの予想では考えて戦力配置しなければ負ける可能性が高い。
誰をどう組ませるのかははっきりと考えていないが、リーシェとラピスを一組にすることは却下していた。
表情を曇らせるリーシェにラピスははっきり言う。
「じゃあお前、あの緑髪の『使徒』相手に善戦できるって思ってるのか?」
「う……痛いところを突いてきますね」
「あの緑髪、今までの行動から予想すると俺かリーシェのどっちかを狙って来るぞ。やたら『伝説の存在』に興味を持っていたからな」
「私とラピス以外にも、シュウナとかアイラの方に行く可能性もあります」
「いや、それは無い」
きっぱりと言い切る知恵者に怪訝な目を向ける。
「わざわざご丁寧に俺の父親に接触して俺たちに殺し合いをさせるなんてことしてるんだ。対してシュウナには一切接触していないしな。アイラはもしかしたらって事があるかもしれないがアイツは司祭だ。アズリカ辺りと組ませればとりあえず安心だろう」
私情を一切挟まなくてもリーシェとラピスが一緒に行動する方が勝率が上がると、少年は根拠を交えて力説する。
こういう話し合いではやはり敵わないと思い知ったリーシェは、ややあって重い溜息を吐いた。
「分かりました。『使徒』に私たちの『伝説の力』を見せつけてやりましょう」
「そうだな。俺たちは二人で一つだからな」
世界の住人たちを『箱舟』に収納するために腰を上げるのと、『会議室』の扉が勢いよく蹴破られたのは同時だった。
驚いて音のした方を見ると肩で息をしているゼキアがいた。
「七箇所に『使徒』が攻撃を開始した……!」




