最後の祝福
「会議の開始に先立って、まずは『使徒』の基本的な情報を全員で確認しましょう」
リーシェが右手を横に一閃すると円卓中央に映像と画像が映し出された。リーシェ記憶をそのまま移しているらしく、音は小さめだが話し声も聞こえてくる。
早朝の記憶をみんなと共有する少女は、険しい顔で『使徒』たちの特徴を上げていった。
「交戦記録がないためそれぞれの能力は把握できてませんが、一人だけ……ピンク色の長髪の『使徒』が弓を使うことが分かっています」
ライザとクレセントを諸共木っ端微塵にしたあの攻撃をリーシェとラピスは見ていることしかできなかった。あの『使徒』に気づいた時には既に矢は射られた後だった。驚くほど気配が希薄であり、敵意も殺意も何も感じ取れなかった。
抱き合った二人が光に呑まれていくのを、茫然と見ていることしかできなかった。
その記憶を映像に起こし公開すると、眷属の面々は表情を引き締めた。
「もしこの規模の攻撃が『使徒』にとってお遊び程度の力なら、正直私たちだけでは対処できないでしょう」
冷静な見解を述べるリーシェが手を叩くと『会議室』の扉が勢いよく開かれた。
「そこで、俺たちの出番ってわけ!」
全員が勢いよく扉を見る。
瞳の色が本来の色に戻った元『強欲』の青年と横に並び立つ『墓守』の青年。集まる視線に『墓守』の方はやや居心地が悪そうにしている。背が小さいため見えずらいがその後ろにスティの頭も見える。
「少しでも戦力を増強するためにマモン改めてマグヌスに協力を依頼しました」
「……正気か?」
ゼキアが吐き捨てるとシュウナが眉を寄せる。
「こやつはとっくに正気では無いわ」
「はいそこ、うるさいです」
ピシャリとリーシェ言うと出来たてカップルは揃って口を噤む。
「この規模の攻撃を連発された場合、星自体が深刻な損傷を受ける可能性もあります。なので、全ての民たちは私が造った箱舟で『異次元空間』に避難してもらいます」
「箱舟……?」
初耳の情報にアズリかが首を傾げた。
ラピスとアキラは現状と箱舟という言葉に自然と『ノアの方舟』を連想した。
「全人類を一度魂だけの状態にし箱舟へ格納。戦いが終わるまで『異次元空間』にて待機してもらい、安全が確認でき次第新たに体を再構築します」
「リーシェ様、それは術後もご自身の命が無事であることを前提に考えられた作戦ですか?」
考えなくても大量の『神性』が消費されることが分かるため、眷属たちの顔は浮かれない。誰もが抱いた疑問を言葉にしたのはキリヤだった。
キリヤはリーシェが自己犠牲に走りやすいことをよく知っている。命は大事だと言いながら少女は自分が二の次なのだ。
だからこそ、例えリーシェに睨まれてもキリヤは問う。「最後まであなたは無事でいて、あなたの悲願を叶えることはできるのか」と。
「もちろん。私はこの戦いでもその後の処理でも、命を捨てるつもりはありません。私の願いは生きることですから」
「と、口では言いつつぬしの体はそれが可能なのか?能書きは誰にでもできるぞ」
キリヤとは一変、棘のある言葉で問いを重ねたのはシュウナだ。
これにもリーシェは穏やかに答えた。
「マグヌスのおかげで感情の制御からは逃れています。『神性』は回復していませんが、元より私の力は『感情』が最大のエネルギー源なので箱舟を使うことに支障はないでしょう」
ですが……と少女は表情を引き締めて続ける。
「今は少しでも『神性』を回復させておきたい。なので、これまで皆さんが使用していた神造体を回収したいのです」
リーシェの言葉に眷属たちは顔を見合わせた。首を傾げ合いじっと少女神を見つめる。やがて全員を代表してゼキアが頷いた。
「使わなくなった体をいつまでも取っておいても意味ねぇからな。神造体はリーシェの好きにしてもらって構わねぇぞ」
眷属全員の総意を伝えたゼキアにリーシェは微笑んで礼を言う。
そして、作戦会議は再開された。
「相手の能力も実力も把握出来ていない今、有効的な作戦を立てるのは難しいでしょう。手負いだったとは言えクレセントが無抵抗で殺される強さが全員に備わっているのだとすれば、正直勝つのも厳しいかもしれません」
あっという間にシュウナを追い詰めた『月』の管理者を一瞬で消し去った『使徒』。映像に記録された力が渾身の一撃なのか、お遊び程度なのかすら分からない。
冷静に状況を見極めているからこそリーシェの読みは正しく、誰もが慢心からの反論をしなかった。重々しい空気が漂う中、声を発したのはアキラだ。
「なら、俺が書き換える」
この中では最も若く、最も死ぬ可能性が高く、最もこの世界に無関係な者が手を挙げた。そのことにアズリカは厳しい表情を作る。
「俺たちはお前に戦って欲しくない。『セブンスロード』との戦いではサポートに回していたから頼ったが、今回は違う。一撃が大地に穴を開ける敵の前でアキラがスキルを使うのは無理だ。相手はこっち側の能力を全部把握している可能性がある。だからこそご丁寧に姿を見せ技を見せ、宣戦布告までしたんだろ。少しでも『創造者』を使う素振りを見せた瞬間、何かしらの攻撃が吹っ飛んでくるぞ。そして俺もみんなもお前を庇い守りながら戦う自身はない。だから……」
「箱舟に乗れって言いたいんだろ?アズリカの言いたいことはよく分かる。俺だって死にたくないし、みんなに迷惑をかけたくない。でもここで逃げたら俺が残った意味が無くなる。ここで箱舟に乗ったら、もしもそれでラピスに何かあったら俺は帰った後きっと自分で首を絞めると思う。だからやらせてくれ。俺に生きる機会をくれ」
珍しく口数を多くさせて捲し立てる青年に少年は毅然と頼み込んだ。焦げ茶色の目は強く、声にも顔にも迷いは無い。友のために戦おうと覚悟を決めた、かつてのアズリカと同じ顔をしていた。こんな顔をしたらもう何を言っても引き下がらない。アズリカはもう何も言えなかった。
その沈黙を許可と受け取ったアキラは、次いでラピスを見る。
「ラピス。俺がスキルを使う時、お前が俺を守ってくれ。俺は何がなんでも『使徒』の『魂』を可能な限り弱く書き換えるから」
感情が読めなかったラピスは唐突に不敵な笑みを浮かべる。悪人面一歩手前の顔をして戦意を見せた。
「あれ?迷惑はかけたくないんじゃなかったのか?」
意地の悪いその質問にアキラも似たような顔をして言い返す。
「お前なら別にいい。それに、別に迷惑だなんて思わないだろ?」
「そうだな。お前を守るのは当たり前だ。『神性』の温存なんて一切考えないで、アキラを守ってやる。だから頼んだぞ、親友」
アキラが強く頷けば、リーシェがゆっくりと腰を上げた。
「話は決まったようですね。では最後に、私から皆さんへ最後の『贈り物』を差し上げましょう」
白い指が組まれ、祈りを捧げるリーシェ。
小さな桜色の唇が深く息を吸い『祝福』を詠う。
「始まりを告げる
我、常世総ての調律者
汝、常世総ての守護者
壱から数え悠久の果て
時の旅人たち、宙に散らばる星々へ
今、惑星から星へ贈り物を授けよう」
世界でたった一人の神が祈る。この惑星の『権能者』が歌を紡ぐ。『贈り物』は温かな光となり、部屋にいた全員に吸い込まれていく。
みんなの姿がみるみるうちに変わっていった。全身からは覇気が溢れ出て、それぞれの能力の片鱗が周りの空気に小さな稲妻となって爆ぜる。着用していた服も、より洗練され強度の高いものに織り直されていた。
いわゆる『決戦仕様』と呼ぶに相応しい威圧感と格好に変わった眷属とアキラに、同じく姿が変わったリーシェがふんわりと笑う。
「能力の底上げを行いました。技の威力、範囲、効果が大幅に上昇したはずです。慣れが必要かもしれませんが、『使徒』を思う存分殴って精度を上げ直してください。アキラ」
「ん?」
「あなたは詠唱の効果が反映される対象からは外れていましたので、他の皆さんとは別のスキルを同時使用して一時的にアズリカたちと同じくらいまで身体能力等を向上させています。ですが決して油断、過信せず『創造者』を使ったら直ちに戦線を離脱してください。それがあなたが『使徒戦』に参加する条件です」
「……分かった。万が一にも『創造者』が通じなかった場合、もうそこで諦めて箱舟に乗る。約束だ」
「約束ですよ。さて、以上で会議を閉幕とします。敵が来た際は空に何らかの変化があるはずです。それが確認されるまで、各々自由に時間を使ってください。ラピス、あなたはここに残って。少し話したいことがあります」
一人だけ名指しで居残りを命じられたラピスは、特に驚きもせず頷いた。むしろありがたいと思っていた。話をしたかったのは少年も同じだった。
席を立ち部屋を出ていく眷属たちのほとんどがラピスの肩やら頭やらを撫でていく。アキラだけは胸に拳を当ててきて少しだけ痛かった。
そうして『会議室』にはリーシェとラピスだけが残る。
空気は重くなくむしろ清々しい。伊達に殺し合いをした中だ。喧嘩をしたくらいで気まずくなったりはしない。
「「ごめん」なさい」
開口一番、二人の言葉が重なった。
お互い目を丸くして少しだけ笑い合う。『会議室』にはあの頃のように年相応な少年少女がいた。
「フフッ、被っちゃいましたね。私から先に言わせてもらってもいいですか?」
「ああ。いくらでも聞こう。そのあとは俺の番だからな」
「もちろんです。……ラピスには全部知っていてもらいたくて、今日は声をかけました。アズリカも知らない“あの後”の私の全てを」
そうしてリーシェはゆっくりと語っていく。
誰もが知らなかった。誰もが予想止まりになっていた、少女神三千年の歴史を。




