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混沌増殖

 セルタの『バベル』を昇降盤で登り続けていると、キリヤがおもむろに口を開いた。


「先程の話ですが」


 というのは、ラピスがリーシェから逃げるようにキリヤに泣きついた件である。泣いたわけではないが、泣きついたという言葉が正しい勢いで少年は金髪青年に突撃していた。

『バベル』の外で民衆達にかけていた声とは違い淡々とした様子で彼は続けた。


「リーシェ様はあなたが思ってるより何倍も、あなたのこと大好きだと思いますよ」


 そう言うキリヤの横顔は髪で隠れてよく見えない。若干俯き加減なのを見ればきっと見せないようにしているのだろう。アズリカと同様キリヤもまたリーシェに憧憬を抱いた一人だから。


「あなたを異世界から戻す。簡単なことではありませんし、実際リーシェ様はひどく消耗しています。そうなると分っていても尚あの方はあなたを求めた。……命をかけてでもラピス様が隣にいることを望んだんです」


 昇降盤の到達階数を知らせるランプが四十七階を示す。あと一分もすれば、目的の五十階に到着するだろう。


「感情が読めないからなんだと言うのです?あの方は体より先に口が動くことの方が多い。基本的に対話を求めていらっしゃるので。だからあなた方はもう一度、いえ……何度でもよく話し合うべきです」


 キリヤがそこまで告げたところでちょうど到着を知らせる軽やかな音が響いた。

 自動で開くドアの向こう側は間髪入れず『会議室』だ。

 昇降盤の中から俯きがちなキリヤとラピスが現れるのと同時に、『会議室』の中の様子が視界に映し出された。


 ……混沌だった。


「お、来たか」


 いつも通りのアズリカ。いつも通りのアキラ。しかしそれ以外は常軌を逸している。

 一番目を引いたのはキルスに関節技を決めるレイラ。それをしゃがんで満足気に見ているグレイス。一体何をしているのか。

 そして次に目に飛び込んでくるのは、三人の奇行を華麗にスルーしつつ何だか甘い空気を醸し出しているシュウナとゼキア。

 五人を見た後だと、いつも通りのアズリカとアキラが逆に異常に思えてくる。


「……『会議室』は子供スペースではないのですが」


 揶揄が合っているのか分からない皮肉を言ったキリヤにも困惑が見て取れる。


「何が……何があったんだってばよ……」


 ラピスの口から前の世界で見た何某のキャラの口調が思わず転がり出てくる。ネタが分かるアキラは笑いつつ苦笑するという器用な芸当を披露した。


「シュウナとゼキアに関しては俺たちが来た時からあの雰囲気だ。キルス達の方は……あ〜……」


 歯切れの悪いアキラに変わってアズリカが説明してくれる。


「キルスが過去の記録を閲覧しすぎたせいで、キージスの性格が滲み出るようになったらしい。レイラとグレイスにとってキージスってちょっと微妙な存在だろ?それでああなった」


「大雑把な説明ありがとうございます」


 コメントに困る状況にラピスは何も言えない。代わりに礼を言ったのはキリヤだ。青年はそのまま軽い足取りでゼキアたちの方へ向かった。関節技の方はとりあえず後回しでいいと考えたようだ。


「おっほん」


 実にわざとらしい咳払い。しかしおかげで、ようやくゼキアとシュウナの空気も糖度が減った。


「なんじゃ」


「なんじゃではありません。ゼキアの膝の上に乗って見つめ合うとか、いつの間にそこまで仲良くなったんですか?」


 プイッと顔を背けるシュウナは元気そうだった。最後に見たのが瀕死の状態だったため心配していたのだが、肉体が元に戻ったことで無事に回復できたらしい。


 何も答えようとしない最強の戦人族にため息を吐きキリヤは義兄弟を見る。キリヤより微妙に色が濃い金髪の眷属は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「好きなんだってよ」


「誰が?」


「俺も、シュウナも」


「ふーん。それで想いを確認できたからやったね!ってことでそうなったんだ?」


 沈黙は肯定の証。

 永遠の思春期かのようにそれっきり話さなくなってしまった二人にキリヤは釘を打った。


「おめでたい事だけど、リーシェ様の前ではしゃんとしてくださいね」


 要は場を弁えろと言ってからキリヤの足は例の関節現場へ進んだ。


「レイラ様、ひとまず落ち着いてください。グレイス様も何楽しそうに見てるんですか。ツッコミ役のあなたまでボケに回らないでください」


「あらキリヤ、遅かったのね。ちょっと待ってね。もうすぐこの者の左腕を外せそうだから」


「聖母のような微笑みで何ヤバいこと言ってるんですか。一応大事な戦力ですよ。リーシェ様の許可無く壊さないでください」


 キリヤの諌め声にレイラは渋々といった様子でキルスを解放した。痛む腕を庇いながら素早い動きで抜け出した青髪の男性は人見知りの子供のようにラピスの背後に隠れる。ラピスの後ろに入れば安心などどうして思ったのだろう。ラピスだってこの外見の男に良い印象はないというのに。

 ジトリと睨みつけて思いっきり革靴の爪先を踏み抜けば、悲鳴を上げて去っていくキルス。今度の隠れ場所はアキラの背中だった。アキラは特に何かをする訳では無いが、アズリカの睨みが横頬に突き刺さっている。


「酷い!何たる仕打ち!わたくしは綺麗な心に生まれ変わり、三千年共に歩んだ仲間だと言うのに!!」


「ああ〜。なるほど」


「確かにレイラの気持ちは分かるかも」


 キルスの叫びにキリヤとラピスは互いに頷き合う。あの恩着せがましいような物言いは確かにキージス寄りだ。

 純粋キルスの場合ならこの時、そもそも誰かの背中に隠れて喚くことはしない。膝をつき、執事のように恭しい態度で仕打ちの原因を聞いただろう。

 リーシェがわざわざ魂を入れ替えさせた上、そもそもキージス魂は完全に消滅させたというのにどれだけしぶといのだろう。記録を閲覧しただけでひょっこりと顔を出し始めるなんて。


「ゴキブリのようですね」


「誰かブ○ックキャップ持ってないか?」


 素直なキリヤの批評。現代的なやり方で排除を試みるラピス。混沌がまた一つ増えてしまった。

 アズリカが髪を掻き上げながら事態の収拾を測ろうとした時、『会議室』の高い天井が白く光り出した。その輝きの下で、皆が円卓の席につく。


「お待たせしました、みなさん」


 自然な動作で柔らかい笑みを浮かべる少女。

 リーシェは昇降盤と対角線上にある円卓の椅子にフワリと座ると、敏感にカオスの残り香を感じ取った。


「何かありましたか?」


「何もありませんリーシェ様大丈夫です会議を始めましょう」


 間髪入れず息継ぎもなく答えるキリヤに首を傾げつつ、赤髪の少女神は最後の戦いに向けた『会議』の開場を告げた。


「ではこれより、『対・使徒作戦会議』を始めます」



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