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兆候の歪み

 ラピスとアキラを別室に待機させて、アズリカは赤髪の少女と卓を挟んで向かい合っていた。

 ソファに腰掛けティーカップに口をつけた少女は数秒の間、紅茶の風味を堪能するように目を閉じる。やがて瞼の奥から現れた金緑の瞳が隙なくアズリカを見た。


「それでは弁明を聞きましょう」


 二人しかいない執務室にその声は凛と響く。

 本来の姿より一回り小さくなった手で白い服の裾をギュッと握る。何も知らないものから見れば、大人に怒られる悪戯っ子と言った様だ。

 しかし当事者からすれば、そんなに生易しいものではなかった。


 押し黙るアズリカに言い聞かせるように少女は言葉を紡いでいく。


「三千年、私たちはこの時を待ち続けました。どれだけ時間が経っても胸が痛むあの出来事から待ち続け、ようやく訪れた運命」


 カップをソーサーに置いた少女が、凛とした面差しで窓の外を見つめる。様々な感情が去来した顔を朝日に晒すその姿は、儚く今にも消えてしまいそうだった。


「アズリカ」


 再び名前を呼ばれる。

 そっと落としていた視線を上げると、穏やかな笑顔を湛えた彼女と目が合った。

 己の役目を全うしている姿ではなく、ありのままの姿にアズリカの手から力が抜ける。


「ラピスと再会できた心境は痛いほど分かります。喜び、嬉しさ……同じくらいの悲しみ。きっと私とはまた違った感情を持て余しているのでしょう。ですが、それを理由に彼を、彼らを殺されるような真似をしてはいけません。あの頃と違って、ラピスにはまだ戦う力が備わっていないのですから」


「あぁ。俺が迂闊だった……。どこかできっと大丈夫だと、油断していた。あのラピスはもう、俺が知っているラピスじゃないのに」


「私もあなたもラピスも。あの頃とはだいぶ変わってしまった。強さを信じるという当たり前にしていたことを……その衝動を今は抑えなければなりません」


 最後の一口の紅茶が少女の喉を滑り落ちる。同時に華奢な体が白く発光し透け始めた。

 半透明になったまま笑顔を向けられる。


「アズリカが傍にいられないとき、私が彼らを守る剣となり盾となります。ですが私にも抑えておかなければならない"()()()"がいる。だからアズリカ、くれぐれも彼らのこと、頼みましたよ」


 空になったカップを残して姿が見えなくなった少女。座っていた場所から顔を逸らしてアズリカはそっと息を吐き出した。


「あぁ。不安にさせて悪かった。今度こそ、俺がアイツらを守る。だからそっちは頼んだぞ、リーシェ」


 ☆*☆*☆*


 改めて執務室に通されると、話をしていたはずのリーシャはもういなかった。用件が済んで帰ったのだろう。


「それで、俺たちはこれから何をすればいい?」


 不思議な少女ともう少しだけ一緒にいたかったラピスが肩を落としているうちに、アキラは神妙な顔をしたアズリカに問いかける。

 一刻も早く妹の元に帰りたい少年は、急かすように話を進めた。


 アキラの胸中は察しているのか、若草の髪を揺らしたアズリカが二つのブレスレットを投げ渡した。手首に装着すると体がフワッと軽くなる。


「"貞潔の宝石眼"という特殊な石を埋め込んだアクセサリーだ。俺の司祭であることを周知に教えると同時に、毒や精神異常状態に陥らなくなる。要はお守りだな。それを通して俺から力が流れ込んでいるから、少しはマシに戦えるようになるだろ」


 派手でも地味でもないブレスレットは、しばらくすると輝き出した。驚いているうちにタトゥーのように形を変え、エメラルドグリーンの宝石だけが肌に浮く格好になった。簡単に落ちないようにという理由だろうが、違和感なく手首に埋まられても何だかゾワゾワする。


 ラピスはどんな顔をしているだろうと思い隣を盗み見ると、右手首に埋まったのを見ても特に反応は示していなかった。親友には分かる。あれは別のことで頭がいっぱいになっている顔だ。十中八九、リーシャのことでも考えているのだろう。


「ダンジョンを攻略するにあたり、司祭には眷属から力が与えられる。本人の気質や運動能力に合った力が勝手に顕現しているはずだ。アキラ、宝石眼の表面を撫でてみろ」


「あ、ああ」


 言われた通り表面に人差し指を滑らせる。複雑なカットは中に施されているらしく、表面はツルリと滑らかだった。


 宝石眼が淡く光ったと同時に目の前に音もなく文字列が浮かび上がった。


「それはステータスウィンドウという。まぁ、適当に窓と呼んでおけ。窓を開けば、使える力の詳細や、お前の今の状態が確認できる。ダンジョン攻略を少しでも安全に成し遂げられるように、主神が生み出したシステムだ」


 MMORPGみたいだと思わざるを得ない演出だった。一瞬ここはゲームの世界なのかとも思ったが、アキラはすぐにその考えを捨てた。

 風の匂いも土の質感も体の倦怠感も、死の恐怖も紛れもなく本物だった。竜に襲われた際に若干擦りむいた傷は地味にジクジクと痛い。ゲームであれは電気信号で痛覚を再現するはずだが、現代社会の技術ではここまでの再現は不可能だろう。


 ここは現実で、決して遊びなんかではない。死ねはそこで終わりで、常人を超えた力がなければ何度も竜の時のような危険に脅かされるのだろう。

 気を引き締め直したアキラの隣でラピスが鋭く息を吸い込んだ。


「どうしたラピス?」


 目をまん丸に見開いたラピスはアキラの問いが聞こえなかったのか、物凄い勢いでアズリカに掴みかかった。

 普段は冷静で温和なラピスが取り乱すのはとても珍しい。止める暇もなくアズリカの肩を強く掴んだラピスが、顔を痛みに染めながら叫んだ。


「お前は!ぐっ……お前は、だれなんだ!?」


 膝から崩れ落ちるように頭を抱えて床に座り込む。敷かれた絨毯に受け止められたラピスは、蒼白な顔で眷属を凝視した。


「なんで、こんなに辛いんだよ……!俺は、俺はなんで……!!」


「ラピス」


「名前を呼ぶな!!頼む、ひどく頭が痛むんだ……心が軋むんだ……!なにか、あったような……何か忘れている、ような」


「大丈夫だ、落ち着け。ゆっくり息を吸うんだ。慌てなくていいから」


 小さな手がラピスの黒髪を撫でる。少年のウィンドウに記された司祭の力を、アズリカは何とも言えない顔で一瞥する。

 アキラに与えられた力は『記録者』。

 そしてラピスに与えられた力は『付与者』だった。


 ラピスにとって。アズリカにとって、それが一体何を意味するのか、アキラには分からなかった。

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