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幕引き

 血よりも濃い瞳は旧眷属共通の特徴。

 水色のカーテンの下の色を確認したアイラは歯を噛み締めざるを得なかった。仲間の窮地に駆けつけた敵だと思ったからだ。


 そんなアイラを杞憂だと笑うかのように少年は悪戯のように小石をアイシャに投げつけた。

 投げつけた、というよりぶつけに行ったが正しい。


 水の中だというのに目で追えない速さで飛来していく。小石は勢いを緩ませることなく鈍い音を立ててアイシャの額に直撃した。


「いった……!?」


 体を震わせて額を抑えるアイシャに目に見えて分かる変化が現れた。

 エラが消えていく。勢いよく肺から空気が吐き出されて、アイシャが苦しそうに喉元を掻きむしる。少女の目が淡く光って薄くエラが再び出てきたがそれどまり。十分な酸素は取り込めていないようで顔色が悪くなっていった。


「オマエ、ワタシに何をした……!」


 喋るのも辛そうに、少女は少年を怒鳴りつける。

 顔色の悪い『貪食』に飄々とした様子の少年は笑みを深める。


「教えるの面倒だから自分で考えたら?」


 丁度そこまで言ったところでようやくアイラが思い描いていた人物が現れた。

 シュウナと同じ赤い髪。双眸は青と浅緑のオッドアイ。そして何より、存在から放たれる圧倒的な『神威』の重圧。

 今度こそ、主神だった。


 少年とアイシャ、そして最後にアイラを見た主神は状況を理解したようだ。

 小首を傾げてアイラに言う。


「助太刀は?」


 弱っているのが一目瞭然のアイシャを睨みながら狐人は片頬を持ち上げた。


「お手を煩わせるまでもありません」


 アイラの頭にある情報が正しければ、あの少年は『怠惰』の眷属だ。敵の様子を見て恐らく投げた小石には能力を減衰させる効果でもあったのだろう。

 これなら勝てる、と少女は攻撃を再開する。


 三十の水槍を放つ。緩慢な動きで避ける獲物など格好の的だ。

 二十を超える槍が少女の華奢な体を次々と貫いた。桜色の唇から血が吐き出され、重症に状態にも適応しようと瞳が光る。


 死んでもおかしくない体で必死に生きようとするアイシャの姿に、アイラは同情にも似た感情を抱いた。


「……めろ……やめろ……!」


 血を吐きながら少女は叫ぶ。


「ワタシをそんな目で見るな……!ワタシはっ……ワタシは生きたいだけだ……!ワタシに優しい世界で、ただ……平和に生きたいだけだっ……!!」


 痛みと悲しみに顔がぐしゃぐしゃに歪む。玉のような汗が額に浮かび、滲んだ涙は水の中に消える。

 適応が間に合わず瞳の輝きが諦めるように明滅して元に戻った。


「どこに行ったら……ワタシは平穏に生きられるのだ……」


 再召喚の仕組みにより、死んでも死ねない『貪食』の眷属はダラリと両腕を下げた。動く気力も残っていないのだろう。


「アイラ」


 主神に静かに名を呼ばれた。

 相手の戦意が無くなったのを見てアイラは『海祈』を解除した。

『伝説の力』の源となっている神性を大幅に消費したことで、地面に足が着いた瞬間膝をつく。少女の体力も限界に近かった。


「お疲れ様でした、アイラ。後は私に任せてゆっくりと休みなさい」


「……申し訳ありません。お言葉に甘えます……」


 それっきり目の前は真っ暗になった。

 耳の奥に「頑張ったな」と言う両親の声を聞いた気がした。


 ☆*☆*☆*


 アイラが眠るのを確認したリーシェは、項垂れて座るアイシャの前で膝を折る。ベルゼバブは少し離れたところで状況を見守っていた。


「ワタシを殺せ……」


「それはできません。再召喚された旧眷属を還すには、言霊が必要です。私はあなたに適した言霊を知りません」


「なら、どうするつもりだ……?見せしめに吊し上げでもするか?」


「それもできません。あなたに対して私ができるのは”流す”ことくらいです」


 意味深なリーシェの言葉に緩慢に首を傾げる。


「あなたが平穏に暮らせる世界に送る。それが最も平和的なやり方ではありませんか?」


「……異世界転移か……。島流しならぬ世流しということだな……。……妄言だな。それは神性を大量に消費する。ワタシのために使う余力なぞ……オマエには無いはずだ」


 当然の言葉を聞いてリーシェは口を噤む。

 両者の間に特別な関係性はない。かつても殺し合った敵同士であり、今も決して交わらない道を歩いている。

 だけどリーシェにとって、関係の内容は些事にしかならない。キージスですら、魂を再構築させて戦力として登用しているくらいだ。大切なのは現在の状況であり未来の利益だと、少女神は考えていた。


「あなたは、私と同じ願いを口にしました。それを真っ向から否定し魂を還すことは、私を否定するのと同じこと」


 平穏に暮らしたい。

 誰もがそう願い自分にとって良い道を探している。良い世界のために戦っている。

 何にも変え難い平和を願うために生きようと足掻くその姿。それはリーシェとまったく一緒だった。


 血に濡れて、顔も青白い……決して綺麗とは言えない満身創痍の体でこちらを睨むアイシャ。まだ非力だった頃の自分がタブって見える。

 いつだってボロボロだった昔を労わるように、青い髪にそっと手のひらを乗せた。


「今は遠き かつての羨望

 今も不変の すべての根源

 願いは玉の() 導きの木蔦(きづた)を辿れ

 見えずとも 聞かずとも

 久遠の未来まで(つる)を届かせ

 憧れや 満開となれ」


 優しい声が詩を詠う。そよ風が互いの髪を揺らして、傷だらけの少女の体を煙のようにぼやけさせていく。

 鮮烈な光も、巨大な魔法陣もない。一見すると、赤髪の少女が春の歌を歌っているようである。

 しかし少女は世界を調律する神なれば、その詩も特別な意味を持つ。

 美しい声は玲瓏に詠唱をさえずる。


「その先に 闇在らず

 その末に 光溢れるように

 長き旅路を照らすは (よもぎ)の木漏れ日

 深い眠りの中 旅人は軽き薫風(くんぷう)に吹かれる

 渡る道筋 清水(しみず)流るる先へと歩む」


 アイシャの体からすべての槍が霧となって消える。実体を失いつつある体は既に傷すらもなくなっていた。


「暮れ空へ 届けるように

 虫の声に 溶け込むように

 誰に伝えるまでもなく そっと黄昏に祈る

 万物が紅に燃ゆり ひらりと(かえで)示す向こう岸

 求めた世界は 未だ見えず

 望歌(ぼうか)の旋律 未だ途切れず」


 ついにアイシャの姿が完全に世界から消えた。

 顔の横に一筋の汗を垂らしながら、それでもなおリーシェは最後まで詠い続ける。


「傷を穿つ 青銀の結晶

 魂を凍さす 白銀の根

 星が瞬き ただ響く

 白亜の大地 真黒(まくろ)の天穹

 導きの付き人は最早()らず

 されどその歩み 止めることなかれ

 道が在らずとも 友が居らずとも

 汝が歩める場所こそが 汝の桃源なれば

 やがてまた 柔らかな日差しが降り注ぐ

 憧れや 満開となれ」


 すべてを紡ぎ終えて、リーシェは胸を掻き抱く。

 発作のように息を荒くさせ地面に突っ伏す。世界の主神を心配するように、元は槍だった霧が顔の周りを漂っていた。

 数秒、霧と混ざった空気を吸っているうちにようやく体が落ち着く。

 アイラが使った水槍は大元は『海祈』である。『伝説の力』に消費される神性は槍に宿り、散り際に少女の神性をほんの僅かに回復させたのである。


 とはいえこのままだと不味い。

 ラピスを異世界に転移させた『スキル』よりも、放置性の高い『スキル』を使ったため前よりは大幅にコストを削減できている。言わば『異次元放浪』とでも呼ぶべき能力で、アイシャは望む世界を見つけるまで異次元をゆったりと漂う。ようはただ別の次元に放り投げただけなので、異世界に介入するよりずっと楽なのだ。

 が、ないものは無い。干上がる寸前だ。神性が圧倒的に足りない。

 最後の手段が無い訳でもないのだが……これはアズリかたち眷属の協力が必要な方法だ。


 各所の状況も気になるし、アモンのあの後も気になる。

 ラピスに関しては予想だが眷属の誰かの『バベル』にでも転がり込んでいるだろう。

 ひとまずアズリカとアキラと合流するべく、リーシェはアイラを大切に抱き上げると空高く跳躍した。


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