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過去

 アズリカの司祭としてアイラが戦闘に加わることは滅多にない。

 全眷属の全司祭が招集されるような戦いがない限り少女の役目は別にある。それほど大規模な戦いは三千年の間なかった。


 アイラの主な仕事は『バベル』の訪問者の対応と、汚染された土地の浄化の二つだ。

 汚染された土地というのは『ノヴァ』が接触した場所のことである。エルフの村を浄化した後、各地を回っていた。


 役割に名前をつけるなら『巫女』というのが最も近い。

 両親が上位の獣人族だったためその力を引き継いでいるのだ。


 もちろん、それは戦闘にも十分使える。むしろ戦い向きな能力だ。


 実際古い友人であるシノブを殺した当人と正面から相対しても一切気後れしてない。虚勢でも慢心でもなく、『貪食』の眷属と互角の強さであることをアイラは自覚していた。

 上半身だけになった惨い遺体の横を通り過ぎて、鋭い視線を敵に送る。


 無駄な会話も時間も必要ない。ただひたすらに葬るのみ。


 尾てい骨から生えている尾を魔力で膨らませる。尾に抱えきれない魔力は、また新たな尾となって数を増やしていく。

 増えた数は全部で八つ。全て足せば九つの尾になった。

 ここまではまだ力のごく一部。さらに力を溢れさせれば、尾は膨張し、瞳の瞳孔も縦に引き裂かれた。


 獣の側面を色濃く出したアイラが、鋭く尖った牙を口の端から覗かせる。

 しなやかな足が地面を蹴り砕き、瞬間移動のような俊敏さで敵に襲いかかった。


 狂気に満ちた笑顔に口角を吊り上げたベルゼバブが鉤爪でアイラの顔を横一線に引き裂く。血が吹き出し少女の体が地に伏した、と眷属は確かに認識した。

 背中が燃えるように熱い。生暖かい液体が大量に流れ出て体を濡らしていく。斬られたと気づいた時、ベルゼバブの脳が本能的に警鐘を鳴らした。

 全ての思考を投げ捨てて全力で回避行動を取る。

 前方に身を投げ出す形で場を離れたベルゼバブの右脚の感覚がフッと消えてなくなった。


「!?」


 前方に身を投げ打ったのに、少女の血の海に沈まないのはどうしてだ。

 右脚の感覚がないのはどうしてだ。背中がこんなに熱いのはどうしてだ。

 一瞬で抱えるにはあまりに多い疑問が『貪食』の頭を真っ白にさせる。


 振り向いた先で、傷一つないアイラを見た。

 確かに頭を切り裂いたはずだ。事の異常さに気づくのと、少女が追撃を実行するのは同時だった。


 お返しだと言わんばかりにベルゼバブの右目が切り裂かれる。視界が片方潰され遠近感が鈍った『貪食』の攻撃は余裕そうに躱され、迫ってきた人差し指が左目を抉った。

 真っ暗闇になった視界のせいでアイラの声はよく聞こえた。


「これでお揃いね」


 誰と、なんて聞かなくても分かる。怪我の状態こそ違うが聴覚しか残っていない事がシノブと同じだと言いたいのだ。

 しかし息絶えた元『憤怒』とは違う点が二つある。

 一つ。目は潰されてもまだ体は動かせること。

 一つ。ベルゼバブが二番目に嫌うのは『何も見えない』こと。


 閉ざされた景色がベルゼバブのトラウマを記憶の奥から呼び起こす。


「嫌だ……」


 その一言をうわ言のように何度も繰り返す。

 勝ちを確信してゆっくりと歩み寄る死神の足音なんてもう聞こえない。少女の全神経を支配しているのは、忘れたくても忘れられないあの夜の記憶だった。


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