表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/79

妖精と月光と狙撃手

 鈍い音を響かせて迫ってくる必殺の金棒。地獄の王が持つに相応しい、肉を抉る無数の棘が視界を覆い尽くす。


 自分の頭を間違いなく木っ端に粉砕するに十分な一撃をライザは、妙に冷静に眺めていた。脳や本能は目の前の死に怯えているのに、心は凪のように静かだった。


(……クレセント様、私はここまでのようです)


 青い瞳は一ミリも逸らさない。目の前が黒一色に染まり皮膚に棘が触れる寸前、突風が吹き荒れた。

 魂が抜かれたように見上げることしかしなかったライザの目には、灰色のヴェールが広がっていた。面積の半分が赤に染った白いローブ。肩越しにライザを見下ろす黄赤の虹彩。


 結ばれていた口の端から血が流れ出たのが見えて、茫然自失としていたライザは我に返った。


「クレセント様……?」


 血塗れのクレセントがガクッと膝を折り崩れ落ちた。ライザと同じ目線になった『月』の『管理者』は満身創痍の状態だ。

 リーシェとの戦いから数時間も経っていない。全く回復できていない体で、なぜ地上に降りてきたのだろう。


「クレセント様、そのようなお体でなぜここに……」


 傷だらけの肩に触れたくても、ライザにとって青年は何よりも尊い存在。触れることへの躊躇いが指先を震わせていた。戸惑う妖精に血塊を吐きながらクレセントは言った。


「なんで……かな……。来たところで、僕にはもう何の力も……残されて、いないのに……」


 紡がれた声は空気混じりでひどく掠れていた。肺に穴が空いているのか、息を吸うのも辛そうに『管理者』は空を見上げた。そこには接近を停止した白く透明な月がある。陽光に負けないように存在を主張する姿に健気な印象を抱いた。


「ここからすぐにお逃げ下さい!私が時間を稼ぎますから……!」


 よろめきながら立ち上がろうとするのを、手首を掴まれて制止される。


「無駄だよ……あそこにいるのは、もう……ただの人間じゃない」


 記憶を取り戻し、力を取り戻し、必然的に『神性』も取り戻したラピス。異世界にいた時の見聞を元に神を精霊として身に宿す戦い方は万能だ。

 強大な敵には戦い向きの神の力を。

 知力に長けた敵には謀略向きの神の力を。

 逃げようとする敵には拘束が可能な神の力を。


 限界はラピスの体力と膨大な『神性』次第。一つの体で何人分もの実力を発揮できるのが今のラピス・ラズリだ。


 どんな攻撃も妨害も逃亡も、今のライザでは成功させることは難しい。万全のクレセントでようやく可能になる程だろう。


 それを分かっているなら尚更、クレセントはここに来るべきではなかった。

 ライザがここで脱落しようと関係ない。長い年月をかけてゆっくりと休まなければ、クレセントは全快できない。


 ライザの中で一番大切な人が死にかけの体で、他でもない自分を守った。

 その事実が悲しくもあり嬉しくもあった。


 伝える言葉に迷っているうちにクレセントの意識は、こちらの様子を警戒していたラピスに向けられる。


「見逃してくれないかな?」


「「!?」」


 ライザもラピスも目を大きく開く。

 横目で見守っているスティも眉を少し動かした。


「ライザに与えたスキルを……全て消去、することを条件に僕たちを……見逃して欲しい」


「クレセント様!?何を言って……!」


 あまりにも都合のいい話をし出す青年にライザが驚愕の声を上げる。情けで生きるくらいなら死んだ方がマシだと考えているため、クレセントの条件はライザでも容認できなかった。

 血反吐を吐きながら交渉を始めるクレセント。そのすぐ真横に何かが叩きつけられた。


 土煙の中からボコボコにされた美顔が顕になる。

 それは『強欲』の眷属のマモンだった。


「いたぁ〜い」


 緊張感のない声だった。

 うるうると涙を溜めながら起き上がるマモン。血だらけの目元をゴシゴシと擦って、ちらっとクレセントを見上げた。


「あれ、誰アンタ」


「おまえの上司の取引先」


「へぇー」


 会話も全く緊張感がなかった。ボロボロのマモンを見てライザはハッとなる。この最強の眷属に時間を稼いでもらおうと考えたのだ。提案しようと口を開いた瞬間、ラピスの真横に赤髪の少女が降り立ちた。


「増えましたね」


 満身創痍のクレセントを見てただ一言こぼすリーシェ。驚いたのが少女も傷だらけだったことだ。

 放置しておいてなんだが、リーシェは無傷が掠り傷程度だと思っていた。実際は頭から血を流し、衣装もところどころ血が滲んでいる。

 ラピスも同様の疑問を抱いたようで、リーシェに首を傾げていた。


「何でそんなに傷だらけなんだ?」


「ああ。ちょっと攻撃と一緒に『神性』を吸収していたのですよ」


「それでわざと攻撃を受けていたって?」


 ジト目になるラピス。冷や汗をかいて目を逸らすリーシェ。その口はギザギザになっている。


「わざとではありませんよ!……頑張って避ける攻撃を頑張らなかっただけで……」


「それをわざとって言うんだよ!」


 無茶をする少女にお灸を据えるラピス。少年少女はその後短く言葉を交わし、クレセントとの交渉について共有された。


「クレセント、一つ質問を」


 上空で激しく戦った者たちは、互いに緊張感を持った表情で見つめ合った。

 端から『管理者』に許可など求めていないリーシェは、凛とした声で聞きたいことを聞く。


「なぜ、わざわざあなたはここに来たのですか?タダでは済まされないことは分かっていたはずですが」


「……おまえと一緒だ」


「?」


「……仕方、ないだろ……。気づいたら……好きになってたんだから……」


 あまりにも突然すぎた告白にライザの顔が朱に染まる。

 ふざけた様子は一切ないクレセントの言葉にリーシェは少し微笑んでゆっくりと頷いた。


「いいでしょう。確実性を求めて、ライザのスキルは私が処理します」


 ラピスもリーシェの決定ならば文句は無いらしく、閻魔の装備を解除した。

 黒角が消えた黒髪を指先で整えるように払うと、少年は腕を組む。


 リーシェがライザに近づいて額に指を触れる。

 納得しきれない葛藤に震えていると、左肩に血塗れの手が乗った。


「ごめんね……いっつも、振り回しちゃって……」


「……!ズルいです!あなたにそう言われたら、私はが何も出来なくなること分かってますでしょう……」


 諦めたように笑うライザ。

 見つめ合う二人の空気を壊すようにラピスが問いかけた。


「なぁ、ライザのスキルが消えたら旧眷属も消えるのか?」


 スキルを処理しようとしていたリーシェがピタリと止まる。

 問いに答えたのはライザでもクレセントではなくスティだった。


「いや、スキルが消えてもしばらくは残り続けるわ。私はともかく、他の者たちは未練で既に地上に根付いてしまっているから」


「では、スティさんは?」


「そう不安そうな顔しないの。私は私が満足したら勝手に戻るから平気よ」


 肩をヒョイと上げてスティは笑った。旧眷属との戦いは続くが、これ以上ライザに撹乱させる心配もない。『管理者』も実質これで完全に無力化できる。

 メリットは大きくデメリットは少ない。


 リーシェは今度こそライザから生きる以外に必要なスキルを全て処理した。

 どのように処理したのかはリーシェのみぞ知るところだ。


「感謝するよ……。……一つ教えてあげる」


 お礼代わりとでも言うようにクレセントが言う。


「惑星の使徒は、僕の兄のような存在。ずっと、強い……おまえとは相性が最悪だ。だから、できれば『木星』とは交戦を避けた方がいい……」


「参考にしておきます」


 広大な平野をライザとクレセントは支え合って歩く。

 ライザにとってあまりにも夢のような時間に、胸がいっぱいになって涙が浮かんだ。


 争い続けたリーシェたちがどんどん遠ざかる。振り返っても完全に姿が見えなくなった頃、ライザはそっとクレセントを見上げた。


「あの、クレセント様……」


「ん〜……?」


「本当なんですか?私の事、す……好きって」


 初恋に震える少女のように頬を染めて確認する。

 リーシェを説得させるための口実に使ったのではないか、と失礼ながら疑うライザにそっとヴェールがかけられた。


「うん。君のこと、守りたいって……思ったんだ」


 すっかり緩くなってしまった涙腺が大粒の水滴を吐き出す。ヴェールを金髪に乗せたライザが顔を両手で覆う。


「だから……」


 小さな音を立てて額に唇が落とされる。

 不幸だらけの人生が一転して、幸せの上を歩くのだと思うと万感の思いが溢れる。

 涙を流したままクレセントの顔を見上げる。息を飲むほど美しい顔を見て、その奥に見えた光の雨に目を眇める。


「一緒に……死んでくれないか」


「……ぇ……?」


 雨が着弾する。

 クレセントの中性的な顔が貫かれて、同時にライザの視界も真っ白になる。

 二人の体がやがて塵となって消えるまで、晴天の雨は止まなかった。


 戦場を降りた二人の死亡を確認した射手が、弓を肩に担ぐ。

 長い桃銀色の髪が攻撃の余波に静かに揺れた。


「実行完了」


 鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で射手は言った。

 その首にはコーヒー色のチョーカーがついていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ