偽善真実
同じ頃。
はるか上空で七人の使徒と相対しているリーシェは、いつでも技を出せるように気を張っていた。
絶対に油断してはいけない実力者が七人もいる事態に場の不利を察する。
表情を硬くさせている少女に対し、向かい側にいた水色の長髪の青年が至極楽しそうに笑った。
「そんなに緊張すんなよ。俺たちは、今すぐ『アース』を攻撃しようってわけじゃないんだ」
「ではわざわざ揃って姿を見せた理由は何ですか?攻撃してくることが確定されているなら、私は今ここであなた方を敵とみなし撃退します」
殲滅ではなく撃退と言ったのは、リーシェでは七人全員を相手取って生還することが不可能だからだ。もしも神性が万全だったとしても、刺し違えてようやく撃破と言ったところだろう。一人だけであれば何とかなったかもしれないが、七人はかなり厳しい。
リーシェが背中に冷や汗を流していると、隣にいた赤髪の青年が鼻を鳴らした。
「強がるなよ、小娘。お前ごときが我らと対等な立場にあると思っているのか。実に不愉快だ、跪け」
「そんなにカッカしなくてもいいでしょ」
眉間に皺を寄せて吐き捨てた赤髪に、さらに横にいた薄桃色の髪の人物が窘める。外見は完全に美少女だが、服の隙間から覗く胸板と中性的な声から男性だと思われた。
「パッと見た感じなんかピンチっぽいし、それが解決してからでも遅くないと思うけど」
青銀色の青年は、赤髪と薄桃色のやり取りには興味を示さず真ん中にいる緑髪の青年に提案した。
恐らく七人の中で最も力が強いのだろう緑髪の青年は、光を通さないヴェールの下で言葉を告げた。
「互いに潰し合ってくれればそれで良い。運が良かったな、『アース』の主神。貴様が地上の問題を全て片付けたあと、再び合間見えてやる」
相手側の詳しい事情も聞けないまま七人の影が遠ざかっていく。絶体絶命だったリーシェは久しぶりに感じた恐怖に身を竦ませた。
チラリと視線を事情に向ければ『ノヴァ』の消滅を確認できた。クレセントはまだ息があるが、『ノヴァ』を維持できるほどの力は残っていないのだろう。たったそれだけのなけなしの力で、一体どんな能力をライザに与えたのだろう。
アズリカから連絡を受け取った際に、『神殿』に旧眷属が集結しているのが見えた。そこには当然、育ての親でもあるスティの姿もあり複雑な感情が湧き上がる。
また、戦うことになるのだろうか。
もしスティがリーシェに刃を向けてきてもリーシェは戦えない。もう二度と彼女を殺したくないし、傷つけたくない。
何らかの能力で蘇っているなら大元を叩けば解決する。ならばリーシェの敵は既に決まっていた。
安らかに眠っていた魂を無理やり呼び出し、再び戦わせようとするライザ。彼女のことは到底容認できない。徹底的に潰す。
新たに戦意を奮い立たせて真っ直ぐ地上に降下する。
魔境谷に降り立つと柔らかな苔の上にそっと手を重ねた。
少しの『神性』を手に込めて詠唱を開始する。
「”其、地上を律する者。其、地下にて奏でる者。我が言の葉は神界の琴の音。輪廻に叛逆し、因果を逆転せし生命に告げる”」
脳内に強くイメージするのは、リーシェのために力を貸してくれている七人の眷属だ。たった一度しか使えないこの詠唱は、彼らを仮初の体から解放する効果を持っている。
つまり、造られた体から元々生まれ持った馴染みある本体に魂が戻るのである。
「”目覚めよ、小さき徒人。目覚めよ、大いなる友。鎖を破り、楔を解きて、在るべき場所へと舞い戻れ。久遠の旅に終幕を。刹那の自由に煌めきを。我ら、海を総べる戦士なれば、荒波の中で証明せん。我ら、宙を目指す旅人なれば、星海の中で互いを導かん”」
小さな苔を起点にして地上全体が光り輝く。
光は見る見るうちに全土を覆い、各地で指示を飛ばしていた眷属に劇的な変化を与えた。
子供の体だった者は本来の背丈に。
ボロボロの体だった者はたちまち全回復を果たした。
魂を月に狙われる危険性がなくなり、本体が返還されたことを眷属たちは喜び、同時に寂しくも思った。
なぜなら……。
「久遠の旅はこれにて終わり。本来の体に戻った魂は肉体に合わせて消耗していく」
リーシェは。アズリカは。グレイスは。レイラは。キリヤは。ゼキアは。シュウナは。キルスは。
本当ならここにいるはずのない命だ。みんな一度死んで、摂理と輪廻に抗って存続していた。
三千年の因果のズレを直すように、全ての戦いが終わればリーシェたちは輪廻に従うことになる。
それが死なのか、別の何かなのかはリーシェも分からない。けれどきっと、その時は世界が平和になっているはずだ。
「私の身勝手にかなり長い間、付き合わせてしまいました」
ポツリと言葉を落とす。
それを聞いていたのは朝風に揺れる木々と光を弱くさせる苔と、そして。
「主神……?」
親友と別れを告げたばかりの異世界の少年だった。




