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不穏

 クレセントの撤退は遠く離れたライザにもはっきりと知覚できた。

 自身を作った神にも等しい『管理者』の気配が遠ざかったのを感じて、待機を命じられていた妖精は憂鬱に膝を抱え込む。


 七惑星の使徒の登場ももちろん知っていたが、ライザにとってクレセント以上に大事なものはなかった。


 死にかけていた自分をどんな形であれ救ってくれた恩人。


 ライザは死に損ないのモンスターに自我が芽生えて『エルフ』に転じた姿だ。

 世界にいる迷宮発の異種族は万全な状態から体を適応させたのがほとんどだ。体がボロボロのままでは適応できずに命を落とすことが約束されている。


 元ドライアドのライザは生まれつき『翅』が生えていなかった。耳がとがっていたことで辛うじて種族が判断できただけで、それがなけれは何者でもない半端者だった。

 飛ぶことができない半端者を、矜恃が高い同種族は忌み嫌った。無駄なプライドのせいで直接的に殺されることはなく、しかし死ぬような目に何度もあった。

 耳をちぎられかけたり。背中の皮を剥いで無理やり『翅』を作ろうとした者もいた。日常的な暴力と孤立の末に、仲間たちはやがて地上へ進出しライザは打ち捨てられたように地面に転がっていた。


 目を閉じて耳に残っているのは、死にたくないと泣くことしかできなかった幼い頃の自分の声。

 今でも悪夢として時々蘇る凄惨な過去にただ一度だけ救いの手が伸ばされた。


『月』と『神』の契約を果たせない『少女神』の代わりを探していたクレセントだった。


 日光も月光も存在しない光苔の明かりだけが頼りの迷宮内に、冷たいのに優しい銀の光が差し込んだ。

 スポットライトを浴びるように照らし出された幼いライザに、無表情のクレセントは「契約だ」と言って手を伸ばした。


「これから俺の言うがままに生きること。そのために必要な力は『管理者』の名のもとに全て与えよう」


 利用されるだけの人形であっても、生きることができるなら気にならなかった。むしろ彼のために身命を投げられるのなら本望だとも思った。

 弱々しく頷けば青年は僅かに微笑んだ。


「契約はここに完了した」


 ボロ雑巾のような体が嘘みたいに軽くなった。膿んだ傷も消えない傷跡もすべてなくなって、内側から力が漲った。


 その日からライザは『月』の使者になった。

 地上を見て歩き、悪戯がてら元同種族の町に『ノヴァ』放り込んでみたりした。

 石を投げられても数秒後には新たな強い力が与えられて、ボロボロになることは二度となかった。


 人生がガラリと一変した。

 もう半端者じゃない。飛べない妖精はもうどこにもいない。絶対的な『管理者』がライザをいつだって助けてくれる。


 それなのに……。


「どうして、みんな邪魔するの?」


 幼い口調の本心の吐露。声には悲しさと寂しさに寄り添うように憎しみの響きがあった。


「やっと私の『幸せ』が見つかったのに。やっと見えない『翅』で『月』に近づけると思ったのに」


 月光を彷彿する淡い金の髪がゆらりと波打つ。

 湖のようだった青い双眸には殺気が泳ぎ、獲物を見定めるために眼光を鋭くさせた。

 小さな唇から怒りに震える低音が発せられる。


「許さないっ!みんなみんな殺してやる!」


 その呪詛を聞き届けた瀕死の『管理者』は最後のスキルを与える。これが新たな戦いをさらに激化させる爆薬となることを、夜明けの空だけが知っていた。


 ☆*☆*☆*


 同時刻。

 ライザの襲撃に備えていたフェンリルは明けた空を見上げて汗を一筋垂らす。

 晴れ渡った朝空に普段なら『平穏』を感じ取っただろうが、この日は違っていた。


 獣の嗅覚で嗅ぎ取ったのは鼻が曲がりそうな悪臭だった。そのままの意味ではなく、とてつもない悪意と善意がごちゃごちゃになって漂っているのだ。


「どうやらもう一騒動起きそうだな」


 野生の本能でこれから起きる事を漠然と感じ取ると、自らライザを探すべく狼の四肢で地面を蹴る。

 向かう先は『悪意』が最も濃厚に漂っている場所だ。善意は上空から感じ取れるため、新たな訪問者でもいるのだろう。


 いくつもの木々が通り過ぎ、森を抜けて平地を疾駆する。常人の目では黒い影にしか見えない速度でまっすぐ女狐の元へ駆け抜けた。


 数十分後。辿り着いた場所は三千年前に獣人が住んでいた大陸があった位置だった。リーシェが大陸を動かしてから見渡すばかりの海となったそこには、ポツンと寂しそうに孤島が存在するのみだ。


 魔力を足に集めて水の上に立つフェンリル。その正面にはかつて『唯一絶対神』が従えていた七眷属の拠点が取り残されている。

 大陸から地盤ごと切り離された『神殿』から異常なほどの『怨嗟』が発せられている。

 強さに自信があるフェンリルですら、一人で立ち入るのは躊躇うほどの濃さだった。


 数秒熟考し、狼は踵を返す。あまりにも危険だと判断し、情報を共有した方が確実だと判断したためだ。


 来た道を戻ろうとした後肢が突然強い力で引っ張られる。水の上ではろくな抵抗もできず、フェンリルは引き摺られるようにして孤島に上陸させられた。

 人型の方が状況に有利だと考え形態を変えるのと、『神殿』の中から女狐が出てくるのは同時だった。


「キタキタ獲物ガヤッテキタ。殺ス殺ス殺ス。無惨二残酷二、優雅二美シク圧倒的二殺シテアゲル」


「っ!普通じゃないな……!」


 ギリギリと足に結ばれたままの棘だらけの紐に表情を歪ませ、変わり果てたライザに冷や汗を流す。息が苦しいほどの『悪意』が遠慮なくフェンリルを襲った。


 金の髪は前に見た時と変わらぬ美しさで流れているが、澄んだ湖畔のようだった瞳はドブのように昏く濁っている。

 鳥のさえずるかのような声は面影すら残さず、腹の底を震えさせる重低音に変わっていた。


 憎しみに歪められた目元とは逆に、口は大きな三日月の形を作っていた。


「死二タイト思ウヨウナ拷問ヲ味アワセテカラ、私ノオ人形二シテアゲル」


「生憎だが、ままごとに付き合っている暇はないのでな。他を当たってくれ」


「生意気……反吐が出る」


 呪詛と比べればいくらか流暢な言葉が返される。

 その言葉が引き金となったのか、突如ライザの背後にそびえる『神殿』に黒い柱が突き立った。


 島全体が震え、甲高い悲鳴が響き渡る。ニタニタと笑ったままのライザが指を鳴らせば、黒い柱の中から六人の人影が飛び出してきた。

 見覚えのありすぎる面々に、いよいよ不味いと唇を噛む。


「あー……やたら体が軽い。俺、死んだと思ったけど実は生きてたりした?」


 軽い口調。対称的な圧。飛び出した際に巻き起こった風に栗色の髪が遊び、長めの前髪の下では血よりも赤い二つの目が好奇心に煌めいている。


「あれ?誰かと思えばフェンリルじゃん!なんかちょっと老けたんじゃない?いや、君に寿命はないから気のせいか。老けついでに聞くけど、なんで『神殿』の目の前に海があるの?それに久しぶりの青空だなー。雨と霧はいつの間に晴れたんだい?」


 やかましい。一人で勝手に喋って勝手に笑う。気ままに生きているのが容易に想像できるあの男はマモン。かつて『唯一絶対神』側の戦力としてリーシェたちに立ち塞がった、『強欲』の眷属である。

 三千年前にメイティアによって引導を渡されたはずの"死者"は陽気に笑っていた。


 マモンの隣で眠そうに目を擦る双子は間違いなくベルフェゴール。『怠惰』の眷属だったと記憶している。鏡合わせの銀髪の少年たちは、お互いに顔を見合わせてニコニコとしていた。


「僕、久しぶりにお天道様」


「そうだね。俺もポカポカ眠くなってきちゃった」


「あなた方はたとえ吹雪の中でも惰眠を貪りますよね。何をを仰っているのかしら」


 日傘を差して静かに突っ込みを入れるのは、切り揃えた金髪を穏やかに揺らす少女だ。『嫉妬』を司る眷属は呆れたように首を横に振っていた。


「ワタシは何故か猛烈に腹ぺこだ。これは何年も食べ物を口にしていないと見た。というか首が繋がってることに違和感があるんだけど誰か知ってる?」


 グーグーと腹を鳴らす水色の髪の少女は『貪食』の眷属。その名はベルゼバブだ。

 ベルゼバブが首を傾げて視線を飛ばした先には翡翠の髪が特徴的な女性がいた。息を飲む美しさと言うに相応しい美貌には、憂いが湛えられている。


「知らぬ。汝の腹はいつでも空いていよう。今更何を疑問に思うことがあるのか」


『色欲』を司っていた女性を見て、フェンリルは唖然とした。


「お前は……」


「……随分と懐かしい気配がある」


 現れた時からずっと彼女の目線は空へと向けられている。リーシェがいる空間にしばらく思いを馳せていたアスモデウス……スティは、ライザの方へ鋭い睨みを効かせた。


「召喚者よ。『月』と『絶対神』の縁を辿って我らを呼び出したのだろうが、私は協力する気はない」


 さっさと帰らせろと暗に言うスティは指先で髪を弄んでいる。怨嗟に呑まれたライザに臆することなく袂を分とうとする胆力は流石の一言だった。


「いいえ。従うしかないの。また生を謳歌したいでしょう?『眷属』の縛りから解き放たれて自由に生きていいの。だから今だけは私の命令に服従なさい」


「そうか。では……()()()()()()


 素早い動きでレヴィアタンから銃をもぎ取ったスティは、ガチャと銃口を頭に突きつける。


「ちょっとアスモデウス!何をしているんですの!?」


 武器を強引に奪われたレヴィアタンが怒りに声を荒らげる。彼女に構うことなくスティは毅然と言い放った。


「私の役目はすでに終えている。命は既に次の代へと繋ぎ、愛しい我が子は健気に頑張っている。汝の口車に乗ってあの子の行く末を邪魔するくらいなら、今ここで周りの『眷属』を一掃し私も死のう。三下如きがあの子の平穏を踏みにじるでないわ」


 かつてリーシェのためだけに『唯一絶対神』から授かった『色欲』を捻じ曲げて、『慈愛』へ変貌させたスティ。亡霊として蘇った今も彼女の愛は健在だった。やり方が相変わらず過激なのはご愛嬌だろう。


 この場にいる『眷属』の中で強さだけなら二番目に位置するスティの発言に、気楽にしていた面々が気を引き締める。虚言ではなく本心だと、彼らが一番分かっていた。


 一歩も引かないスティにライザはしばらく歯を噛み締め、やがて余裕のない笑みを作る。


「あなたの意思なんて関係ない。従うのよ!」


 赤黒い短剣が深々とスティの胸に突き刺さる。

 苦しそうに身を捩った『慈愛』の眷属を支えたレヴィアタンが、無言でライザに抗議した。

 軽く咳き込んだスティの胸には、抜こうとしても抜けない短剣がある。フェンリルの足に絡みついているのと同じ紐がスティの胴体を締め上げた。


「叛意なんて許さない。私の人形にそんなもの必要ない」


「ぐっ……!」


 痛みに美貌を歪ませるスティ。気色ばむレヴィアタン。一触即発に近い空気を軽い手拍子が断ち切った。


「まぁまぁアスモデウスもレヴィアタンも落ち着きなよ。どっちにしたって俺たちは簡単に死ねないんだから、手を貸したくなければ今の『眷属』に殺してもらえればいい話じゃないか」


「そういうマモンはどう思っているんですの?特別長生きしたいとも思っていないあなたが、この女の言葉に乗るとは思えません」


 青筋を浮かべたレヴィアタンの問いに軽薄な笑みを浮かべてマモンは答える。


「俺?俺はルシファーに会えるなら何でもいいよ」


「ベルフェゴールは?」


「僕はどっちでもいいや〜」


「俺も〜。眠いし動きたくないし、死ぬのもめんどいし〜。あ、ここにずっといてライザのこと助けてあげるくらいならしてあげる」


 双子もやる気がなさそうな返事だった。


「ベルゼバブ、聞かなくても分かってますが念の為あなたにもお聞きします」


「ワタシは早く美味しいものを食べたい。殺しは二の次だな!」


 自由集団。その言葉がピッタリ当てはまる各々の返答に、ライザも完全な助力は諦めたようだった。

 淀んだ視線がフェンリルへ戻される。


「ではまず、この目障りな獣から始末して」


「お待ちなさい。アスモデウスの拘束を解くことが先です」


「断るわ。ソイツ、使えそうにないし適当に始末してしまいなさい」


「アスモデウスは私の大切な親友です!友に向かって何てことを言うんですの!?」


 目の前でライザとレヴィアタンの喧嘩が繰り広げられる。

 どうやらもう少し時間を稼げそうだと予想したフェンリルは、密かにアズリカへ連絡を試みるのだった。


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