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進展

 雷霆によって『ノヴァ』が次々と撃ち落とされてくる魔境谷の森でも、上空とは別種の緊張が流れていた。

 本格的にラピスを戦いに投入するために、『世界のシステム』の認識を上書きする作戦はアキラにかかっている。


 敵が強化されていることを知り不利な状況に陥った場の空気もあって、アキラに対する期待は高まっていた。

 多くの視線が全身に突き刺さる中アキラは服の袖を握り締めて俯いていた。


 魔法がない世界から来たただの男が、その本質を理解して自由に扱うなど到底無理だ。頑張る、とは言ったものの実際に出番を求められたら頭が真っ白になったしまった。


 アキラがラピスの存在を上書きすることが出来れば、フェンリルも恙無く戦場に参戦することができる。そうなれば対抗戦力が一気に増えるだろう。

 地上からでは上空の状況は全く分からない。時節鳴り響く轟雷を聞いて、戦いが続行されていることを知るのみだ。だからこそ、一刻も早く『ノヴァ』に有利に立てる援軍を送り込むべきである。


 頭ではそう分かっていても心が追いついてこない。

 いざ考えようとすると途端に思考が定まらなくなる現象をもう何回も繰り返していた。


 極度の緊張に息が勝手に上がり始めた頃、ここにいるはずのない眷属の声が響いた。


「おい!てめぇら一人を囲って何やってんだ!」


 乱暴な口調の眷属はゼキア一人だけ。

 視線を見上げた先では、空で『ノヴァ』と戦っているはずのシュウナを抱えた金髪の青年が走ってくるところだった。

 両腕に抱えられたシュウナの状態は酷いものだった。治癒が施された形跡が各所にあるがどれも完治には至らず、動けばすぐに血が噴き出すだろう。証拠に、大きな火傷を負った背中の所々から血が滲み出ている。


「シュウナ!?何があった!!?」


「戦ってこうなったに決まってんだろうが!おい、ラピス!てめぇ確か皮膚を『付与』して傷を再生させてたよな!?今すぐシュウナのこと治してくれ!このままじゃマジで死ぬぞ!」


 アズリカの驚愕を的確に黙らせたゼキアはすぐ近くに立っていたラピスに治療を求めた。

 過去の記憶は既に映像として閲覧している少年はすぐに治療法を思い出し、しかし表情を引き締めた。


「まだ上書きが済んでいない。今『知の力』を使えばすぐに『月』に存在がバレる」


 ラピスの存在が明確にバレるとどうなるのか。まず強力な戦力のフェンリルが輪廻に従って消えるだろう。そしてラピスが『洗脳』される可能性も発生する。

 治療を施してもシュウナは傷以上に消耗が激しく恐らくすぐには動けないだろう。

 戦力の天秤を冷静に傾けた少年にゼキアは青筋を浮かべた。


「あぁ!?シュウナが『洗脳』されたらてめぇが『洗脳』される以上の脅威だろうがよ!!」


 意外にもゼキアはすぐに平静を取り戻した。


「いや論点はそこじゃねぇ。『洗脳』に関しては心配しなくても大丈夫だ」


 青年は彼が見てきた状況の一部を簡潔に説明した。

 ラピスの予想通り『ノヴァ』が強化されていたこと。

 重傷を負ったシュウナを助けるために竜が戦ったこと。

 その竜を一瞬で叩きのめしたのが『月』の『管理者』。つまり『世界のシステム』を人格化した存在であること。

『管理者』の追撃を食い止めている者がいること。


「食い止めている者って……まさか!」


「アズリカが思い浮かんだ奴で合ってるぜ。あと一歩危ねぇところでようやくリーシェが覚醒したんだ」


 大きく動いていた状況にアズリカは目の色を変えた。

 主神が『管理者』を無力化できれば上書きをする必要もなくなり、アキラに無理をさせる必要がなくなる。膠着していた森にもようやく動ける理由ができたのだ。


 主神が迷宮から出ているのであれば、ここを守る必要はなくなる。『ノヴァ』は地上の生命を蹂躙するために多くが都市へ向かうだろう。シュウナが意識を失いここに運ばれるまでの間、『ノヴァ』の襲撃が一切なかったことから、動きの予想は当たっていると思われる。


「リーシェは今『管理者』と戦い始めた頃だ。この雷はアイツの技だからな」


「リーシェは『神性』を使ってるのか……?」


 何か問題でもあるのか、『神性』の使用にアズリカが敏感に反応した。その横顔はやや青ざめていた。

 アズリカの恐れにゼキアは曖昧な表情で返した。


「いや、はっきりとは分からねぇが『雷刻』ではなさそうだな。『神性』を使ってるようには見えなかった」


 ゼキアは上空で戦闘が開始されるのを見届けてシュウナの治療のために戦線を離脱したという。

 また、アズリカとラピスに見てもらいたいものがあるそうだ。


 ラピスがシュウナの傷を治療する傍ら、アズリカがゼキアに渡された一冊の本を覗き込む。


「これは……?」


「三千年前に占いで未来を予見していたジュアンの日記だ」


 アズリカの脳裏に桃色髪の女性が思い起こされる。ラピスがリーシェに告白していた場面を、アズリカと一緒に覗いていた戦人族だ。


「見て欲しいのはこのページ。『月の輝きが失われた時、新たな敵が彼方より七人訪れる。空が鳴き、大地が割れる惨状を防ぐ術はない』。つまり」


「つまり、『世界のシステム』との戦いは最終戦争ではなく、巨大な戦いのきっかけだということか?」


「ああ。『月の輝きが失われた時』……俺たちが戦いに勝った時、宇宙から強力な敵が七人襲ってくるらしい。ジュアンがどこまで未来を見通していたのかは知らねぇが、日記はここで終わってるな」


 古びた書物のページを慎重に捲る。

 焦っているような字で何かを書きかけた上から、乱暴に斜線が引かれて内容は見えなくなっていた。


「この予見の先を見たあと、想像もつかない恐怖を覚えたみたいだ」


 その恐怖とは何なのか。顎に手を当てて考え始めたアズリカに治療を終えたラピスが言葉を投げた。


「少し貸してくれないか?日記からジュアンの当時の状況を探れないか試してみたい」


「ああ、頼む」


 ラピスの言葉を疑うことなくゼキアとアズリカはラピスに本を渡した。

 ラピスが一瞬目を閉じてから『知の力』を行使する。


「スピリチュアル・エンチャント、『ツクヨミ』」


 少年の装備が、黒マントから藍色のローブに変わる。

 同じ色に変わった爪を紙面に滑らせると、ラピスは耳を澄ますようにじっと動きを止めた。目を閉じた少年の横顔は少しずつ苦悶の表情に変わり、額には玉のような汗が浮く。

 一同が不安に見守る中、ラピスは息を鋭く吸って目を開けた。


「惑星だ……」


「惑星?」


 唐突に出てきた単語はアズリカたちにとって耳慣れないものだったらしい。単語の意味は理解できるアキラは、一瞬遅れて敵の正体に辿り着いた。


「七惑星が『月』みたいに襲ってくる……のか?」


 アキラの震える声にラピスが硬い表情で頷く。


「ジュアンが恐れたのは、彼女のすぐ横に七惑星の一つが人型を伴って現れたからだ」


 そして……と言葉は続けられる。


「そいつは俺がリーシェを殺そうと行動した原因でもある」


 ラピスが伝えたソレの特徴は以下だった。


 深緑の髪にアイスブルーの瞳。顔半分を光を通さない黒いヴェールで隠していた。

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