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生命線

 時を遡ること二時間前。

 白い生命体『ノヴァ』と交戦を開始したシュウナは、記憶とあまりに違う敵の力量に舌を巻いていた。


 油断すれば『洗脳』されるという不利があろうと、結局は斬れば死ぬ生命体だ。広範囲攻撃で削り続けたり、剣でまとめて薙ぎ払えば二日は時間を稼げる。

 揺るぎなかったその計算に罅が入った瞬間だった。


「どうやら……些か知能が発達した上しぶとくなったようじゃの」


 頬を垂れる冷や汗を袖で拭い頭上を睨みつける。翡翠色の美しい瞳には、『月』の方角から続々と襲来してくる『ノヴァ』が無数に浮遊している。


 従来の『ノヴァ』は攻撃に対して『回避』や『防御』と言った行動を起こさなかった。爆風に晒されれば呆気なく吹き飛び、剣先が迫れは為す術なく貫かれる。一方的に殲滅することが十分可能な性能だったのだ。

 しかし今はどうだろう。


『回避』『防御』はもちろん、それらを応用して攻撃に転換してくる。

 別個体を踏み台にし爆発的な加速を以て肉薄する個体。

 切断されて動けなくなったフリをして、隙を見て死角を狙ってくる個体。

 さらに、従来型にはなかった『狙撃』や『銃撃』が可能になり、迫り来る近接型を相手にしながら遠方にも気を遣わなけれはならない。


 これが『月』の本気なのだ。

 ホログラフ体という邪魔者が消え、主神の覚醒を待たずして『アース』への絶対的な支配権を復権する気なのが容易に見て取れる。


 背後に『気配』を感じる。条件反射で火玉を放てば、少し前に斬り捨てた『ノヴァ』が焦げて散っていった。

 厄介なことに『ノヴァ』には『感情』も『自我』もない。故に向かられる『敵意』と『殺気』がなく、漠然とした"いる"という感覚に頼らなければならない。もしも背後に応援の眷属が現れても、ただの『気配』として処理するシュウナは今のように反射で攻撃してしまうだろう。


「面倒よなぁ。悔しいが一人では手に余るというのに、誰にも来て欲しくないと思うなど」


 ボヤきながら直剣を鞘に収める。きっちり着ていた服に手をかけると勢いよく脱ぎ去った。

 顕になったのは瑞々しい上半身。胸元にサラシを巻いただけの最低限の格好。

 膝下まであった服の下に履いていた長袍が風で激しくはためく。


 筋肉がしっかり着いた肩が動き、再び剣を抜いた。目を閉じ息を深く吸えば、それを隙と見た『ノヴァ』たちが波のように襲いかかってくる。

 目を開けないまま、無数の『気配』を重い一太刀で一刀両断したシュウナは、低い体勢のまま息を吐き出した。


 慢心が一切消えたキレた瞳が守るべき地上を見据える。統合され名前を変えた故郷を思い、血が滲む唇に笑みを載せる。

 そして顔を上げたシュウナは清々しさすら感じる凛とした面持ちで剣を構えた。


 ここが終の戦場。己が死力を尽くす場所であり、恐らく最後に見る墓になるだろうと覚悟を新たにする。


「来るが良い。地上を攻めたくばこの心臓を八つ裂きにし屍を木っ端にしてみせよ」


 言葉を受け取ったのか、たまたまタイミングが良かったのか、啖呵を言い終えた瞬間に今までで一番の勢いと質量で『ノヴァ』が接敵する。


「すべて呑み込め!『宵刻』!!」


 生まれたての夜を連想させる美しい藍黒が対抗するように巨大な竜となり顎を大きく開ける。

 牙を避け爪を交わした『ノヴァ』を向かうつべく次の『技の力』の属性を行使する。


「撃ち落とせ!『雷刻』!!」


 黄金の閃光が空を染め上げる。空気が震え、野太い雄叫びを上げて幾本の稲妻が、無法者たちを撃墜させていく。

 最後まで残った個体たちを睨み、剣を真っ直ぐ上へ掲げる。


「焼き貫け!『幻刻』!!!」


 叫ぶと同時に振り下ろした。

 直視せずとも目を焼いてしまいそうな強い輝きを剣が帯びる。幻馬の力を帯びた銀色の清光は使用者や味方の傷を回復すると共に、範囲内の敵の命を確実に刈り取る能力を持つ。しかし代償として、『伝説の力』の行使に必要な『神性』を大きく消耗する。使えるのは後三回が限界だろう。


 素早く体勢を立て直し迫り来る第二波を視界に入れる。

 一方向ではなく二手に分かれて挟み撃ちにしてきた『ノヴァ』を見て、『宵刻』の竜が大気を揺るがす咆哮を轟かせた。


 左側を竜に任せ、かすり傷で血が流れる頬を持ち上げながらシュウナは宙を強く蹴った。


 自分から接近し最も早く肉薄した敵に触れる。


『っ?』


 戸惑いを感じさせる動きをした個体に囁くように、『技の力』の名を唱える。


「服従せよ。『裏刻』」


 触れた個体から伝播するように、『裏刻』特有の薄紫の淡い光が繋がっていく。第二波の右側として攻め込んできた団体全体に光が行き届けば、牙を剥こうとしていた『ノヴァ』が一斉に反転した。


 第三波の『ノヴァ』と第二波の半分が激突する。

 見事に数を減らした第三波へ向けて『焔刻』を使えば、次の波が休む間もなく迫ってきていた。


「よくもまぁ次から次へと湧いてくるものじゃな……!いい加減に……」


 背中に軽い衝撃が走る。

 剣を振りかぶりながら見ても分断された『ノヴァ』は見えない。首を捻って背中を直接見れば、灰白色のツルリとした『ノヴァ』の頭がくっついているのが見えた。


 急激に嫌な予感がシュウナを襲う。

 だが、その予感はあまりにも遅すぎた。


 背中の敵が急速に熱を持つ。

『氷刻』で凍らせようとした少女を嘲笑うように、大爆発がゼロ距離で起こった。


 ☆*☆*☆*


 時を同じくして地下深く。迷宮の最奥間。

 墓守の眷属として主神へ呼び掛けを行っていたマルスは、小さな音に棺の奥を見やった。


 守られるように主神の背後に置かれているのは水晶の棺桶だ。数は全部で七つ。眷属たちの本体である。

 小さな音の正体は水晶の一つに入った小さな罅だった。棺の傷。それは仮初の眷属の体に著しい損傷を負ったことを意味する。


 面積の二割ほど罅が入った棺桶で目を閉じているのは、はるか上空で防衛戦を展開させているシュウナだった。


 眷属の中でも一二を争うシュウナが押されていることがすぐに分かり、マルスは激しい焦燥を覚えた。

 何の反応も示さない主神への呼び掛けを中断し、慌ててある場所へ転移する。


 深い霧に包まれた深い森の奥。巨木の巨大なうろにいつも眠っている存在へ助けを求めるべく、息を上がらせて駆ける。

 数分で着いた目的の場所に、しかし"ソレ"はいなかった。

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