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月面生花

 アキラの葛藤が晴れない限り『アース』側の状況は大きく動かない。神体の目覚めを待つことしかできないという膠着状態を、『月』側が見逃すはずがなかった。


 清やかな青さが美しい惑星と比べると、あまりにも小さい銀色の衛生。

 所々のクレーターに隠れるように、可憐な花が揺れていた。酸素もなければ二酸化炭素もない極寒の環境で芽吹いた常識外の植物。しかし数秒後にサラサラと溶けるように消えていく。


 少し先でまた花が咲く。すぐ近くには陶器のように白い素足があった。素足の人物が歩く度に湧くように花が咲いては消えているらしかった。


 半透明黒色の大判の布を頭から被り、首元には白いチョーカーが存在感を示す。闇よりも深い黒い髪と金紅の虹彩が美しい黒曜の瞳。

 布から半分垣間見える表情は暗く、花を咲かせている割には陰気な雰囲気が漂っていた。


「『ノヴァ』に撤退を命じる。ただし『アース』を攻撃中の『ノヴァ』は残ること」


 誰に告げる訳でもなく小さな声で紡がれた言葉。

 しかし念話で繋がっていたように、各地から白い物体が集まってきた。

 月の表面を覆うように役目を終える『ノヴァ』達を睥睨し、素足の人物は短く舌打ちする。


「時間稼ぎくらいの効果しか得られなかったな。最初からもう少し強いのを作れは良かった」


 小さな声の小さな反省。

 薄緑色に発光する足元にチラリと視線を投げて思わずという風にため息をこぼした。


 遠くで鳴り響く爆発音と余波に布が揺れて、瞳は足元から音の発生源へ向けられる。


 空気がない極寒の宇宙環境をの影響を一切受け付けず、もう二千年以上飽きずに『ノヴァ』を撃退している赤髪の少女。

 すっかり見慣れてしまった姿にまた一つ舌打ちをこぼす。


「たかが影武者ごとき、どうして簡単に殺せないんだ」


 やや早歩きで歩を進める。

 花が咲いては散る頻度も増えて、月の一角がぼんやりと光った。

 薄くなった『ノヴァ』の層の隙間からそれを見た少女が、ようやくこちらを目を合わせる。

 驚愕に身を硬直させた少女に心にもない笑みを向けた。


「いい加減、影武者は引っ込んでよ」


 言って、少女の技を真似するように指先から熱線を放つ。

 避ければ『アース』に風穴が空くことは想像に難くない太さと威力の熱線に、覚悟を決めた少女の顔が明るく照らされる。


 同じ熱線で対抗した少女の顔は苦痛で歪んでいる。

『月』から突如放たれた熱線のあまりの質量に、慌てて打ち出した彼女の防御は間に合っていない。ジリジリと押され始める攻撃の境界を見て……フッと影武者の表情が緩む。


 傷だらけの小さば唇が震えながら何かを言い始めた。距離的に聞こえるはずがないのに、なぜかやけに響く声はこちらの耳にも届いた。


「大丈夫。この身が砕け散ろうとも絶対にみんなのことは守ります」


「何か企んでる?」


「消え際にあなたの姿を見ることができたのは、私の努力が報われた証拠ですね」


 不敵に笑ってから、少女は左手を自身の胸に当てる。

 明らかに何かをしようとしている様子に熱線の威力を押し上げた。さらに増した質量に相手に表情が少しだけ歪む。


 しかし目論見は止められない。

 影武者の体は少しずつ薄くなり薄紅色に淡く輝く。


 そして……。


「ここで一先ずお別れです」


 そんな言葉を最後に彼女の体が砕け散る。

 まるで硝子の欠片のように破片となった月への反逆者。

 抑える者が消えた熱線はまっすぐ『アース』へ牙を剥く。数秒もしないうちに、惑星の幾らかの生命体と一緒に風穴ができる。形成は逆転し、『月』は完全なる支配権を取り戻すだろう。


 王手へ進んだ盤面を確信した瞬間、素足の人物は異変に気づいた。

 熱線が一向に進んでいなかった。

 砕け散った影武者の体が極小の砂の膜のように、『アース』への攻撃を退けていたのだ。バリアに役割を変えた少女の担力に、思わず苦笑してしまう。


「今日はその勇姿を称えて攻撃はやめてあげる。また明日、頑張ってね」


 熱線の放射をやめ踵を返す。

 二千年。惑星や衛生からすれば瞬きのような時間。しかし変わり始めた戦況に、やっと『文句』を言われなくて済むと肩の荷を下ろす。


 銀紅色の薄い膜に覆われた青の惑星を祝福するように足元で花が咲き溢れた。

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