表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/79

七百年の世界構築

 三千年前に、ラズリの王城で対立したラピスとアズリカ。

 まるでその再現のように、朽ち果てた玉座の傍にラピスはいた。前回と違うのは、少年の腰が座ではなく罅だらけの地面に落ち着いているところだ。


「ラピス」


 変声期を迎えて低くなっていたかつての声は、子供の体に合わせて一段階高い音になっている。よく響く呼び声にラピスはユルユルと顔を持ち上げた。

 はっきり見えた顔はあまりにも酷いものだった。

 焦燥や困惑、恐怖や喪失感が綯い交ぜになった表情の中で、深紅の両目だけはしっかりと生気を宿している。

 力が入らない足を地面に投げ出して座るラピスのすぐ横には、能面のような顔をしたキルスが直立していた。


「……。俺は、どうしたらいい?アズリカ、前みたいに馬鹿にしたように笑いながら教えてくれ」


「……!ラピス、お前まさか」


「思い出したわけじゃない。映像として、記憶しただけだ。だけど……この魂に刻まれてた強烈な感情だけははっきりと蘇っている」


 中途半端な状態だがそれが当然だろう。むしろよく閲覧できたと思う。全ての魂は月の支配下。魂に記録されている記憶も同様だ。

 厳重にロックが掛けられている『世界のシステム』に介入できただけでも奇跡に近い。


「お前はどうしたいんだ?」


 いつかと同じように笑うこともせず冷静に聞く。笑うことも馬鹿にすることもない。真摯に真っ直ぐ問う姿勢にラピスは少しだけ俯いた。

 そしてポツリと零す。


「リーシェと話したい」


「それはなんで?」


「聞きたいことがあるんだ。一体、何を考えているのかと」


 てっきり三千年越しに愛を伝えたいとかだと思っていたアズリカは、意外な回答に僅かに目を丸くした。

 怒っているようにも聞こえる言葉に訳知り顔なキルスはちょっと笑う。


 埃が着いた黒髪を乱暴に掻き乱すと少年はフワリと浮き上がる。地面スレスレを並走してアズリカと真正面から向き合った。


「アズリカ。お前ずっと見てきたんだろ。何なら、リーシェよりも長い間、この世界の成り行きを見守ってきたはずだ」


 誰もが見落とすその事実。

 世界を長い間調律していたリーシェは、三千年間ずっとホログラフとして動いていた訳では無い。


「お前が指摘した通りだ。最初の二百年、リーシェには意識がなかった。精神体を模倣したホログラフも迷宮の最奥で永遠とプログラムされた暮らしを続けていた。その間、俺はリーシェの護衛と調律の不備を確認するために、休む暇もなく世界中を駆け回っていた」


 三百年目。棺の中で目を開けたリーシェはまるで別人だった。人間の少女より神の少女としての側面を前面に出した彼女は、何もかもを見通しているような目をしていた。言葉は淡々としており、声音は抑揚がなく、表情には色がなかった。ラズリを滅ぼしたのはこの百年の間だった。


 四百年目。プログラム通りの動きを繰り返していたホログラフ体にリーシェの人間部分の精神が上書きされた。最奥から放たれたホログラフ体は世界中を見て周り、必要なものと不必要なものを冷淡に区別し本体に報告した。ダンジョンのモンスターが地上に溢れ出たのはこの一瞬だった。


 五百年目。溢れ返ったモンスターと各種族たちの血塗れの戦いが始まった。優れた一部の化け物は戦った者から能力を学習し、自我を獲得。奪った土地に暮らしを築き、エルフなどの種族が誕生した。


 六百年目。荒れ果てた人間たちの文明や大地を再興させるために、知能を持たないままだったモンスターは神の力で迷宮に強制回収された。アズリカから見てその行動は、まるで優れた種を残すための選別作業のようだった。また、各大陸を隔てていた海を閉ざすために四つの大陸を合体させた。


 七百年目。少女神によって魂が選別されたことを認識した『世界のシステム』はリーシェを排除するべき邪神として捉え、対抗する戦力を作り出した。これが『ノヴァ』の原型である。この時には既にホログラフ体に戦闘力も授けられていた。ホログラフ体が監視役ではなく星の守衛役として動けるように、神の眷属が造り出された。七百年間大切に保管されていた六人の体を元に仮初の器が作られた。ホログラフ体が月から奪い取った六つの魂を器に入れられると、それ以降はアズリカも七眷属の一人として地上の統治を始めた。


「八百年以降もまぁ色々と起こったんだが今日は省かせてもらう。リーシェの本体が地下で眠っているのは、神性力を使いすぎたからだ。神性は神にとって生命力に等しい。それを枯渇寸前まで使った反動で、リーシェは『意識のない調律器』に戻った。最初の二百年。おそらくリーシェはただ眠っていたわけじゃなく、知識と神性を蓄えていたんだと思う」


「知識……?」


「お前も知ってるだろ。リーシェはただの村娘。こんな状況になったが、行動の根本にあるには平穏に暮らしたいという願いだけ。『技の力』しか持っていないリーシェに不足していたのは『知の力』で補うはずの知識だったんだ」


 アズリカの言葉にラピスの表情は暗くなる。平穏に暮らしたかっただけの少女のあまりにも永く寂しい運命に、言葉も出ていない様子だった。


「決して平穏ではなかった世界の行く末をそれでも何もせずに見守り続けたのは、動乱の先にリーシェが望む平和があると信じたからだ」


「結果はどうだった。三千年経って、この世界は平和と言えるのか?」


 返すのは沈黙。世界に争いはない。しかしそれは上辺だけ。自我を持って見様見真似で生活を形成した怪物たちと、昔から大地を力強く育んできた人間や魔族や戦人族や獣人たち。遥か過去の戦いであっても、因縁は水面下で深く結び付けられている。

 いつ何が起きてもおかしくない。まるで薄氷の上を歩むような日々を誰もが無意識に感じている。


「リーシェは何を考えてダンジョンの化け物共を解き放った?どんな事情があってあれほど平和に導こうとしていた世界を滅茶苦茶にした?それを知るためにリーシェと話をしたいんだよ」


 それに……と躊躇うように言葉は続けられた。


「なんで敵も悪も関係なく手を差し出せるのか。表裏一体のような二面性を持つリーシェがすごいと思う反面、俺は怖いとも感じる」


 リーシェの優しさと凶暴さの矛盾。赤髪の少女に対し誰もが一度は感じる恐ろしさ。かつての少年は妄信的に少女を愛していたが、客観的にリーシェを知ったことでようやく恐怖を自覚したようだ。


 四百年目の時機にアズリカも感じ取った恐怖を数百年ぶりに思い出す。

 凍てつくようなあの緑黄色の視線が脳裏に思い起こされて体がブルりと震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ