アズリカの追憶
かつての繁栄の面影が残らない寂れた廃都市。
三千年前に西の大陸最大の文明都市として発展していた王都は、ある一件によりリーシェに滅ぼされ今では誰も住んでいない。セルタを栄えさせるために参考にされたこともあり、その名は『遺跡都市』として広まっている。
年に吹く風と同じくらい乾いた印象しか抱いていないアズリカは、遠くに見えたラズリを眺めながら昔のことを思い出していた。
「最初に行ったのは、ラピスの誕生日の時だったか」
自分の存在意義が分からなくなったラピスは、キージスに心の隙に付け込まれて父である国王を牢へ幽閉した。父に恨みがあったというより、自分の決断を邪魔されないための拒絶だった。『知の力』と前世の知識によって幼少のころからラズリを発展させ続けた少年。しかし次第に『ラピス・ラズリ』という人間には何も価値がないのだという考えに至った。当時、『伝説の力』についてもある問題が発生しており、いろいろな事情が重なってラピスは死を望んだ。
キージスの要望もあって、リーシェとアズリカを城に招待し殺されることを望んだのだ。
結果だけ言えばリーシェとの真剣勝負の最中に生きる意味を見つけ、それこそがリーシェへの恋心だったというわけだ。
リーシェとラピスが恋仲になったのもその直後だった。
ラピスが告白してリーシェが承諾したという形だが、それ以降はどちらも初心すぎてまったく進展していなかった。
「ちゅー……キスもリーシェが一時的に死んだ時だけだったよな」
もうずっと昔のことだがアズリカにとってあの日々は間違いなく一番輝いていた。三千年という永遠にも思える歳月の一幕を思い出しながら歩を進めていると、視界の端に何かが映りこんだ。
目に入るまで一切気配を感じ取れなかった存在にアズリカは驚くことも無くゆっくりと視線を投げる。
「……そろそろだと思っていた」
向こう側に景色を透けさせている半透明の霊体。穏やかな風に吹かれ美しい髪と服の裾を揺らしていた。頬笑みを浮かべているイメージが強いその顔は、今は感情がなくしかし瞳は不安げに揺れているようにも見えた。
「一度目の"兆し"は霊体か……。ちょうど今、お前が死んだ時の事を思い出してたんだ。狙ったわけじゃないよな、リーシェ」
ホログラフの再現体ではない正真正銘の神の本体。燃える氷棺の中で眠りについている少女は、まもなく訪れる決戦に向けて少しずつ意識を浮上させている。
何個かの段階を踏んで眠りは醒め、その段階のことを眷属たちは"兆し"と呼んでいる。
リーシェの感情と記憶をそのまま反映され本人に限りなく近く造られた分身体。それの活動限界が近づいた時や、分身体だけでは戦いに対処しきれなくなった時を引き金にしてリーシェは目覚める。
実際にこうして"兆し"が現れたということは、大きな戦いが迫っている証だ。味方同士で揉め事を起こしている場合では無いのだ。
アズリカの言葉に霊体のリーシェは何も言わず、無言で淡く発光しているラズリを指さす。
指の先で、ずっと光っていた廃都市は徐々に元の寂れた姿へ戻っていった。
リーシェの桜色の唇が何かを訴えようと何度も開閉される。しかし声どころか呼吸音すら聞こえない。霊体ゆえにまだそれほどの身体機能を取り戻していないのだ。
しかしアズリカはラピスよりもリーシェについて理解を深めている。少女が言葉を発せずとも何を言おうとしているのか、自然と理解できていた。
「あぁ、ラピスを迎えに行かなきゃな。そのために来たんだ」
焦っているのか、月に奪われた記憶を無理にでも知ろうとしている。もしくは思い出そうとしている少年に言わなければならないことがある。それはアズリカとリーシェがずっと昔に約束した言葉だった。
ラピスが帰ってきたら。もしラピスが記憶が無いことを悔やみ焦燥に呑まれ、恐怖に震え孤独に震えている時は……。
「伝えてやらないと。『記憶がなくてもお前は変わらず俺の大事な仲間で、リーシェの大切な人なんだ』って」
頭はいいのにバカで、聡明なのに自分のことには疎い。
人間誰しも完璧じゃない。どこかしら欠陥があるものだ。それを補い合うための仲間であり友達だ。
リーシェの霊体がさらに薄くなり空気に解けるように消えていく。それを確認して止まっていた歩みを進ませた。
キルスと一緒に何かしらの行動を起こしているであろう少年の手を引くために。




