二人の司祭
同時刻。
バベルを離れたアズリカは、長い間ダンジョン攻略に向かわせていた二人の司祭に連絡を取っていた。
司祭が身につけているアミュレットに念話を送り会話を試みる。裏側の世界に入ると通信ができないため、雲の多い空の下を歩きながら応答を待つ。
やがて頭の中に凛とした少女の声が響く。
『何用だ』
「俺だ俺」
『オレオレと喧しいです。今少し立て込んでいるので手短に願います』
毒舌なのか礼儀正しいのか分からない声に笑い声を上げてから、早速本題に入った。
「ラピスと一緒に転移してきたアキラという少年が、月側の戦力に加担している。行方が分からないが敵方の女と一緒に行動を共にしているはずだ」
ラピスの存在を知っている念話越しの少女は、数秒思案した後ため息を吐く。きっと黒髪を首と一緒に振りながら褐色の指先で額を抑えている頃だろう。
『まぁ、そんなとこだろうと思っていました。ちょうど目の前にそれらしい二人組がいるもので』
「目の前って……迷宮の中にか!?」
最下層に眠るリーシェの本体を目的として地下迷宮を進むことは簡単に予想していた。しかしそれは今すぐの事ではないだろうとも考えていた。
想定よりずっと早かった展開に焦りがアズリカに生まれた。
既に階層を進まれているとなれば追いつくのは至難の業だ。眷属といえど迷宮のモンスターは例外なく襲いかかってくる。どれだけ強くなってもダンジョンでは油断ができないのだ。
アキラとライザの二人の力は月の干渉次第でいくらでも跳ね上がるだろう。念話の相手の少女の実力は折り紙付きで、到達階層は現在六十階層。その目の前にいるとなれば事態は一刻を争う。
アズリカの大きな焦燥を少女は「いや」と否定してくれた。
『そろそろ帰ろうかと迷宮を出たところです。谷を少し進んだら肩で息をしている少年を引っ張って歩く金髪のエルフと遭遇した』
続いた言葉で二人組の特徴を聞き、間違いなくアキラとライザだと確信した。
アキラが積極的に戦闘に参加するとは思えないが、月が干渉できるスキルが強力だ。ライザの能力も未だに測れていない。
戦力が足りるかどうか計算するアズリカの脳内に、一緒に話を聞いていたもう一人の司祭の笑い声が響き渡った。
『心配するな。あの程度、俺一人で十分だ。貴様は眷属らしく椅子の背もたれにもたれかかっていびきでもかいていろ』
「居眠りじゃねぇか!」
生意気な言葉に勢いよく突っ込んでから、頼もしい昔馴染みの二人に不安は霧散していく。
口に笑みを浮かべながら絶対の信頼を伝えた。
「それもそうだな。お前たち二人に勝てるとしたら、眷属の中でも一握りの奴らだけだろ。……シノブ、フェンリル、任せたぞ。アキラはお前たちの後輩だからな」
『フン。新入りの不始末くらいつけてやる。ラピスの方を頼んだぞ』
フェンリルの言葉を最後に念話が切れる。
アズリカは少し笑ってから頭の中を切り替える。アミュレットから少年の座標を割り出すと、ラズリにいることが判明する。やや存在位置が揺らいでいるのは、多分現在地が不安定になる何かをしているのだろう。ラピスのことだ。何をしても有り得ない話ではない。
今頃魔境谷では戦闘が始まったことだろうか。
"兆し"が見えるまであと少し。それさえ済んでしまえば迷宮の攻略は一気に進む。守るのはそれまででいい。
「リーシェ……待ってるからな」
地下深くで三千年以上眠っている少女。あれだけ自然が好きなリーシェは今も瞼を閉じたまま氷の中で眠っている。もちろんただ眠っている訳では無い。新たな神の候補である『伝説の存在』がいないのは、システムに抗って『伝説の力』をリーシェが吸収し続けているからだ。
リーシェの瞳が開いた時が月との開戦の合図となる。
着実に近づいている戦いに向けて、アズリカがラピスの元へと移動を開始した。




