七人の眷属
建物に入った少年たちを出迎えたのは、大勢の人の喧騒だった。
紙をめくる音や話し声があちらこちらから聞こえ、『司祭登録所』の従業員と思われる者たちが慌ただしく動いている。揃いの制服に身を包んでせっせと働く姿は、年末年始の事務職員のようだった。
「すごく賑やかだな」
学校の文化祭のような雰囲気でもある屋内を見てアキラが端的に言った。主神が降臨する『女神祭』があるとなれば、眷属の司祭になろうと考える人も増えるのだろう。
「俺たちには元の世界に帰るっていう目的があって司祭になるわけだが、ここのヤツらはなんで司祭になるんだ?」
と隣にいたはずのアズリカに問いかけたアキラだったが、直ぐにその視線は右往左往した。どこにも小さな少年の姿が見当たらなかったからだ。
迷子になったかと考えて探し始めるより早く話しかけてくる者がいた。
「ようこそ、司祭登録所へ。新規登録者様の受付は向こうのカウンターで行っております」
制服姿に身を包んだ優美な女性だった。耳が細長いためエルフの種族だと思われる。スーツスカートを乱れなく着こなした女性は、白い手で離れたところのカウンターを示した。
長蛇の列ができているカウンターには、種族様々な人々が退屈そうに順番を待っていた。
行列のできる料理店の昼真っ只中のような光景を連想させた。
順番を待つだけでも何時間も経つ確信にアキラが顔を歪める。一刻も早く帰りたい彼にとって、大人しく待つことは苦行だろう。
どうしたものかと考え始めたラピスの目の前で、女性に耳打ちをする別のスタッフが現れた。
こちらからは聞き取れない声量でやり取りをした後、ラピスたちは優美なエルフに別の部屋へ案内された。
喧騒を抜け建物の奥へ通される。『応接室』と札が降ろされた一室で腰を落ち着けた。
二人で顔を見合わせていると、書類を抱えて女性が戻ってきた。
「アズリカ様のご紹介で来られたということですので、優先して受付致します」
テーブルを挟んだ向こう側の椅子に座った女性は、豊かな胸元から名刺を取り出した。
ライザと書かれた紙を受け取り、お互いに頭を下げる。
「まずお二人にはどの眷属に所属するか決めていただきます。その後、眷属ごとの統治地域や掟についてご説明致します」
言われながらファイルされた紙を渡される。計七枚の紙にはそれぞれびっしりと文字が連なっていた。
文字列を読むのが得意ではないアキラが真顔で顔を上げる。横顔が全ての理解をラピスに託した清々しさを醸し出していた。
「俺たちは眷属云々についてあまり詳しくない。一から教えるつもりで教えてくれないか?」
「かしこまりました。
眷属とは『主神』によって生み出された監査官のような存在です。女神に最も近く女神の声に従って行動しています。眷属の数は合計で七人。司るものをそれぞれに保有しています」
親切なライザは嫌な顔一つせず、膨大な情報量の資料を抜粋して説明し始めた。
「『克己』を司る眷属、レイラ様。
『博愛』を司るゼキア様。
『忍耐』を司るルシャ様。
『精励』を司るグレイス様。
『忌憚』を司るシュウナ様。
『愛郷心』を司るキリヤ様。
そして『貞潔』を司るアズリカ様」
「アズリカ!?」
最後に出てきた名前にアキラが飲んでいた茶を吹きそうになった。名が列挙される度に胸がザワついていたラピスは、アキラの叫び声に我に返る。
「あのチビッ子、眷属だったのか!?」
「口をお慎みください。アズリカ様は眷属の中で最も『主神』に近いお方。ご誕生も最も早いのです。実力も高い上に、普段動かれている体は『主神』から作られた神造体。本体で活動すれば眷属の中で最強の実力者です。あまり無礼な言動はしないように」
意外にも冷ややかに注意されたアキラは美女の迫力に体を少し引いた。美人は怒ると怖いというのは本当だったようだ。
脳裏で自慢げにふんぞり返るアズリカが思い起こされたが、頭を振ってかき消す。なぜだが癪に触って用意されていた茶を飲み干した。
「説明を続けます。眷属は各自に統治地域を持ち、『主神』の負担を減らすために日々住民の暮らしを見守っています」
ライザが持っていた冊子をパタンと閉じる。
「統治地域の説明に入る前に、所属する眷属を決めていただきます」
と言われても悩む必要がなかった。ここは異世界。どんな人がいるか分からない状況で、わざわざ面識がない眷属の下につく必要は無い。
ラピスはアキラと顔を見合わせ同時に頷いた。
「俺たちはアズリカの司祭になります」
「……。分かりました。それでは、アズリカ様の統治地域について説明致しましょう」
ライザの説明はアキラが居眠りを始めるまで続いた。