歪な眷属
音の無い大地の叫びと大気を揺らす空気の振動は、ライザと行動を共にしているアキラにも伝わった。
背筋を這うような戦慄に冷や汗を流しながら、直感的に振動の発生源を見やる。
鬱蒼と木々が生い茂る森の向こう側を見透かすように、黒色の瞳がスッと細められた。
「今のは……」
少し進んだ先で同じように足を止めたライザが何かを察したように声を漏らす。小さな呟きに含まれた心中に誰が描かれているのか、自然とアキラも悟っていた。
「ラピスが何かをしたのか……それともラピスの身に何かが起きたのか」
追いかけて来れないように歩くことを封じた。目を奪わなかったのは、彼から星を奪いたくなかったからだ。ラピスの動きを封じるには歩行機能を奪うだけで十分だった。
しかし、今アキラ達が見ている方角はキリヤの統治都市とは別の方角だ。
思い浮かんだ名前に杞憂だと結論をつける直前、ライザが張り詰めた声を出した。
「遺跡都市『ラズリ』のある方角ですね。彼は記憶の手がかりを探しているようだわ」
ライザの言葉に意図せず胸がチクリと痛んだ。
アキラが追いかける手段を取り上げたのに、真っ先に追いかけてこないことに感傷が生まれる。自業自得で自分勝手で都合のいい感傷を引き結んだ口の奥に隠して、強引に話題を変える。
「目的地までは後どのくらいなんだ?」
アキラはラピスと離別してからずっと、ライザに連れられて生い茂る獣道をひたすら進んでいた。司祭の体になって疲れにくいとはいえ、同じ景色がずっと気持ち的に疲労を感じる。
そんな心境を知ってか知らずか、ライザは口元の笑みを深くさせた。
「あと二十分ほど進めば入口が見えてくるわ」
「あとそんなにあるのか……」
「我慢してください。入口に着いたら五分ほど休憩しますから」
移動時間に対して短すぎる休憩時間にアキラの顔が青くなる。
愕然と肩を落とすアキラを滑稽だと笑うように、ライザの肩が小さく震えた。
☆*☆*☆*
ガイアが見せるはずの光景は城が記憶しているだけの範囲のはずだった。
だが精霊となった大神の力の大きさ故か、ラピスの目の前にはのどかな町の風景が広がっていた。
地続きとなっている別の場所での記憶を引っ張ってきているらしい。
過去を映し出しているラピスの目には、足を殴られたにも関わらず表情が穏やかなままの少女が一人。赤い髪に優美な笑顔の特徴は、リーシェとよく似ていた。唯一違うのはシトラスグリーンのはずの瞳が美しいエメラルドグリーンに輝いていることだけ。
鈴が鳴るような声で彼女は平和を詠い、青空を仰いだ。
ディルの命令に従ってリーシェに対して「死」を要求するラピスにすら、少女は躊躇うことなく救いの手を差し伸べた。
十四歳の少年が初めて貰った、見返りのない純粋な優しさに、沸き上がる困惑と歓喜が荒れ狂う波のようにラピスに流れ込んでくる。
景色は次々と移り変わっていった。
初めて鍬を握った記憶。
育てることに純粋に興味を抱いた記憶。
キルスによく似た男に連れていかれるのを見ていることしか出来なかった記憶。
助けに行った先で刃を向けられた記憶。
殺し合うのではなく共存する可能性に賭けることを決意した記憶。
王都でディルと正面から睨み合うリーシェの横顔に見惚れた記憶。
木々の深い谷山で一騎当千の強さを見せたリーシェの力になりたいと叫んだ記憶。
見覚えのある赤髪の男と若草髪の青年たちに連行されていくのを見た記憶。
アズリカが成長した姿にそっくりな青年の横顔に、ラピスの息が勢いよく吸い込まれる。同時に力に限界が来たのか、追憶の旅はそこで終わった。
「……っ!ハァ、ハァ、ハァ……!」
肩で荒く息をするラピスを心配する気配が背後で漂った。
リーシェの両親を殺し、リーシェを苦しめ続けた男と瓜二つの眷属。
リーシェに深手を負わせて強制的にどこかへ連れていったグレイス。そして。
「アズリカ……」
おかしい。この世界はおかしい。
見えた記憶が正確なものであればあるほど、眷属たちの歪さが際立つ。
敵じゃなかったのか。どんな事情があったにせよ、傷をつけてきた相手をなぜ仲間として引き入れることができた。
グレイスやアズリカはリーシェが許してしまえる理由があるのかもしれない。だが青い髪の男だけは恩赦を与えてはいけないだろう。
あいつまで許してしまったらきっとどんな悪人も、リーシェの前では悪人ではなくなってしまう。
ラピスはリーシェに対して恐らく最も強い恐怖の感情を抱いた。




