みちしるべ
「……そうか」
転移前の自分も知らなかっただろう両親との関係性に対するラピスの反応は、実に淡白なものであった。表情は変わらず、心にも波風は立たない。ラピスにとって、恵まれなかった子供時代はそれほど重要なものではなかったのだ。
仮にキルスが言った内容が間違いのない真実だったとしても、少年の反応は何も変わりないなかっただろう。
「俺が知りたいのは俺の生い立ちでもなければ、狂った父親の話でもない。『反転現象』で亡くなった母のことは同情するが、それだけだ」
冷酷に聞こえる言葉。魂に刻まれている父母の印象は薄いものだったことを暗示しているようだ。
動揺も衝撃も何も感じなかったラピスは、話を聞いている途中で引っかかったことを問い質した。
「父……ディルに洗脳をかけた男は何者なんだ?魂に直接影響させているのを考えれば、眷属かそれ以上の力を持っている者だろう。その男の所属勢力や目的がもし『月』側と同じものだった場合、事態はもっと悪い方向へ動くことになる」
現時点で敵勢力について分かっているのは主に三つ。
無尽蔵に『ノヴァ』を放出し、そのためのエネルギーには恐らく限りがないこと。
『アース』側の生命体の情報に則れば、スパイを送ることが可能なこと。
相性の有利性があり、眷属との戦いに勝利した場合は負けた眷属を傀儡に変えることができること。
この三つに対し、『魂への洗脳が可能な人物がいる』ことも追加されれば間違いなくラピスたちは不利を強いられる。
眷属が倒されない限り魂を掌握されることは無いという前提が覆り、洗脳を施すことができれば簡単に敵側につかせることが出来る可能性が出てくるからだ。
ラピスの脳裏を刺激する危惧に対し、キルスは僅かに顔を沈痛に沈めながら首を横に振った。
「男については何も分からない。ディル・ラズリへの接触以降、存在は確認されていないのだ」
「なら調べることがまた一つ増えたな。お前が話した内容は全てこの城で起きたことだ。城が見た真実を調査すれば何か手がかりがあるかもしれない」
「城が見た真実?一体なんの話しをしている?」
戸惑うキルスの目の前でフワリと浮かんだラピスは、赤い瞳に金色の閃光を一閃させた。
それは『知』の力の意識的な解放の合図だったのか。書物のページがバラバラと捲られて光る城の輝きが強くなっていく。
「スピリチュアル・エンチャント。『ガイア』」
一声が放たれた次の瞬間、景色が変わった。
蘇ったはずの都市の街並みは少しだけ色褪せ、いなかったはずの住人達がかつての喧騒を奏でる。
間違いなく過去の光景だった。ディルの犠牲だらけの統治で間違いなく繁栄していたラズリが、『知』の力の付与効果によって瞬きのような一節を励起させていた。
こんなことができるのかと疑似魂にしては珍しく驚きに包まれたキルスの頭上で、装いを変えたラピスが虚空に向かって話しかける。
「『ガイア』、俺に在りし日の光景を見せてくれ」
ガイア。その名前は『東京』がある世界では大地の神として知られている。大地を司る大神である天そのものであったとされる女神。
この世界において、神は『調律神』であるリーシェのみ。故に、ラピスのイメージによって『知』の力で呼び出された神は精霊となって力を貸す。
本来、存在する世界が違う以上それは不可能なことだ。神と同等の力でなければ世界同士の狭間の空間である『虚空空間』を通って干渉することは有り得ない。ましてや特定の世界の情報を引っ張ってくるなど以ての外である。
しかし『知』の力が全知を司る神の力であるならば。
全能と並ぶ全知を扱う魂が神の力で世界を渡っているのであるならば。
何よりも細く決して切れないアリアドネを伝って、神話の神々や御伽噺精霊は力を貸すだろう。
それは祝福であり、特別な魂を持って生まれた少年への同情であり、対等に並ぶかもしれない存在への期待である。
黒い外套に包まれていたはずのラピスはいつの間にか大地の精霊を連想させる衣装へ変わっている。
姿が見えない、輝くばかりの光に向かってラピスが話しかけると、視界が次々に切り替わった。
走馬灯のようだった。コマ送りの映画を観ているようだった。
キルスの話を聞いても何も感じなかったラピスに目に、兵士に足を叩かれている少女が映りこんだ瞬間━━━━。
「ーーーーーーーーっ!!」
無音の悲鳴が空気を震わせた。




