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狂う運命

 息を吹き返していく遺跡の都。恐らく何かの事情があり、主神の手で壊滅させられ停滞した王の都。

 風の力で城に急ぐラピスの姿に喜ぶように、無人の活気が満ちていく。


 萎れた花が一人でに大輪の美しさを蘇らせるようだ。

 枯れた湖が雨も降っていないのに水を湧き出させたようだ。


 赤い本は輝きを放ち続けている。それに導かれるように、都市もラピスも『本当』へ足を進ませる。


 辿り着いた王城はかつての姿を完全に取り戻していた。割れた城壁も砕けた柱もない。遺跡と言われて一体誰が信じるのか。そう思わせるほど何もかもが再生していた。


 迎え入れるように無人で開かれる城門の前で息を整えてると、意を決して中へ入ろうとする。しかし、背中に声がかかったことで進行は止まった。


「お待ちください」


 聞き覚えのある声に顔だけ向ければ、珍しく引き締まった表情のキルスが悠然と立っていた。彼の登場に大して驚かなかったのは想定の範囲内だったからだ。

 ラピスに『ラズリ』の存在を詳しく教えたのはキルスだ。わざわざお膳立てをしておいて、このタイミングに姿を見せないのは考えづらい。


「その門を潜る前に質問をさせてください」


「……なんだ」


 口を開けばふざけたことばかり言うキルス。初対面の時から気に入らないのは、きっと喪失した記憶に理由がある。

 あの男の言葉を聞いてはならない。『また』騙されてしまう。

 本能から来る警戒心を隠しもせずにラピスはキルスの問いを待った。


「思い出すのでは無く知ることで、あなたは何をしたいのですか?」


 一瞬、言葉の内容が理解できなかった。まさかそんなことを聞かれるとは思わず、口を閉ざしてしまう。

 執事服に身を包んだ眷属は、何もかも見透かしてしまいそうな深紅の瞳をそっと細めた。眩しい太陽を見上げるように。愚かな子供を見下すように。


「質問の意味が、よく分からない」


 出てきた答えはラピスにしては珍しい『困惑』だった。解答が用意できない問いかけに、自己分析が全くできていないのだと疑問の影で悟った。


「知るという行為に何か理由が必要なのか?」


「必要、という理由はありません。ですが理由もないのにあなたが"知る"必要もない。あなたが衝動で得ようとしている知識は、今のあなたをより追い詰める闇になるでしょうねぇ」


 含みのある言い方。ラピス・ラズリとしての記憶の内容を知って欲しくないのかとも思ったが、キルスの目はどこまでも真っ直ぐだった。


 問われているのは理由ではない。キルスが聞いているのはラピスの覚悟だ。


「あなたがこれから見ようとしているのは、決して輝かしいものでは無い。むしろ汚泥に捨てても遜色のない石ころと同じです。磨けば煌めきましょうが、あなたは原石を磨く覚悟を得ていない」


「キルス。お前は『自分』が分からなくなる怖さを知っているか?」


 絡めていた赤色の視線を外し、ラピスの目は色を深くさせた夜空へ向けられた。

 瞬いて存在を主張する星。悲劇の元凶と知っていても見惚れてしまう青白い月。その近くで流れ星のように放たれる緋色の弾丸。

 ラピスの憧憬が全て集まる空を見上げて少年は僅かに微笑んだ。


 返された眷属の答えは意外にも「是」だった。


「わたくしはキルス。この体の本来の持ち主の魂に空いた穴に埋められた疑似魂です。空いた穴にいたのはどうしようもなく世間知らずな眷属でした。その眷属……キージスの記憶は知識として所有し、再現のために何度も見返しています。……あなたとの記憶もちゃんと知っているのですよ」


 おもむろに、白手袋に包まれた長い指が青い髪を結っていた赤い紐を解く。ラピスが発生させている風と、穏やかな夜風に揺れる青い髪は、真っ直ぐと自由に遊んでいた。

 サラサラと音を立てそうな髪は、所在なさげに佇むキルスに悲壮感を漂わせている。


「再現のままではきっとあなたとは語り合えない……故に、ここからは疑似魂の役目を放り投げたただのキルスとして話そう」


 途中で声音が変わった。表情も人間味も消え去り、まるで機械人形のような無機質さでキルスは目を瞬いた。


「その目に記憶を写す前に、その耳につまらない『罪』の話でも入れておけ」


 無異質な声で朗々と伝えられる。

 過去を知る最初の言葉は━━。


「かつて、一人の王と一人の王女がいた」


 ☆*☆*☆*


 かつて、一人の王と一人の王女がいた。


 紫紺の髪の王はその名をディル・ラズリ。

 漆黒の髪の王女はその名をイシス・ラズリ。


 二十二の時に政略結婚でイシスを迎えたディルは、その二年後に子を授かった。

 イシスの髪を受け継いだ柔らかい黒髪の男の子だ。……悲劇を引き起こして生まれた男の子だ。


 陣痛が始まり分娩のための部屋に産声が響いた瞬間、世界が暗転した。

 天と地が入れ替わったように、全てが逆さまになった。


 王城の部屋はどんな部屋にも調度品が飾られている。その中には当然陶器も含まれており、『反転現象』が起きた途端、重力に逆らわずあらゆる物が落下した。

 その中の一つ。蒼い宝石の調度品が運悪くイシスの頭に直撃する。


 いくつもの陶器が割れる音が響いたかと思えば、動揺と驚愕と恐怖を置き去りにして『反転現象』は収まった。

 部屋に飛び込んだディルが見たのは、割れたはずなのに何事もなく棚に鎮座している陶器と、頭から大量の血を流して伏しているイシス。そして血に濡れた宝石を握り締める赤子の姿だった。


『反転現象』が起きたことが夢だったのではないかと勘違いするほど、荒れた形跡がない室内。しかし倒れているイシスが夢のような現実を叩きつけた。


 当たり所が悪かったイシスは賢明の救命処置も虚しく間もなく息を引き取った。腹を痛めて産んだ子供を満足に見れないまま、帰らぬ人となった。


 赤子にはラピス・ラズリと名がつけられた。イシスの命を奪った宝石の名前だった。


 ディルとイシスは政略結婚ではあったが、それなりに良い関係を築いていた。きっともう少し語らう時間があれば恋仲にもなれたかもしれないが、多忙なディルの都合でそれは叶わなかった。

 好ましかった女性を奪ったのは、赤子が『伝説の力』を背負っていたからだ。人の力が及ばない現象の結果に加害者はいない。防ぎようのない事故と言えばそうだった。

 ディルは赤子を殺さなかった。跡継ぎを殺そうと言う考えに至るほど、イシスへの愛は育っていなかった。

 ディルは赤子を恨まなかった。生きたいと産声を上げた息子に何も罪はなかったからだ。

 その判断ができる程度にはディルは賢明な王であり、冷静な父であった。


 時を止めてしまったイシスの分まで生きるように、ラピスはすくすくと成長していく。

 物心が着く前から頭の良さが際立っていた王子に、誰もが畏敬と期待を抱いた。


 賢者のような王子のおかげで都市はどんどん発展していった。術者が土地を離れれば衰退するという制約があったが、ディルは些細な問題だと気に留めなかった。


 ラピスが成長していく横でディルは『伝説の存在』について調査を進めていた。

 神は全知全能だと言われている。だがラピスには『知』しか宿っていない。であれば、どこかに『全能』を可能にする力があるはずだと考えた。そうして『技』の力のことを知った。


 本来は二つ揃って『伝説の力』であることも同時に把握し、ラピスが不完全であることが気に入らなかった。

 イシスの命と引き換えに生まれた命だと、ディルの知り得ない心の奥深くで思っていたのかもしれない。割り切れない矛盾を発生させるのは、知性ある生き物ゆえの特徴だった。


 王は望んだ。

 王都ラズリを、文明・軍事力共に最高峰を誇る都市にしたいと。そうすればラズリの歴史は永遠だろうと。

 ラピスの手から離れても基盤さえできていれば発展は可能だと見て、『技』の力を欲しがった。


 ちょうどその頃、ラピスが分裂した力の在り処を大雑把だが認知できるようになった。四歳の少年が難しい言葉で説明している光景は異様であったが、繁栄に全力を注ぐディルは気にしなかった。


 ラピスによれば『技』を持つ存在は、立入禁止となっている『魔境谷』にいるとの事だった。よりによって王ですら簡単に手が出せない場所。ディルは一旦諦めるしか無かった。


 片割れが成長すれば谷を出るかもしれない。

 そんな可能性にかけて十年の月日が流れた。


 十年の間に、ディルは新しい知識を身に付けていた。

『伝説の存在』が『伝説の存在』を殺せば、二つの力は一つに纏まる。


『伝説の存在』自体があやふやな伝承であり、継承されている情報に『分裂』という現象は一切ない。前例のない状況に対する解決策を用意したのは、神の眷属を自称する緑髪の男だった。


 名前も知らない。素性も明かされていない。

 普通なら絶対に信じない状況で、ディルは刷り込まれたように男の言葉を信じた。


 これは誰も預かり知らないことだが、男と会った時にディルの魂には小さく洗脳が施されていた。男が言うことを全て信じる、という些細な効果だったが『伝説の存在』達を引き合せる運命を作るには十分だった。


「ラピス。『技』の力の所在が分かり次第、その者を殺せ」


 命令は簡単。

 人の命を奪う決断はラピスが勝手にするだろう。ディルにとって『技』の力を持つ存在は、簒奪者のように見えていた。故にラピスへの言葉に躊躇いはなかった。

 殺害のために都市を離れることも許可した。報酬を考えれば些事だと判断したからである。


 数日後、ラピスは『魔境谷』近辺を目指して旅立った。

 帰ってきた時には神に近い完璧な存在になっていることを期待し、十四歳の息子の門出を祝った。人殺しになりに行く少年の行く末を祝福した。


 ディルは『繁栄』の一点に限って静かに狂っていたのである。

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