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夢と喪失

 どんなに賑やかな街にも狭い路地裏は存在する。

 複雑に入り組み、どんよりと薄暗く湿っていて、まるで影の街だ。多くの人は好んで寄り付かない狭い道を行き交うのは、ゴミを漁るネズミだけではない。

 閉ざされた裏世界は時に人間の感情にすら影響し、人生の決定的な分岐点を生み出す。懊悩。憎悪。葛藤。焦燥。不信。諦念。欺瞞。後悔。後ろめたい気持ちほど、その影は大きく顎を開く。

 背後に迫る怪物に気づいて振り向いたところでもう遅い。獰猛な牙は人間という名の愚獣を捕らえ、昂りを示す唾液は人でありたい獣の心を溶かしてしまうだろう。


 一瞬の迷いが命取り。刹那の油断が命取り。

 光があれば影があり、笑顔の裏には凶悪な本性が隠れる。真実など存在しない。本心など乾いた落ち葉と同じ。優しさは偽善。気遣いは自己満足。怒りは炎。失望は氷。

 弱肉強食のこの世界で生きていくのに最も効率的な方法。強者の思惑に乗ること。

 どうせ仮面の世界。どれだけ上手に媚びを売れるかの真剣勝負。


 だけど、もしも────。


「あなたにどんな困難にも立ち向かう"意志"があるのであれば」


 真の意味での強者へ至ることを推奨しよう。


 大いに悩むといい。その先にある結末はきっと、世界で一つだけの特別な終着点だ。万の望みは叶わずとも、唯一の渇望は満たされるだろう。


 小さな子供たち、立ち上がれ。雨が降ろうと、灰をかぶろうと、槍が飛ぼうと、その瞳は毅然と空を見上げるのだ。


 ☆*☆*☆*


 不思議な夢を見ていた気がした。

 開いたばかりの視界はぼんやりと像を結ばず、夢の続きを見たい一心で瞼はゆっくり下がっていく。


「おい、起きろ」


 ボスンと音を立てて顔に何かが投げられた。柔らかい衝撃を感じながら、枕を投げられたのだと察する。ラピスの顔からバウンドして顔の横に着地した枕を抱いて、布団を頭まで被った。


「いくら何でも寝汚すぎだろ!?寝る前の状況忘れたのか!?」


 布越しに耳元で幼い声が叫ぶ。落ちかけていた意識が、その言葉でようやく首を持ち上げた。

 勢いよく布団を剥ぎ寝台から足を下ろ……そうとしてハッと我に返る。だが時は既に遅かった。


 トターンと軽くも重くもない音の上にアズリカの溜め息が被さる。


「ハァ〜。お前、しばらく見ない間に状況把握能力ポンコツになったんじゃないか?寝る前の出来事くらい頭に入れておけよ」


 辛辣な悪態をつきながら小さな手を伸ばしてくれる。支えになるか不安な腕を掴んで、必死に立ち上がろうとした。けれどラピスが立つことは叶わなかった。


「やっぱり無理そうか?」


 動かない足でじたばたと藻掻くラピスを笑うこともせず、非常に真剣な表情でアズリカは確認した。若草色の瞳が心配そうに歪められているのを見て、ジワリと目尻に涙が溜まる。


「アキラ……なんで」


 口から零れたのはアズリカに対する答えではなく、この状況を作り出した親友への漠然とした疑問だった。


 あの後……キルスからラズリについての大まかな話を聞き出した後、ラピスはすぐにアキラを待たせている場所へと戻った。記憶を辿るように路地裏を進んで雑踏に出る。喧騒で包まれた街並みに、アキラの姿はどこにもなかった。

 露店の売り子に話を聞いても、いつの間にかいなくなっていたと口を揃えて言う。もしかしたらラピスを探しに場所を離れたのかもしれないと思い至り、来た道を引き返している途中でようやく見慣れた背中を見つけた。


 振り向かせようと声をかけ肩に伸ばした手が触れるより早く、アキラの手が視界を覆い尽くした。指の隙間から少しだけ見えた友の顔は辛そうで、それなのに安堵しているような印象を受けた。

 名前を呼ぼうとした口は片方の手の人差し指で黙らせられ、乾いたアキラの唇が数を数えた。


『五〜』


 声を出すことを止められているラピスは訳が分からないままカウントダウンが進むのを聞いているだけだった。


『四〜。三〜。二〜。一〜』


 数字が終わる。最後の数を数え終わったアキラの口が、カタカナを三文字告げた。

 親友がラピスに向けた言葉は『()()()』。失う、という意味を持つそれはアキラの呪文だった。


 たったの一言。それだけでラピスの足は全く動かなくなった。感覚すらなくなり、視界に入れないと足が生えているかどうかどうしようもなく不安になる。


 意識も同時に失ったようで、あの後の状況が分からないままこうしてアズリカに体を支えてもらっている。

 十歳の小さな体ではラピスを支えて歩くことは難しかったため、部屋には声を聞き付けた眷属たちがゾロゾロと集まってきていた。


「まるで赤子のようじゃの」


 開口一番思ったままを口にしたのは、リーシェとそっくりな眷属のシュウナだった。切り揃えられた前髪の下から覗く目は至って真面目で、茶化したわけではないことは簡単に察せられた。

 普段なら怒って一言言い返していただろうが、ラピスにはそんな余裕は残っていない。


 失われた歩行機能。

 失われた心の余裕。

 失われた親友への絶対的な信頼。


 部屋に集まった面々の顔を見ていく。

 当然のように隣にいたアキラの姿はどこにもなく、ラピスの真横の空間はぽっかりと同邦の友を失っていた。


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