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墓守の眷属

 時を同じくして、場所は『地下迷宮』その最奥。

 すべての過酷な階層を抜けた先にある主神の空間。春の麗らかな日和を思い起こさせる緑豊かな場所に人影が一つ。


 色彩を踊らせる花々を背景に、赤い髪の少女が静かに一点を見上げていた。

 引き結ばれていた唇に隙間ができて、可憐な声が凛と響く。


「三千年、バラバラに散りばめていた点がようやく線を結び始めた」


 迷宮の最奥に少女以外の生き物はいない。否、この場所には生き物は一人一匹も存在しない。

 先程まで実体を持っていた体が、ジジッと音を立てて透け始める。眷属たち、アズリカにすら秘密にしていた状態を紐解いて元の形へ戻っていく。


 時節存在を揺らがせる不透明な手が伸び指先が触れたのは、小さな雪の結晶を纏った氷の棺。

 冷たい感触は外側だけで、内側は烈火の如し炎が燃え盛っている。棺の中で火葬をしているような物体の中に、ホログラフの少女と瓜二つの存在が眠っていた。


 赤い髪。白い肌。細い手足。薄く古傷の見える体は彼女の生きる強さそのもの。本来であれば森の輝きを宿す瞳は閉じられた瞼の奥に隠されている。業火に包まれているのに、火傷一つ負っていない。この者こそが、世界を調律する悲しき女神。その本体である。


 氷に触れている少女はただの頭脳体であり力の一部を引き継いでいるに過ぎない。


 意識を失った少年を抱きとめた腕も。

 彼を守るために奮ったこの力も。

 全ては指先で触れた者から少しだけ借りているだけの紛い物。


 けれど少女が告げる言葉はすべて主神の声だ。故に誰にも聞き届けられることの無いこの言葉も、調律神の神託となる。


「宇が生まれた。宙が生まれた。そしてようやく、物事は星座となって人々を導き始めるでしょう。彼の手が星々に届く頃にはきっと……その眼が開いているといいですね」


 そっと表情に微笑が刻まれる。

 見た者の心に安堵を覚えさせる優しい微笑みは、どこからともなく吹いた風に掻き消された。

 棺から目を離して左を見ると、一人の青年が立っていた。


「そろそろ"兆し"が見える頃合いか」


 やや傲慢な言葉遣いはどれだけ時が経っても変わらない。けれど、人を見下していた顔にいつの間にか柔らかい表情が紛れ込むようになっていた。

 かつては長く揺れていた髪はウルフヘアーになり、うなじの辺りでサラリと銀月色を奏でている。


「ルシファー、留守は任せましたよ」


 青年の名をルシファー。昔、死闘を繰り広げた末、ある男の願いによって現在まで生きている前神の眷属。『傲慢』を司るその名前は悪魔から由来しているのだと知ったのは二千年前のこと。可哀想だからと別の名を与えたが、リーシェは時々嫌がらせのように眷属名を呼ぶ。

 これから『ノヴァ』との戦いに出向く不機嫌な少女の心中を知ってか知らずか、青年は小さな声で訂正するに留めた。


「マルスだ」


 リーシェがつけた名前だが存外気に入っているようだ。この青年が生きることを命と引き換えるように願った男と同じ字を使っているからだろうか。

 少しの間透けていた体が深呼吸と共に実体を戻していく。一見すると生身の肉体と何も変わらない状態に戻ったリーシェは、地下の底から見えない月を睨みつける。体が浮遊し溶けるように消えていくのをマルスはただ一人、墓守として見送っていた。

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