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女神祭

 ラピスたちは、アズリカが作り出した不思議なゲートを潜って異世界の都市に来ていた。

 転移ゲートと呼ばれるそれをどこかへ消した少年は、呆気に取られるラピスとアキラを静かに見守っている。


 立ち並ぶビル。タイヤもないのに滑らかに地面を浮いて走る車のような乗り物。

 異世界だとは到底思えない都市の発展ぶりに、アキラが自身の頬を抓る。夢などではなく現実であることが、痛みに歪んだ顔で一目瞭然だった。


「東京みたいだ……」


 友人の感想に万感の思いが詰められる。

 しかし街を闊歩する人々に目をやれば、間違いなく異世界なのだと強く認識せざるを得なかった。


 人間に混じって、獣耳が生えた者や耳が長い者が景色に溶け込んでいる。異物として差別されるわけでもなく、ごく自然に当たり前の日常を営んでいた。


 異邦の地であることを再認識するラピスたちに、アズリカが移動を促した。

 舗装された道を歩きながらこの世界の基本的な知識を説明される。


「この都市は『絶対不可侵都市セルタ』と言う。あらゆる犯罪には直ちに罰が与えられ、あらゆる侵攻は"主神"の威光によって阻まれる。世界で最も平穏な都市と言って差し支えないな」


 不思議と耳に馴染む都市の名前だった。アズリカを見た時程ではないものの胸に湧く違和感の正体を探っている隣で、アキラが鼻を鳴らす。


「直ちに罰が与えられるって言っても、巡回してる警察も見当たらない。犯人を見つけて捕まえるところから始めるんだろ?逃げられれば罰も何もないと思うけど」


 少しだけひねくれているアキラの言葉に、アズリカは表情を変えずに少し離れたところを指差した。

 自然と促された視線の先で一人の男が大金を担いで走っていた。その背後には『money』と分かりやす過ぎる趣旨の店が構えている。どうやら銀行強盗らしい。


 アキラが言った通り周囲に警察の姿は確認できない。人々も男に目を向けるだけで捕まえるために動くような者はいなかった。

 これだけの大都市だ。姿を眩ませるのは簡単だろう。


 取り抑えようか悩み始めたラピスにアズリカは自慢げに笑った。


「まぁ見てろよ」


 まだ幼い少年が言ったのとほぼ同時に凄まじい轟音が鳴り響いた。

 閃光が発生し、晴れ渡った空から落ちてきた雷が強盗犯を撃ち穿いたのだ。


 絶句するラピスとアキラ。

 あれだけの落雷だったのに、地面には焦げ目一つなく、金が入った大袋は傷一つない。男の姿だけがどこにも見当たらなかった。


「まさか……今ので消し飛んだ?え、即刻死刑?」


 顔を青ざめさせるアキラにアズリカが小馬鹿にしたような笑みを向ける。


「今のは転送用の雷だ。男は今頃、自分が生まれた場所に強制転送された頃だ。もちろん傷つけてないぞ」


「刑務所じゃなく故郷に転送するのか?」


 ラピスの問いには歩みを再開させながら答える。


「あぁ。犯罪を起こした者への措置として、今のは世界の常識になっているからな。故郷で肩の狭い思いをしながら生きることになるだろ」


 甘いように見えるが実際かなり辛い処遇じゃなかろうか。犯罪を起こした危険因子として、親や兄弟、故郷の人々に後ろ指を差され続けるだろう。生き地獄と言っても過言ではない。


「結果が分かりきっているのになぜ犯罪を起こす?」


 少なくともセルタでの犯罪は結果的に先程の状況を招く。それが世界の常識として認識されているのなら、わざわざ愚行を起こそうなどとは考えないのではないか。

 アキラも首を振って同意する疑問はアズリカが手渡してきた一枚のチラシで解決した。


「女神祭……?」


 紙に書かれた文字を読み取ったアキラが頭を傾げる。

 ラピスはハッと目を見開く。


 チラシの中に『主神初降臨』と書かれていた。人は目に見えないものには疑いの目を向ける。霊的な存在がその代表だろう。

 見た人はいる。しかし誰にでも見えるわけではなく、科学的にも証明されていない存在。


 主神、と呼ばれる者はきっと誰もその姿を見たことがない。だが存在していることは確かで、その証拠として超常現象が特定の条件を満たした時に発生する。


 犯罪を起こす者が現れるのは、神の存在を信じられず罰の措置がただの偶然だと考えた者がいるからだろう。


 答え合わせをアズリカに求めると彼は嬉しそうに表情を緩めた。


「正解だ。さすが、お前は頭がいいな」


 ラピスの頭にアズリカの手は届かない。代わりと言わんばかりに腕をペシペシ叩かれた。


「二日後に女神祭が開催される。これは主神である女神を奉る行事で三年に一度行われるんだ。そしてつい先日、主神がセルタに降臨することが世界中に告げられた」


「随分と突然だな」


 至極当然なアキラの呟き。元の世界に帰るためにアズリカに着いてきた彼は、主神云々の話題にあまり興味がないようだった。

 無宗教が一般的であった元の世界で生きてきたのだから、神がどうのと言われても実感が湧かないのだろう。


「"時が来た"ってことなんだろ。主神が世界の調律を初めてから三千年。誰もが初めて目にする女神に期待感と少しの不安を抱いている」


「神が突然降りてきたら不安にもなるだろうな」


 恐らく、住民にとって主神は『敬い畏れる者』として認知されている。神の存在を実感するのは、犯罪が起きた時と侵攻があった時だけ。どんな考えで行動しているのか分からない未知の存在のはずだ。

 未知は誰もが恐れる事柄で、どうしようもない不安から馬鹿げた行動に出る者もいる。銀光強盗の男のように。


「お前たち、元の世界に帰りたいんだよな」


 アズリカの確認にアキラが勢いよく頷いた。


「なら、主神に会う必要がある。ただ会うだけじゃダメだ。七人の眷属の神殿を巡礼し、資格を得る必要がある」


「女神祭で主神に会っても無効なのか?」


 まともに頭を回す気になったアキラが真剣な眼差しを向けた。残してきた妹が心配で堪らない少年は、背の小さいアズリカと目線を合わせた。


 膝を着いて答えを待つアズリカは、若草色の瞳をじっとアキラに注いだ。その瞳に僅かに同情の色が浮かんだのはきっと見間違いではないだろう。


「ああ。資格を得て『地下迷宮神殿』の最奥で女神に会わなきゃならない」


「その資格って何だ?」


「眷属の司祭となり迷宮攻略の実力を積むことだ」


 アキラから移った視線が真横に聳える建物を見上げる。建物の名を示す看板には『司祭登録所』と書かれていた。


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