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裂目

 日が沈む。辺りは宵闇に染まり、目に映る全ての物が色を失っていく。空が色褪せて、風は鳴き止んで、草は枯れて萎れる。まるで世界の終わりのように、ポツポツと周りから日常が消えていった。


 ここはどこなのか、分からなくなった。

 お前は誰なのか、分からなくなった。

 自分が大事にしていたもの。大切だと抱え込んでいた想い。何もかも色を灰色へ変えて、最後には自分のこと全てが分からなくなった。


 この世界で一人ぼっちなんだと、否応もなく分からされた。


 ☆*☆*☆*


「……アキラ?」


 ひどく暗いことを考えていたはずなのに、ラピスに声をかけられた瞬間考えていたことを忘れてしまった。自分の顔を覗き込んでいる親友の顔は、少しだけ心配そうな色を浮かべている。金色から緋色に変わった瞳は見慣れなくて、一瞬少年のことを親友だと認識できなかった。


「あ、ああ。どうした?」


 無理やり浮かべた笑顔。きっとラピスの目にはぎこちない表情が写っているのだろう。

 取り繕った気は無いが不自然なアキラにラピスは眉を僅かに寄せる。勘の鋭い少年に気づかれないかと。一体何に気づかれるのかと、アキラ自身もよく分からない心配をする。


 不細工な笑みを作り続けていると、ラピスは何も見なかったように話し始めた。


「お前には話しておこうと思って」


 何を、と問う前に彼は言った。


「さっきの会議の中じゃ、実はよく分かってないだろう?」


 いつも以上に冷静沈着に……いっそ冷酷ですらあった表情が初めてクシャッと崩れる。年相応のやんちゃな笑い方に心の奥深くがホッと安心した。どうして?状況を完璧には理解できていなかったことを見抜かれたことに安心したのだろうか。

 無意味な自問を終わらせるように、アキラは頭の後ろを掻いた。


「バレてたか〜。さすが俺の親友だな」


「まあな。これから俺たちは、知っているはずのない情報を知っているライザを捕まえるために、眷属と一緒に各地を巡る。ここまでは分かるよな?」


 馬鹿にしている訳では無い念の為の確認にアキラは無言で頷いた。


「知っているはずのない情報っていうのが、アズリカの本体の在り処だ。眷属にとって恐らく生身の体は無くてはならないんだろう。極秘の中の極秘をライザは知っている。これは月の間者云々に関わらず大問題だ」


「お前、その辺寝てたのによく知ってるな」


「あぁ。寝てる間も意識はあったからな」


「その訳分からん状態は、今のお前になにか関係してるのか?」


 気を失っていても、眠りの外でどんな話がされているのか把握している。通常なら有り得ない超技にアキラは閃いた。察しのいい親友にラピスはニヤリとする。


「ああ。何から話せばいいのか。……俺は元々こっち側の世界で生まれたんだ。だが何かが起きて、この魂のまま別の世界に転移した。記憶を失ったのは多分その時だろうな」


 先程露店で買ったコーヒーに口をつけてからラピスは、ラピス自身も言葉を探すように話した。


「俺から記憶を取り上げたのが『世界のシステム』、その正体が月だ。月がこの星の生命の主導権を握っている」


 右手がそっと宙に掲げられる。さっきも見た通り、少年の手の上に分厚い本が出現した。


「俺は記憶を取り戻したい。そう強く願った結果、転移前の力だけ使えるようになった。それがこの『知の力』だ。俺の『付与魔法』はこれに由来していたらしい」


「なんか凄そうだな。付与が自在にできるってことは物質の原子や電子を操れるってことだろ?最強じゃん」


「アキラにしては頭の良いこと言ったな。そういう使い方もできるが、付与にも得意不得意があるみたいなんだ」


 クルクルと軽々鈍器を弄びながらラピスが小首を傾げた。サラサラとした黒髪が重力に逆らわず白い頬にかかる。


「自分の体に付与するのと、自分以外の物質に付与するのとでは何と言うか……体力の消耗が違う。後者の方がすごく疲れる」


「ふーん。でもお前自身にはどんな付与もできるんだろ?皮膚硬くするとか脚をバネにするとかできるんだろ?強いな」


 アキラに与えられたスキルは『記録者』。どんな能力なのかいまいち分かっていないため、ラピスの『知の力』を羨ましく思った。名前からして、攻撃系のスキルでは無いことは明白だった。


「発想がとても少年漫画っぽいな、そのまま真っ直ぐ育ってくれ」


「うるせぇよ。それでその目の色は?何か関係あんだろ?」


「あぁ、これか。視覚的には何も変わらないから気にしてなかったがやっぱり結構違うか?」


「そりゃ金から赤に変わればだいぶ印象が違うぞ」


 瞼の上にそっと指先を置いたラピスが特に気にしていないように淡々と言う。


「この目が赤いうちは月の支配から逃れている。『知の力』も使えるし、もしかしたら記憶も戻るかもしれない。ひとまず頭痛はかなり治まったな」


 真っ赤な目を嬉しそうに細めるラピス。確かに顔色もいいし、痛みを我慢している素振りもない。

 月の支配から逃れているだけで状況は好転するらしい。


「アキラ、ちょっとここで待っててくれ。少し用事ができた」


 ふと空を見上げていたラピスは急にそんなことを言って返事も聞かずにさっさと立ち去ってしまった。咄嗟に見上げた空を青髪の男が横切って行ったのは気のせいだろうか。


 見知らぬ街に一人取り残されたアキラは手持ち無沙汰になり、座って足をブラブラとさせる。子供のように退屈を全身で表す少年に近づく影があった。


「あら、あなたアキラ様では?」


 ラピスと眷属たち以外知らないアキラの名前を、聞き慣れない女性の声が呼ぶ。視線を向けて絶句した。


「お前は……ライザ」


 まさに今から探しにいこうとしていた人物が、ゆるりと微笑んで路地裏に立っていた。

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