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主神の憂いごと

 眷属と主神だけで重要な話がしたい、と言ってラピスとアキラが退室していく。

 短い返事だけした後、一言も話さずに扉の向こうへ消えた二人の背中を見送った瞬間部屋の空気が一気に緩んだ。


 会議中ずっと伸ばしていた背筋の緊張を解き、くてっと机に身を投げ出したのはアズリカだった。


「あ〜……マジでどうなることかと思った……」


 卓上に顔を突っ伏しているせいでくぐもった声だったが、同意見の眷属たちは各々に肩の力を抜きながら頷いている。

 アズリカの顔は、子供の姿のせいで弾力のある頬が餅のように形を変えていた。シミひとつない餅を退屈しのぎにつついて遊んでいるのはレイラだ。


「ふふ。けれどあの子の魂が破壊されることなく、『付与』のスキルが『知の力』に昇華されたのは本当に良かったわ」


 何度も首を振ったグレイスが後に続く。


「えぇ、母上の言う通りです。小僧は小僧なりに抗っているようで安心しました」


「皆さん万事解決かのような雰囲気を醸し出しておりますが、ラピスさんの状況は何も変わっていないことをお忘れなく。というか何だかんだ今が一番不安定な状態ですよねぇ。危ないんじゃありません?」


「ぬしに指摘されずとも分かっておるわ、たわけ。じゃがわしらにできることは見守ることだけ。彼奴の魂の強さを信じるしかあるまいよ」


 ホッと胸を撫で下ろしていた魔人族二人に苦笑しながらキルスが諭すように言った。彼の言葉に辛辣に返し、面倒くさそうに頬杖を着いたのはシュウナだ。その隣でゼキアも欠伸混じりに同意する。


「俺らは全員死んで全部リセットされた上で、リーシェの記憶を共有して生きてる訳だが……アイツはまだ『世界のシステム』の束縛を脱してねぇからな。一度異世界に飛ばされてる以上きっかけがあれば記憶は元に戻る、が」


「はい。ラピスさんの魂はリーシェ様が退避させた先の世界で十八年過ごしています。この世界で生きていた十五年の記憶が突然戻った場合、彼の人格や心核が破損してしまう危険性があります。そうなった場合心神喪失状態となり、二度と精神を構築できなくなるでしょうね」


 グダグダと緩んだ体勢のままラピスに関する言葉が飛び交う。

 主神はと言うと、円卓の輪から外れた部屋の片隅で膝と頭を抱えて震えていた。


「どうしよう……どうしよう……」


 七眷属がやり取りしている間もバックグラウンドの如く響いていた声。会話が一旦途切れたことで地の底を這うような不安の声は存在感が増した。


「あー……」


 気まずそうにアズリカが小さくなった背中にそっと視線を注ぐ。

 面白いものを見つけたと言わんばかりにキルスがそそくさとその背中に近づいた。


「リーシェさんリーシェさん、落ち着いてください。あ、チョコレート食べます?」


 キルスが懐から布に包まれた菓子を取り出す。そっと差し出された香ばしい星型の食べ物に、小さな子供のようにリーシェがめそめそしながら手を伸ばした。一枚そっと持ち上げて口の中へ運ぶ。

 モグモグと咀嚼し飲み込んだのを確認したキルスが、ニッコリと楽しそうに笑った。


「それ、わたくしの手作りなんですけどねぇ」


 ただでさえ小さくなっていた背中がさらに小さくなった。いっそ可哀想なまである主神が、指をフイッと振る。

 部屋を真っ白に染めてしまうほどの雷が真横からキルスを吹っ飛ばしていった。

 不憫に思ったのかグレイスが駆け寄り何も言わずにホットミルクをあげた。


 湯気が立つ飲み物を静かに嚥下したリーシェはようやく落ち着き、緩慢な動きで立ち上がる。

 呪文のような「どうしよう」は聞こえなくなったが、その顔は真っ青になっていた。キルスのチョコレート効果もいくらかあるかもしれない。


「私、ラピスに嫌われてしまったらどうしよう……」


 誰もが目を点にする。思っても見なかった懸念に、いち早く状況を察したシュウナがヘッと唇を曲げた。


「リーシェ、なんでそう思ったんだ?」


 リーシェがラピスを嫌うならまだしも、ラピスがリーシェを嫌うことなど想像もできないアズリカが汗を垂らす。記憶のないあの少年は、ほぼ別人の状態となってもなおリーシェに恋心を抱いていたというのに。

 ラピスの様子を知るアズリカの目の前でリーシェが悶絶した。


「だって私、あまりにも変わってしまいました!なんて傲慢な女だと思われた?それとも自分勝手な自己中神だとでも見られた?どっちにしたって最悪です!!傲慢で自分勝手で自己中心的で隠し事の多い私なんて嫌われて当然です!!!」


「……帰って良いか?」


「自分と瓜二つの人間が恋に悩んでるのを見るのが嫌だからって早々に退出しようとするなよ」


「そうは言ってもなゼキア。アレ、なかなか見るだけで胸がザワザワと恥ずかしくなってくる。あれで三千年生きてるって言われても誰も信じんじゃろ」


「この手の相談は女性が適しているのではないですか?……っと、聞いた僕が愚かでしたね。万年生きている亀は未だに猫をモノにできていませんでしたね」


「失敬失敬HAHAHA」と清々しい笑顔でキリヤが笑った。ゼキアには分からないがシュウナには通じる嫌味に、老婆口調の少女のこめかみに青筋が走る。


「殺すぞ?」


「まぁまぁシュウナさん落ち着いて。キージスなんて死にかけの惨たらしい拷問の最中に恋を自覚したのですよ?万年億年生きていようともはやわたくし達には関係ないと思いますがぁ」


「黙れ。この抜け殻パラサイトが」


 吹っ飛ばされた場所から焦げて戻ってきたキルスが、再び先程と同じ威力の雷に薙ぎ払われていった。「リーシェさんお返し待ってますよぉぉぉ」と言う二重の意味での断末魔を残して、キルスは退場していった。天地がひっくり返ろうとリーシェがキルスにお返しチョコを渡すことはないだろう。


 それぞれに複雑な事情を抱える眷属の物騒な喧嘩を止めもせず、アズリカはそっとため息を吐いた。


「ラピスならどんなことだって受け止めてくれるだろ。安心しろよリーシェ。もしもの事があったら、顔が腫れて原型が無くなるまで俺が殴ってやる。左頬だけの予定だったがそういうことなら仕方ないだろ?」


「可哀想ですから一撃でもやめてあげてください……。ですがそうですね、いくら私が騒ごうと最終的にはラピスに委ねられます。結果が分かる時まで、藁と釘でも用意していますね」


「怖ぇよ!神から呪物で呪われる方が圧倒的に可哀想だわ!」


 重要な話など一つもしないまま、円卓の席は物騒な会話で賑わっていた。

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