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 アキラが初めてラピスと出会ったのは、中学二年の冬だった。進級が近づいている時期に突然転校してきた少年を見た最初の印象は、「寂しそうな奴」だった。

 黒髪金眼の転校生ということで、ラピスは初日から質問攻めにあい机の周りには人集りができた。外見も名前も何もかも珍しかったからそれが余計に興味をそそったのだろう。


 しかし、好奇の目はやがて減っていくことになる。次々と重ねられる質問にラピスは淡々と答えるばかりで、しかもその内容が素っ気ないものばかりだったためだ。「興味無い」「そう」「知ってる」と、答えを最初から用意していたようにラピスは回答する。どんな問いをされるのか知っていたようにも見えた。

 今なら分かる。ラピスは答えを用意してたのではなく、その場で考えてから答えていた。だが、頭の回転が早すぎるが故に話をまともに聞いていないように思われたのだ。


 相手の口の動きや、質問の流れ。初対面の人間に聞いても差し障りのないこと。それら全てを考えて、質問の途中で聞きたいことを的中させて答える。考える素振りも見せないため、クラスメイトたちは「相手にされていない」のだと勘違いして翌日には去っていった。


 当時のアキラに他人に興味を抱く余裕などなく、奨学金目当てで勉強に没頭していた。中学二年生の時から真面目に勉強する生徒は非常に少なく、アキラもまたクラスで浮いていた。

 机の隅で参考書とにらめっこするアキラ。下校時間ギリギリまで能面のような顔で空を見上げるラピス。二人は似た者同士だった。


 ある日の放課後、対策問題を解いているアキラの前に突然ラピスが立った。立った、というより足が止まったという表現が正しい。

 何も感じ取れない金の瞳に見下ろされてアキラのペンも止まる。


「……な、なんだよ」


 微妙な空気に耐え切れずアキラは声を発する。するとラピスのしなやかな人差し指がプリントの一点を指した。


「そこ、間違ってる」


「は……?」


 言及された問題の答えを見る。結構自信を持って書き込んだ回答だったため、アキラは否定しにかかった。その前にラピスがまた言う。


「公式が違う。教科書を開いて確かめてみろ」


 言われた通りにペンを置いて該当するページを開く。ラピスを肯定するようにアキラが使った公式とは違う公式が書かれていた。

 もう一度解き直して答え合わせをする。驚いたことに、本当にアキラが間違えていた。


「お前、頭良いんだな」


 赤丸が着いたのを見届けて立ち去ろうとしたラピスにアキラが声をかける。感心した声にラピスはつまらなそうに呟いた。


「お前が馬鹿なだけじゃないか」


 正直に言う。めちゃくちゃムカついた。けれど同時にラピスという人間の成り立ちに好奇心が湧いた。


「なあ。良かったら俺に勉強を教えてくれないか?」


「なんでだ」


「俺は奨学金が欲しい。だけどお前が知ってる通り俺は馬鹿だから、自分の力だけじゃ厳しい。だからお前に助けて欲しいんだ」


 今思えば、都合のいい頼みだったと思う。だってラピスには何の得もないのだから。

 結論だけを言うと、ラピスはアキラの願いを承諾した。勉強を見てもらう最中、何度も痛感したことがある。


 この男、あまりにも頭が良すぎる。

 教科書を開いているところなんて見たことないのに、テスト全科目満点は当たり前。授業中はずっと空を見上げているくせに、どんな難しい問題もあっという間に正解する。

 しかしこの男、同時に少々頭が悪かった。

 人の機微に疎いところがある。学習面に秀でていても、人間社会に適合するための哲学的な面には鈍かった。社交性、というものがまるでない。

 愛想笑いもしない。世辞も言わない。何でもズバッと口に出す。


 そのちぐはぐさが面白くてアキラはラピスを気に入っていた。

 無事に奨学金で高校に進学し、気持ちに少しだけ余裕ができたことでラピスと仲良くなっていった。くだらない言い争いも実は最近できるようになったことだ。バカみたいなやり取りにも付き合ってくれるラピスの優しさに触れて、アキラは満足していた。


 あの世界でアキラは間違いなくラピスに一番近い者だった。だからこそ見抜いていたことがある。

 ラピスは生きづらそうにしていた。ふとした時に顔を曇らせ、歪ませ、息をするのも億劫という風にため息を吐く時があった。

 真夜中の展望台で星を見上げている間だけは、表情が少しだけ和らいでいた。

 ある時、アキラは突拍子もない考えに至った。


 ラピスはどこか別の場所から来たんじゃないか。

 どんな乗り物に乗っても辿り着けないような遠くから迷い込んだんじゃないか。


 頭が悪いアキラらしい馬鹿な妄想だった。


 だけど……。あぁ、だけど。

 今はその妄想が正答だったのではないかと予感している。


 展望台から落ちて、魔法陣に包まれたと思ったら来ていた世界。人以外の種族。遠いようで身近な神。何でもアリに思えてくる魔法。根本から違う世界でラピスは清々しく息をしている。泳ぐ水を間違えていた魚が在るべき場所に戻ったようにも見えた。


 頭痛に苦しむラピス。けれど心配して横顔を見れば、顔から翳りが消えている。

 気を失おうがどんな痛みを味わおうが、確実に瞳の輝きは強くなっている。生き生きとしている。


 目の前で意識を手放し主神に支えられている親友を見て、アキラは予感を確信へ変えた。


「なぁ、アズリカ」


 小さな眷属を名指ししたが、その声は凛と響き全ての眷属の注目を集めた。

 恐れることも緊張することもなくアキラは確信を空気の振動へ変化させる。


「ラピスは……元々この世界の住人なんだろ」


 問いではない。確認でもない。最初から知っていたように、確信を前提にして話す。


「元の世界に帰るのは俺だけで、この世界に招かれたのはラピスだけなんだろ」


 主神と目が合った。きっと出会う前からラピスを知っている少女は、今日一番の驚きにラピスを支える腕を強ばらせる。

 愕然と見開かれた美しい瞳に映りこんだ自分の顔は、存外冷たかった。

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