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罰と贖罪

 ライザ。その人物は『司祭登録所』にてラピスとアキラに眷属についての大雑把な情報を教えた人物だ。眷属、特にアズリカに対しての尊敬の念が強かった印象がある。

 少年たちにとって決して悪い印象ではないエルフを名指しで断言したアズリカには、少なからず怪訝な視線を向けざるを得なかった。


「適当に言ったわけじゃない。アキラ、お前は俺の本体がどこに安置されているのか、誰から聞いたんだ?」


 疑いの視線に大真面目に答えた後、若草色の髪を揺らしてアキラを見る。髪とよく似た輝きの両目は真っ直ぐ親友へ向けられ、アズリカの確認に反応した眷属たちが一様に驚愕していた。


 急に変貌した雰囲気に呑まれながらも、アキラははっきりと彼女の名前を口にした。


「ライザだ。俺とラピスは眷属の『統治地域』や名前を彼女から教えてもらった」


 アズリカの本体がどこにあるのか。ラピスがいない間に交わされた会話を出されて少年は首を傾げた。アズリカとアキラの問答を引き継ぐように口を開いたのは主神だった。春を連想させる瞳に僅かに気遣わしげな色が加わる。


「アズリカの体は『地下迷宮』の最奥……私の本体がある場所と同じ空間に安置されています。……他の眷属の本体も同様です……」


 最初から最後まで消え入るように告げられた言葉。

 咄嗟に出そうになった問い質しの解答をリーシャは既に用意していた。


「アズリカもキリヤもゼキアもシュウナも、キルスもグレイスもレイラも……そして私も。みんな、回数は違いますが最低でも一度死んでいます」


「は?死んでる……?なら、ここにいるお前たちは何なんだ?」


 頭がかち割られるような激痛に意識を持っていかれたラピスの代わりという訳では無いだろうが、震える声で恐怖を添えて言葉を吐き出したのはアキラだった。

 リーシャは目蓋をゆっくりと下ろし、その隙に静観していたゼキアが目を細める。


「何でもねぇよ。体がどうなってようが命を落としてようが、ここにいる俺たちは紛れもねぇ本物だ。個人の思考や思想、人格を形作ってんのは体じゃなくて、心であり魂だからな」


「えぇ。僕たちはずっと昔に大きな罪を犯したのです。命を落としたのは当然の罰であり、こうして生きているのは望んだ上での贖罪です」


「ま、死んでいようと心がある限り消滅は有り得ん。わしらは皆、叶えたい未来があって眷属などと面倒な役を演じているのじゃ。ぬし等小童に騒がれるのは腹立たしい故やめよ」


「と"南の大陸組"は言っていますが、もっと詳しいことが知りたいのでしょう?なぜ生きているのか、至極簡単な問いです。主神が御力の五割を用いて我らの魂を常世へ戻したからですよ」


「キルス、顔の腫れを増やしたくなければ黙っているように。主神も全知全能の絶対神ではないわ。であれば誰かの助けが必要になってくるでしょう。それが私たちということ」


「神の力で無理矢理蘇った訳では無い。我らは死ぬにはあまりにも未練が多すぎた」


 ゼキアに始まり、『愛郷心』のキリヤ。『忌憚』のシュウナ。『忍耐』のキルス。『克己』のレイラ。『精励』のグレイスが口々に非難を止めようとする。最後に口を開いた『貞潔』のアズリカはリーシャを責めようとするアキラを射抜くように睨む。


「俺もコイツらも最初はあんな事になるなんて思わなかった。不慮の事故と言われればそうだが決してそれだけではない。俺たちは怒っているんだ。こんな状況を作り出した『世界のシステム』に」


「……本題に戻りましょう。それとも、少し休みますか、ラピス?」


 心配そうな視線を感じる。目をきつく閉じて痛みをやり過ごしているラピスの前に、フワリとリーシャが舞い降りた。しかしラピスには気に留める余裕がなかった。


(リーシャ……?何か、違う。よく似た響きだけど、この名前じゃない。俺には、もっと大事にしていた名があった……はずだ)


 赤髪。薄黄色の瞳。優しい声。穏やかな笑み。丁寧な言葉。優しさと厳しさを共存させた性格。

 思い出そうとする。ずっと忘れていたことすら忘れていた大切なことを、鎖で厳重に封された扉を開けて思い出そうとする。


 食い縛った歯を開いて、必死に口に出そうとする。リーシャじゃない別の名前を呼ぼうとする。

 かつて、呼ぶ度に心踊っていた名前だったはずだから。かつて、呼ぶ度にくすぐったくなっていた名前だったはずだから。


「お前の……ことなんか、知らない……」


「……ラピス?」


 そっと手が指し伸ばされたのを感じ取る。それを躊躇いなく掴んで、ラピスは涙に濡れた相貌を顕にした。


「知らないはずなのに、なんでこんなに胸が苦しくなるんだ……!俺は……!俺は何を忘れてしまったんだよ!?忘れちゃダメだろう?思い出さなきゃダメだろう?じゃなきゃ、お前が……お前を……!」


 相手の手が軋むほど強く握っても痛みに顔を変えることもせず、ただ唖然とラピスを見ている。少しだけ期待が混じった彼女に少年は無我夢中で叫んだ。


「助けられないじゃないか……!!」


「……〜〜っ!?」


 彼女の心には今なにが去来したのだろうか。歓喜だろうか。後悔だろうか。

 どんな感情でも納得してしまうくらい、たくさんの透明な雫が少女の瞳から溢れる。どれだけ堪えて耐えていたのか想像もつかない。けれど、少女がずっと何かを待っているのは容易に察しがついた。


 その後一体どうなったのか。ラピスには分からない。激痛に耐えきれなくなった脳が、精神が、糸を切ったように意識を途絶えさせてしまったから。しかし、崩れ落ちた体が温かい胸に抱き抱えられたことだけは辛うじて感じ取ることができた。

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