主神
目や鼻を容赦なく痛めつける土埃に噎せながら、『ノヴァ』を攻撃した人物はゆっくりと歩み出てきた。
爆風に揺れる赤髪。涙に潤むシトラスグリーンの目。華奢な体は軍服ワンピースに包まれている。
白い腕に稲妻を走らせていたのは、ラピスがずっと会いたいと願っていた人物だった。
「り、リーシャ……」
アズリカの正式な司祭になる前、竜に襲われていた所を助けてくれた少女だった。
以前会った時は浮世離れした印象を抱いた純白のドレスを身に纏っていた。しかしそれ以上に変わっている部分がある。
雰囲気だ。
覇気、とでも呼べば良いのか。周囲に存在する生き物すべてに畏敬を抱かせるようなカリスマ性を放っていた。前回の穏やかな少女から一変、まるでどこかの王族に会ったような感覚に陥った。
蚊が鳴くようなラピスの声には反応せず、彼女の両の瞳は隣の青年へと向けられる。
「ゼキア、そこで彼を守っていてください」
威厳と優しさを兼ね備えた声音がラピスの心を震わせる。感動に震える少年に視線を注いだリーシャは想像通りの微笑みを見せた。
「ラピス、あなたはそこにいて。大丈夫。私がいますから」
そう言った彼女の背後の土煙が不自然に割れる。飛び出てきたのは星海の生物だった。
「危ない!」
ラピスの声を掻き消すように轟雷が鳴り響く。
音の出処は振り向かずに右腕を一閃させたリーシャだった。
可憐な唇から血の気が引くほど凍った声が放たれる。
「不届き者め、控えなさい。あなたたちにこの星の大地を踏みしめる許可を下した覚えはありません」
たった一撃。息をも忘れる威力の攻撃を息をするように繰り出した少女は、一秒にも見たぬ速さで全ての『ノヴァ』を殲滅してみせた。
まさに異次元の強さ。
稲妻で街の地面を焦がすこともなく、一切の痕跡すら残さず戦闘は終了した。
言葉を失ってただ腰を抜かし続けるラピスをバカにすることもなく、ただの白い腕を伸ばしてきた。
「立てますか?」
「あ……あぁ、ありがとう」
「ゼキアは先に塔に入ってください。私は彼と話しながら向かいます」
リーシャの言葉にゼキアと呼ばれた青年は何かを言いかける。だが結局、言葉が見つからなかったのか何を言うことも無くバベルの入口をくぐって行った。
ゼキアの背中が見えなくなった後、リーシャは頬を僅かに染めた。
「あなたと会う時はいつも慌ただしくなりますね。本当は、もっと穏やかで優しい再会にしたかったんですが」
その姿は恥じらう乙女そのものだった。
「リーシャは眷属……なのか?」
竜から助けてくれた時。そしてアズリカと顔見知りで、複数体の『ノヴァ』を一瞬で消し飛ばす実力。あまりにも自然に抱いた確信を、少女は僅かに首を横に振ることで否定した。
「私は眷属ではありません。……ですがそれに近しい存在です」
風に遊ばれた赤髪がゆっくりと移動を開始する。足が向けられた方向はラピスが飛び出した場所。そしてゼキアが入っていった場所と同じだった。
「ラピス。私からも聞いて良いですか?」
「あぁ」
「なぜ、あんな真似を?一歩間違えれば死んでいたかもしれないのですよ」
微かに怒気を孕んだ声。怒っているのだろうか。心配してくれたと、都合よく考えても良いだろうか。
ラズリを見たいという衝動は、リーシャの姿を見たきり収まってしまった。ただの古代遺跡都市になぜあそこまで心が揺れたのか、自分でも分かっていない。
行動の真意を問われても、ラピスは淡々と答えることしか出来なかった。
「ラズリを見たくて……」
「……なぜ?」
「なぜって聞かれるとか正直分からない。だけど俺は自分の目でラズリを見に行かなければならない気がしたんだ……」
しばらくの間、階段を登る足音だけが反響する。
不自然に会話が途切れたのに心地良さを感じるのは、リーシャが纏う小春日和のような空気ゆえだからか。
決して不愉快ではなかった静けさの中で、リーシャの声はやけに強調されたように響いた。決して聞き逃すなと、世界が叫んだようだった。
「ラズリは……私が滅ぼしました」
頭を鈍器で殴られたような感覚だった。
「……は?いや待てよ、ラズリは主神に滅ぼされたって……」
「えぇ、ですから主神が滅ぼしたのです。……ラピス、あなたは間もなく知ることになる。この世界の過ち。月の愚行。私の横暴。そしてあなたの空白を」
歌うように。罪人に判決を下すように。滑らかな口調で少女は告げる。
血濡れの痕も、傷一つない腕が重い扉を押し開け、円卓の間が再び視界に移る。
既にそこには七人の眷属が集結し、リーシャを見るなり各々の反応を見せた。
頭を軽く下げる者。面白そうに笑む者。無表情の者。気に入らなそうに顎を上げる者。
思い描いたのとは違った光景にラピスの歩みが止まる。
「さぁラピス、席について。これより、『統治地域報告会議』を開催します」
高らかな少女の一声で場の空気はビリッと引き締まった。




