初任務の末に
薄い空気も切り立った岩山も、最早少年たちの敵ではなかった。眷属に戦うために力を与えられた体のなんと頼もしいことか。
シンプルなシャツの上に、ポケットがたくさんあるミニジャンバーを羽織ったアキラが軽快な足取りで地面を蹴っていく。そのすぐ後ろを、紺碧のロングコートに身を包んだラピスが余裕の表情で追いかける。
正式に司祭となって既に二週間。装備を整えた二人はようやく活動を開始する事ができていた。
司祭は所属する眷属の統治地域の問題を解決しながら、ダンジョン攻略に向けて実力を積むのが一般的だ。その例に漏れず、ラピスたちは記念すべき初任務の場所へ飛ぶように移動していた。
目的地は『リズィグル』の隣町だ。なんでも、最近動物たちがやけに興奮する上、怪奇現象があとを絶たないらしい。獣の興奮は怪奇現象と繋がりがあるだろうと考えている。原因不明正体不明の怪奇を解決することが、初めての仕事である。
アズリカ曰く、この件を無事に解決したら眷属たちの会議に護衛として連れていってくれるそうだ。
だからという訳ではないが、二人はいつになく張り切りあっと言う間に隣町へ到着した。
颯爽と現れた貞潔の司祭を見た人が大慌てで町長を呼びに行く。
案内された公民館で待っていると、初老の男性が息を切らして登場した。
「慌てさせてしまったようですみません。ゆっくりで構いませんから、事の詳細を教えてください」
既に卓の上に置かれていた水を物凄い勢いで飲み干した男が、ラピスの言葉に深呼吸をする。
「いえ、アズリカ様の司祭をおませする訳にはいきませんので、どうぞお気遣いなく。それと緊張してしまうのでできれば砕けた口調で話してもらえるとありがたいです」
初対面で口調に言及するとは何やら変わった人だった。よく見ると彼の耳は細長い形状をしている。セルタにいたライザと同じエルフなのだろう。
公民館を出て案内されたのは一軒の建物だった。随分とボロボロで、屋根には巨大な穴が空いている。倒壊寸前と言っても言い過ぎではない損耗具合だった。
「町長、これはどういう状況だ?」
建物を見ただけでは何もピンと来ないアキラが首を傾げる。要求通りの砕けた言葉に初老の男は一から説明していく。
「今回の怪奇現象はこの家が壊されたのとほぼ同じ時期から始まったものです。本当にただの建物で、いわくも何もありません。しかしある日空からとある物体が家に直撃しました。それからというもの、夜な夜な奇妙な呻き声が町中を満たし、昼間は家畜が荒れ狂うようになったのです」
「とある物体は今どこにあるんだ?」
顎を触って考えるラピスの問いに彼は震え上がりながら答える。
「恐ろしくて誰も近づけていないので、おそらくまだこの家の中に取り残されていると思います」
聞いたアキラが物怖じせず家の中に入る。外から見ていても分かっていたが、中は酷い有様だった。柱も床も捲り上がり、食器は粉々に砕け散っている。相当な衝撃と共に物体は降ってきたらしい。
しかし、隕石と考えるには規模が小さい。小さなデブリ如きでは地上にぶつかる前に燃え尽きてしまうし、逆に燃え尽きない大きさの物であれば被害は一軒家に留まらなかっただろう。
「この家は旅人の宿屋として使っていましたが、当時は中に誰もいませんでした。怪我人や死者は出ませんでしたが、このままでは住人の心が休まりません」
後付けの情報を聞きながらラピスはある物を発見する。
それはぽっかりと空いた穴だった。僅かだが穴の底から呻き声が漏れている。
腹の底を震わせるような重低音を耳にして、なるほど怯えるのも無理はないと思った。
「アキラ。穴の底に行って様子を見てくるから、お前は合図を送ったら俺を引っ張りあげてくれ」
「分かった。おい町長!長くて頑丈なロープを探してきてくれ!」
アキラと町長のやり取りを背に躊躇いなく穴に飛び込む。声の響き方からそれほど深い穴だとは考えておらず、多少深くても問題はないと予想した上での行動だった。
無事に底に着地したラピスはまず強烈な悪臭を嗅いだ。鼻の奥がビリビリするように臭いに袖口で鼻と口を抑える。臭いの発生源は、白い奇妙な物体だった。
楕円を描くシルエットには目も耳も鼻も口もない。だが全身を震わせて重低音を鳴らしている。
近づけば近づくほど強くなる臭いに耐えながら、ラピスがじっくりと観察した。
水銀に近い色のコレはどうやら生物らしく、時節透ける皮膚の下に見たことも無い臓器が薄らと見える。しかも紫色だ。何とも奇妙で珍妙な生き物だった。UMAとかが実在していればこんな感じなのだろうか。
「ラピスー!何か見つけたかー!?」
頭上からアキラの声が降ってくる。
「持っていくからロープを垂らしてくれ!」
謎生物に素手で触れるのは気が引けて、仕方なくロングコートを脱いでソレを包み込む。
垂れ下がってきたロープを体に結ぶと、アキラに引っ張りあげてもらった。
持ち帰った謎物体をまじまじと見つめるアキラ。その鼻はしっかりと布の奥に隠されている。これほどの刺激臭であれば鼻の良い家畜は嫌がって暴れ出すだろう。
「ヒッ!」
肩越しに生物を覗き込んだ町長が引き攣った悲鳴を上げた。
「し、しし『侵略者』じゃァ!!」
どうやらこの生き物を知っているらしい。
ポカンとしているラピスたちに町長は驚いているようだった。なぜ知らないのか、という疑問がありありと皺に寄り添うように顔に刻まれている。
突然、家の奥が眩く光った。素足の音と共に現れたのは、バベルでこってり仕事中のはずのアズリカだった。
「どうやら相当面倒な案件だったらしいな」
「あ、アズリカ様!なぜこんなことになっているのですか……!?もしや主神が……」
「黙れ。冷静さを欠いた発言で主神を疑うことは許さない。この町は後日、巫女に厄祓いをさせる。それまで慎重に過ごせ、いいな」
「アズリカ、コレは一体なんだ?」
「ラピス、話は帰ってからだ。ソレを俺に渡せ。持ち続けているとろくな事にならないぞ」
見たこともないほど厳しい面持ちの少年に、ラピスは逆らうことなく従う。
生物を受け取ったアズリカは、虚空から幾本の鎖を伸ばすと厳重に物体に巻き付けて封じこんだ。悪臭も重低音もピタリと収まって、町長は表情からやや緊張を抜く。
結局、初任務は町に来て数時間で、『リズィグル』へトンボ帰りすることになった。
☆*☆*☆*
「……今回の件は報告会議にて話題にしなければならない。事の詳細を知る者として、お前たち二人には同行してもらうぞ。護衛ではなく証人としてな」
重苦しい空気の中、重苦しい顔のままアズリカは口を開く。
知りたいことを教えてくれない眷属に焦れたアキラが問い質すまで、アズリカの口は重かった。
「アレは侵略者……正式には『ノヴァ』と呼ばれている。空の向こう、宇宙で無制限に数を増やし続ける生き物だ」
「無制限に数を増やし続けていたら今頃空は真っ白じゃないか?」
今日は快晴。雲ひとつ見つけられない青空にはもちろん白色なんて一色も見当たらない。
アキラの疑問の答えにはラピスが行き着いた。
「主神が、今この瞬間もノヴァを掃討しているのか?」
「そうだ。ラピス、よく分かったな」
「ただの勘だ。アズリカ、もったいぶらずに教えてくれ。眷属と司祭の仕組みが作られた理由と、主神の目的を」
「……。はぁ、いいだろう。いずれ知ることになるしな。司祭のシステムが作られたのは、ノヴァに対抗するための戦力を整えるためだ」
ラピスとアキラとアズリカ。三人揃えば騒がしくなるばかりだった室内は、眷属の心情を表すように、重く暗いものになっていた。
次回
システムと主神の目的、そして眷属たちの報告会議が始まります




