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異世界転移

この度は【少年は伝説へ至る】をお手に取っていただきありがとうございます。この作品は【伝説の少女は平穏に暮らしたい】の第二部の物語ですが、序盤は今作だけでもお楽しみいただけるかと思います。

が、第一部のストーリーをお読みいただいてからの方が面白さも二倍ですので、ぜひ第一部ストーリーも読んでいただけると嬉しいです。


 都会が好きか。田舎が好きか。

 某お菓子の頂上決戦と並ぶであろうこの問いに、ラピスは迷いなく田舎が好きだと答える。

 理由は単純明白。都会が大嫌いで田舎が大好きだから。


 都会の嫌いな点はいくつも挙げられるが、一番大きな要因となっているのが星が見えないことだ。

 夜になると眩しいほどに街は煌びやかになる。人々は疲れやストレスを発散するために集まると屋内で馬鹿騒ぎ。騒ぐことがダメな訳ではない。発散方法は人それぞれなので自由に楽しんでもらいたいが、ラピスは彼らのことを可哀想だと思った。


 空を見上げても黒い闇しか見えないのなら、俯いて歩くのと同じことだ。少なくとも少年はそう考えていた。アスファルトの地面か何も見えない暗空かの違いしかない。

 都会は人が多すぎる。歩けば人にぶつかるのはもちろん、煙草の煙だって容赦なく顔に巻きついてくる。


 文明の発展を示す明るい街並みと、ドス黒い本性を建前の仮面に隠した群衆をラピスはどうしても好きになれなかった。


 季節は冬。

 ラピスは、黒いマフラーを首に巻いて森の中を歩いている。ネオンの群れから逃れたこの場所は、街を一望できる展望台へ続いている。

 都会で最も暗くて静かな場所。少年の足が届く範囲に限定すれば、展望台は一番好きな場所だった。

 ビル群も街灯もない田舎なら、どこでだって展望台からの眺めを堪能できるだろう。この、息を忘れるほどに美しい満点の星空を。


 備え付けられた木のベンチに腰掛けて魅入った。目を凝らさなければ見えない三等星。強烈な存在感を放つ一等星。きっと田舎なら、天の川も綺麗に見ることができるのだろう。


「……あの宙に、行ってみたいな……」


 誰に聞かせるわけでもなく、口から零れた小さな願望。ただの高校生である自分にはもう叶える術のない願いを、聞き届けてくれる流れ星は流れていない。

 一人でぼんやりとしていると、いつも意識が遠くへ吸い込まれていく。視界に星空しか映らなくなった時、耳の奥で誰かの声が聞こえるのだ。不明瞭な時もあれば、はっきりと聞こえる時もある。言葉はいつも同じで、透き通った少女の声だった。


 言葉は確か……。


「見つけた。ま〜たここにいたのかよ」


 親友の声に我に返った。振り返れば肩越しに目が合った。彼の手には二本の缶コーヒーが握られていて、今更冷え切った体を自覚した。


「星、好きなんだ」


 隣に勢いよく腰を下ろす少年から少しだけ温くなった缶を受け取る。口に含んだコーヒーが、ぼんやりとしていた頭を明瞭にした。


「知ってる。だから誰も来なさそうな展望台に来たんじゃん」


 中学生の頃からラピスと一緒にいる少年は、名前を須東 暁という。茶色い髪がいつも遊んでいるのは、癖毛半分寝癖半分と言ったところか。触ってみると意外と柔らかい髪質はまるで猫のようだった。


「アキラ、妹は?」


 アキラには歳の離れた妹がいる。母親は妹を産んですぐに他界し、父親は失踪した、という事情があり彼はアルバイトをしながら妹の面倒を見ていた。確かまだ六歳だったはずなので、アキラとは十一歳差だ。

 ラピスの短い問いかけにアキラは赤い鼻を擦りながら笑った。


「ちょっとお隣さんに預けてきた」


「なんで?」


 アキラは妹を何よりも大切にしている。余程の理由がない限り、妹を一人にすることはないし悪戯に傍を離れることも無い。

 そうしてまでラピスを探したのだと言外の言われれば、間抜けな声で問いを重ねるのは仕方の無いことだった。


 首を傾げる少年の金眼が椅子から立ち上がる親友を追った。彼は数歩先にある柵の前まで行くと、街明かりを背景に神妙な顔をする。


「今夜はお前の隣にいないと、なんか消えちゃうそうだったから」


 至極真面目に言われた言葉。ラピスは失笑した。


「ハハッ。なんだそれ」


「笑うなよ!ホントにそんな予感がしたんだからさ!」


 アキラは頬を膨らませて見かけだけの怒りを表した。八つ当たりのように勢い良く柵に寄りかかり……状態を崩した。

 咄嗟に反応できたのは奇跡に近い。壊れた柵が真っ先に展望台の崖下に落ちてひしゃげる。

 地面と四十五度の体勢で右手をラピスに掴まれたアキラは、一瞬で慌てふためいた。


「わっ!?やべぇ!!落ちるっ!」


「そう思うならその絶妙な角度どうにかしろ!お前の腹筋じゃ倒れることしかできないだろう!」


「ラピスの腕力でも引き上げれねぇだろ!!どうしよう!どうしよう!?」


 あ互いに筋肉のなさを罵り合いながら焦る。焦燥を示すように掻いた手汗が、命綱を少しずつ滑らせていった。

 先に限界が来たのはラピスの足だった。踏ん張りきれずに、アキラの体重に地面から浮く。


「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 絶叫が二人の口から同時に迸った。これが断末魔になるかどうかは最早運だ。ラピスの記憶では崖の下は木々に覆われていたはず。岩に叩きつけられて潰れるか、多少の擦り傷で済むかは運に頼むしかなかった。


 暗闇に慣れていたラピスの眼前に切り立った岩が映し出される。こんな時なのに脳裏に朝の占いの結果が思い出された。

 天秤座の今日の運勢は……大吉だ。


 落下に身を任せるラピスたちを強烈な光が包んだ。ただの閃光だった輝きはやがて形を成し、いわゆる魔法陣というものへと変化した。

 目の前が真っ白に染まり本能的に目を閉じる。


 華やかな草花の香りがする穏やかな風を感じた。

 浮遊感はなくなり、着いた尻もちは地面の感触を教えている。


「え……?」


 目を開けた瞬間、ラピスは言葉を失った。

 どこまでも続く平原のど真ん中にいたのだ。夜だった空はいつの間に明けたのか、燦々と輝く太陽が青空を照らしている。ビル群もどこにも見当たらず空気すら、淀みのない清浄なものだった。


「俺ら、死んだのか……?」


 縁起でもないことをアキラが呟く。しかし、無理もない言葉にラピスは何も言えなかった。

 唖然としていた二人に、背後から近づく人物がいた。


「まったく。焦ったとはいえ座標がズレ過ぎるにも程がある」


 ぶつくさと聞こえた文句に腰を回して振り向く。

 ドクン、とラピスの全身が脈打った気がした。


 若草色のミディアムボブ。風を孕む白い服は身軽そうで、彼の小さな体を柔らかく包み込んでいた。少しだけ吊った猫を連想させる目は、髪色と同じ色に輝きまっすぐラピスを見下ろしている。


「お前は……」


 何故こんなにも胸がざわつくのだろう。この少年をラピスは知っている。知らないはずなのに、心が、魂が彼を覚えている。

 頭の中に奔流のように記憶が渦巻いた。不機嫌そうな顔。怒っている顔。笑っている顔。こちらに向けられる信頼の瞳。

 もう少しで何かを掴めそうだったラピスを酷い頭痛が襲った。頭を抱え呻き声を上げるとアキラが心配そうに背中を擦る。


「お、おいラピス!大丈夫か?」


「そうか……。まだ、なんだな」


 アキラの声に被せるように少年が呟いた。十歳程の外見相応の声には聞き覚えがない。むしろ違和感さえ覚えた。


「お前は、誰だ」


 側頭部を抑えるラピスが厳しい声で少年に問う。

 若草色の髪を風に揺らして少年はラピスに笑いかけた。


「俺の名前はアズリカ。主神からお前たちの保護を頼まれた」


 頭痛は波が引くように消えていった。彼の名前を聞いても違和感が湧き上がることはもうなかった。

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