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「…おかしいな。微かにだけど視線を感じるのに誰もいない」
ライトが刺され、清香がササから逃げている頃、古城を出た先にあった森を抜けて町へと辿り着いた悠希は辺りを見渡しながら歩いていた。町には洋風な建物が建ち並んでいて大きな城があるが、悠希の言うとおり住人は建物内にいるのか、悠希の視界に住人の姿が入ってくることはなかった。
「警戒されちゃってるのかな?これじゃボールのこと聞けないや」
住人の姿が見えないことで悠希は困ったような顔をし、立ち止まった。
「……仕方がない。町を出て他を探そう」
悠希は少しだけ考える素振りを見せた後、来た道を戻ろうとした。
「ん…?」
だがその直後、乱れた息づかいや走る音が微かにだが無音の町の中に響き渡り、 その音に気がついた悠希は誰かがいるのだと思い、辺りを見渡し始める。
「…どうしたの!」
すると遠くの方から此方へと向かってなりふり構わず、必死になって走ってくる清香の姿があり、それに気がついた悠希は清香に届くような声で叫んだ。
「っ!」
今まで下を向いていて前を見ていなかった清香はその声に反応するように顔をあげた。そして自分が進む方向に悠希の姿があることに気がついた清香は真っ青な顔色をし、慌てたように来た道を戻ろうと悠希に背中を向けて走り出した。
「ま…っ!」
待ってと叫びつつ清香の事を追いかけようとした悠希。だがその直後、清香の向いた方向に何の前触れもなくササが姿を現したために悠希は驚きのあまりその場に居続け、走り出した清香はというと直ぐにササにぶつかってしまい走ることが出来なかった。
「…追いかけっこはおしまい。城に戻ってもらうよ」
ぶつかったことで恐る恐る顔をあげた清香はササが視界に入った瞬間、真っ青な顔をしたまま息を飲み、そんな清香を見てササはにっこりと微笑んで腕を掴んだ。
「っ…いや」
清香は腕を掴まれ、涙目になりながら蚊の鳴くような声でそう言い、抵抗した。
「…仕方ない」
そんな清香の手をしっかりと掴んだままササは面倒そうにし、清香の首筋に噛みついて血を吸い始めた。
「やめろよ!」
清香が抵抗をし始めた時点で我に返り、清香たちに駆け寄り始めていた悠希はササから清香を引き離そうとした。血を飲んでいたことで気を抜いていたササは意図も簡単に清香の手を離してしまう。
「おい!しっかりしろ!」
引き離した清香を抱き抱え、少し大きめな声で声をかける悠希。だが大量の血を吸われたのか清香は意識を失っていて、清香が悠希の声に応じることはなかった。
「……吸血鬼。その名の通り血を吸う種族だと聞いていたけど襲ってまで吸うなんて間違ってる」
何があったのかササから逃げていた清香の姿を見て察した悠希は、睨み付けるようにササのことを見つめた。
「人間ごときが何故我らが住む町に一人で乗り込んできたのかは知らないけど、間違いだと諭すつもり?だけど残念。餌は餌だ。好きなときに飲んで何が悪い。それにその餌は我らが王の所有物…逃げ出したのだから連れ戻すため、血を吸うのは当たり前」
ササは清香の血がついた自分の唇をペロリっと舐めた後、シルクハットを手にして剣の形へと変え、人間離れした速さで悠希へと斬りかかった。
「っ…」
ギリギリのところで後ろへと後退し、かわす悠希。そんな悠希に向かってササは何度も剣を振るったが悠希は全てかわして見せた。
「人間にしては素晴らしい動体視力と反射神経のようだ。褒めてあげる…でも僕が本気を出したときその餌を抱えたまま何処まで持ちこたえられるかな?」
ササは愉快そうに笑いつつ悠希へと斬りかかり続け、悠希はそれをギリギリのところでかわしていたが突然ササは目にも止まらぬ速さで悠希の背後へと周り、悠希へと斬りかかった。
「っ!」
その事に気がついた悠希はササから離れるが本当にギリギリのところで気がついたのかササの剣は悠希の背中を掠め、その場所からは血が滲んでいた。
「お。殺すつもりで斬ったのに避けるとは流石だね」
痛みに耐えながら片手で清香の事をしっかりと抱え、もう片方の手でペンダントを握りしめるつつ警戒するようにササのことを見つめる悠希。ササは新しい玩具を見つけたようかのにそんな悠希の姿を楽しそうに見つめている。
「でも…餌を抱えたままいつまでもかわし続けるなんて辛いだろうからはやく楽になった方がいいよ。たかが餌である人間ごときが吸血鬼に敵うわけないんだから」
だがササは直ぐに真顔になって悠希のことを見つめ、言葉を続けた。
「…それなら私が相手をしよう」
ササに対する警戒を怠ることなく、清香の事を抱えたままどうするかと考えていた悠希の背後からそう言った男の声が聞こえてきた。
「っ」
ササと悠希がその声に驚いて勢いよく声がした方向へと目を向けるとそこには長身でサングラスをかけた男がたっていた。
「……その娘を連れてこの先にある森の奥にある古城に向かって。きっと助けてくれるから」
男は悠希の横を通りすぎるとき、とても小さな声でそう言いつつ少し長めなクリーム色の髪を一つに纏めて縛り始めた。
「ありがとう。どなたか存じませんが恩にきります」
気配に気づかず、いつから自分の背後にいたのかと考えていた悠希は男の言葉を聞いて我に返り、両手でしっかりと清香の事を抱えて走り出した。
「まて…っ!」
そんな悠希の姿を見てササは静止の言葉を口にしつつ人間離れした速さで先回りをしようとした。しかしそれよりも先に髪を縛り終えた男がササよりも素早い動きで腰に下げていた長細い剣を鞘から抜き、突きつけたのでササは先回りできずに後ろに飛び退くような形で避けた。
「…君の相手は私です」
そんなササに向かって男はにっこりと微笑み、長細い剣を片手で持って構えた。
「でかい図体して僕の邪魔をする…っ!」
男のことを睨み付けるように見つめ、抗議の声をあげようとしたとき男は普通の速さでササの急所を突こうとしてきたため、ササは再び後ろへと飛び退くように避けた。
「お腹はいっぱいだけど寝不足だし、このあとも継続してやらなければならないことがあるんだ。だから君とお喋りしている暇は私にはない…胸を貸してあげるからかかってきなさい」
男はサングラス越しにササのことを冷たい眼差しで見つめる。
「胸を貸してやるだぁ?偉そうにするなっ!」
ササは男の言葉を聞いていらっとし、怒鳴りながら人間離れした速さで男に攻撃を仕掛けた。だが男は人間のそれと変わらぬ速さで数歩動いてそれをかわし、その上でササの急所に狙いを定めて長細い剣で突こうとした。ササは男の剣を避けきれず、体などに切り傷を作るが傷の治りがはやく瞬く間に再生してしまったため、直ぐに男へと斬りかかった。だが男は涼しい顔をして避けたり、長細い剣で受け流したりした上でササの急所を確実に狙っていく。
「…っはぁはぁっ!」
そんな攻防が暫くの間続き、先にねを上げたように荒々しい息づかいを始め、動きが鈍くなったのはササだった。瞬く間に再生するといっても傷ついたときに血は出るため、ササは血を流しすぎたのだ。
「先程の娘が気絶するくらい血を飲んだというのにもうへばったのかい?ああ。そうか。この世界の吸血鬼は我慢せず好きなときに血を飲んでいるみたいだから餓えたことがないんだね」
男はそんなササの姿をサングラス越しにじっと見つめ、吐き捨てるようにそう言った。
「ぐあぁぁぁっ!」
そしてそのすぐ後に素早い動きでササの両目に長細い剣を突き刺したのである。ササはあまりの痛みに断末魔をあげ、血が不足して再生がおいつかないでいる両目からこれ以上、血が出ないようにと手で両目を必死におさえ始める。
「……これで足止めくらいにはなるだろう。この若者の声に反応して住人たちが来ても面倒だ。早々に退散するとしよう」
ササの両目を突き刺した際、男は返り血を浴びて真っ白で軍服のような服と肌を汚すが、特に気にした様子もなく長細い剣振って血を飛ばし鞘に納めると音もなくスッとその場から姿を消したのだった。
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