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全てを思い出してボールを探す為に宛もなく悠希が走っている頃、洋風な建物が建ち並ぶ大きな町の中心にそびえ立つ城の中にある一室の前に青年と少女がいた。
「全く…お情けで此処に置いてもらっているって言うのに子守りの一つもできないわけ?これで五度目なんだけど。脱走したの…お陰で私までかり出されるはめになったではないですか」
少女は黒だがよくみると赤色に見える瞳で高圧的に青年のことを見つめた。少女は青年よりも年下に見えるが何処か大人びていて気品があった。
「……申し訳ありません。ライラ様」
青年は少女のことをライラと呼び、深々と頭を下げる。
「何故小娘一人のためにこの私が…まぁいいわ。近々、人格を壊してしまうという話だし、それまで辛抱してあげる」
ライラは青年の言動を見聞きしていたのかいなかったのか苛立ちを抑えるため、独り言のように呟いた。
「…え。人格を壊すのですか…?」
青年はライラの言葉を聞いて頭をあげ、黒色で長めの前髪から覗くライラと同じ瞳の色をした目をほんの少し見開き、その目でライラの事を見つめる。
「ええ。逃げ出すのなら人格なんて不要だと王が決断なされたのよ」
ライラはウェーブのかかった長い藍色の髪を耳にかけ、青年へと目を向けた。
「……確かにそうですね。人格など必要ない」
青年はライラの返事を聞いて目を細めた。
「反応が薄いわね。人格を壊したらあんたは子守りから解放されるのよ?もっと喜びなさいよ」
ライラは冷めた目で青年のことを見つめた。
「……申し訳ありません。内心では喜んでいるのですがどう喜びを表現していいのかわからなくて」
青年は申し訳なさそうにしながらライラの事を見つめ返す。
「ふーん。そう…それじゃあんた。部屋の中にいて小娘に張り付いていなさい。私は部屋の外にいるから」
青年の返事を聞いて興味を無くしまライラは、青年に向かって高圧的に命令をした。
「…わかりました。失礼します」
青年はライラに向かって一礼したあと、扉を開けて足早に部屋の中へと入った。
「…無愛想な子」
ライラは冷ややかな眼差しで青年の姿を見送りつつ淡々とした口調で呟き、そんな青年が入った部屋は比較的広いが家具は部屋の中央にある大きなベッドしかなく、そのベッドの上には一真っ白なワンピースを身に纏った少女が膝を抱えるようにして座っていた。
「……来て」
青年はそんな少女へと近づいていき、包帯の巻かれた手を掴んだ。そして少女の返事を聞かずにその手を引いて部屋の奥にある浴室へと向かっていった。手を掴まれた少女は手を掴まれたときにビクッと一度だけ大きく目を体を震わせ、大きくて丸い潤んだ黒色の瞳で青年のことを見つめるが抵抗する素振りは見せずにベッドから降りて青年へと着いていく。
「……清香。さっきの話、聞こえてたよな?どうしてちゃんと逃げないんだ」
青年は浴室に入るなり脱衣所で少女の手を離し、濡れない位置に立ってシャワーを最大まで出した。そして手を離した瞬間、脱衣所で立ち止まり俯いている少女のことを清香と呼び、見つめた。
「だ、だって怖かったんだもの」
清香は今にも目から涙が溢れ落ちそうなくらい瞳を潤ませ、怯えたように体を震わせた。
「…怖いのはわかる。だけどその結果、傷だらけの体で今度は人格を壊されるんだぞ?ちゃんと逃げていれば壊されることなんてなかった」
青年は清香のことを見つめ、淡々とした口調でそう言った。包帯が巻かれているのは青年が掴んでいた手だけではなく首などの肌が露出している部分にも巻かれていてとても痛々しかった。
「だって…だって…っ」
青年の言葉を聞いて清香は耐えきれなくなったのか大粒の涙を目から溢し、泣き出してしまう。
「っ…お、おい」
青年は泣き出した清香を見て自分の口調がキツかったのかとぎょっとし、焦ったように清香へと近付いていった。
「あの人たちの姿を見ると思い出しちゃって体が動かなくなっちゃうんだもん!怖いんだもん!」
清香は青年に向かって叫ぶと顔を両手で覆い隠し、本格的に泣き出してしまう。
「っ…な、泣くな」
青年はそんな清香の姿を見て焦り、冷や汗をかいた。だが清香は顔を両手で覆い隠し、泣いたまま青年に応じようとはしない。
「……今度は俺も一緒に行ってやる。だから泣き止め」
そんな清香の姿を見て青年は少しの間、何かを考えた。そして決意したのか真剣な表情をし、清香の事を見つめた。
「え、でもそれじゃあライト君は…?」
清香は青年の決意を聞いて耳を疑い、顔を覆い隠すことを止めて涙で濡れた顔を青年へと向け、青年のことをライトと呼んだ。
「居場所なくなるだろうな。確実に…でもいいんだ。いても奴隷みたいな生活送ってただけだし、それに人格壊されるなんて話聞いちゃったら他人事じゃないし、見過ごせない」
ライトは清香の頭へと手を伸ばし、優しい手つきで撫でてあげる。
「ライト君…」
清香は自分と一緒に逃げてしまったライトのその後を心配し、涙目でライトのことを見つめながら弱々しくライトの名前を口にした。
「心配すんな。あんたの安全が保証できたら誰も訪れそうにない山か森の中で自給自足の生活送るから」
ライトは清香の頭を撫で続けながらにっこりと微笑んだ。ライトの笑みを見て清香は微かに頬を赤く染め、俯いてしまう。
「……さ。そうと決まれば此処から脱出するぞ。日中の今なら城にも町にも防衛しているやつらしかいない筈だ」
ライトはそんな清香を気にも止めずに頭を撫でることを止め、清香の事を抱き上げた。
「わぁっ!」
抱き上げられた清香は驚いて声をあげるが暴れることはなく大人しくし、清香を抱き上げたライトは清香の声に反応することなく近くにあった窓を開け、そこから外へと出た。清香たちがいた部屋は城の中でも高い位置にあったが、ライトはその高さをものともせず静かに着地し、その後直ぐに城の敷地内から出ようと走り出したのである。その走りの速さは普通の人間では真似することが出来ないほど速く、そんなライトに振り落とされないよう清香はしっかりと抱きついている。
「っ…」
城の敷地内を出る寸前、その行く手を阻むかのように短刀が飛んできた。その事に気がついたライトは立ち止まり、短刀はライトの足元に突き刺さる。
「……いけないですね。家畜の癖に餌を連れ出すとは」
その短刀を見て息を飲むライト。そんなライトを嘲笑うかのようにそう言った男の声が辺りに響き渡った。
「ササ…」
ライトが声のした方向へと目を向けるとそこにはシルクハットを深々と被った少年が一人、城を囲う高い塀の上にたっていてライトはそんな少年のことをササと呼び、警戒するように見つめた。
「五度も脱走したって話を聞いてまさかと思って見張っていたけどやっぱりお前が手を貸していたんだね。餌が一人で脱走を試みるなんて無理な話だもんね」
ササはにっこりと微笑み、何処か面白おかしくしながら地面へと飛び降りた。
「……先代の血をひいているから今部屋に戻れば鞭叩き百回で許してあげるよ。セルウス。はやくお戻り」
今までの件、疑われていたのかと険しい表情をするライト。ササはそんなライトのことを微笑んだまま見つめ続ける。
「悪いけど戻らない。こいつはあるべき場所に帰す」
ライトはササのことを警戒し続けながら清香の事を地面へと降ろした。
「なら…仕方ないね」
ササはライトの返事を聞いて真顔になり、被っていたシルクハットを手に取った。するとシルクハットは杖にも見える剣の形へと変わった。
「お前を今ここで半殺しになるまで痛め付けて餌を持ち帰るとしよう」
そしてササはライトやライラと同じ色をしている瞳でライトのことを見つめつつそう言うとその剣を使い、人間離れした速さでライトへと斬りかかったのである。そんなササを見てライトは清香の事を突き飛ばしつつササに負けないくらい人間離れした速さで先程、地面に突き刺さった短刀を手にし、ササの剣をその短刀で受け止めたのである。
「此処からは一人で行け!清香!」
ライトに突き飛ばされ、小さな悲鳴をあげながら尻餅をつく清香。剣を両手で持ち、体重をかけてライトを追い詰めるササ。そんなササの剣をライトは押し返すことも出来ず、少し険しい表情をしてギリギリのところで保ちながら清香に向かって叫んだ。
「で、でも…」
ササに対して怯え、震えている清香は涙目でライトのことを見つめる。
「っ…見てわかんねぇのか。足手まといなんだよ!俺が相手をしている間に逃げろっていってんだ!
ライトはそんな清香に対し、怒鳴った。
「…ご、ごめん、なさいっ」
清香はライトの怒鳴り声を聞いてビクッと体を震わせた後、謝罪の言葉を口にしつつ立ち上がり、恐怖と戦いながら走り出して城の敷地内から出ていった。
「……身を呈して守る…知らなかったよ。お前があの餌に惚れているなんて」
清香がその場から去ったことで内心、安易するライト。そんなライトを見てササは口角をあげてに笑った。
「っ…んなわけねぇだろ!」
ライトは鋭い目付きでササを見つめ、声をあげると自分が出せる最大の力を出してササの剣を押し返した。
「俺が…俺がしたいのはただのふく…っ!」
押し返されたことにより二、三歩後退するが何処か不敵な浮かべるササ。そんなササの表情に気づかず、ライトが言葉を続けていると突然お腹に衝撃が走り、ライトは口から血を吐いてしまった。
「…かぁ、さん…」
ライトが恐る恐るお腹へと目を向けると背後から刺されたのかライトのお腹には剣が突き刺さっていてその剣が抜かれた直後、ライトは蚊の鳴くような声で呟きつつその場に倒れ、気を失ってしまう。
「遅いよ。ライラ」
ササはライトを刺した人物を呆れたように見つめつつ剣をシルクハットに戻し、被った。
「遅いって…酷いわ!ササ!これでもいなくなったことに気がついたあと直ぐに追ってきたのよ!それにライトが怪しいなら怪しいって前もって言っておいてくれたっていいじゃない!」
ライラは苛立ったようにライトの血がついた剣を腰に下げていた鞘にそのまま納めてから、ササのことを睨み付けるように見る。
「教えてあげてもよかったけどライラ、隠し事苦手でしょ」
ササは呆れたようにライラの事を見つめ続ける。
「うっ…それはそうだけど…」
ライラは図星をつかれ、ばつが悪そうにする。
「…僕は今からあの餌を追う。ライラはこいつを地下牢に閉じ込めといて。餌を捕獲したら今回の件、お仕置きするから」
そんなライラを見てササは笑った後、冷たい眼差しでライトを見る。
「わかったわ。そのお仕置き、あたしにも参加させてね」
ライラは頷いた後、ライトが着用する服の襟を掴んだ。
「勿論。参加させてあげるよ。それじゃ僕はいくから」
ササは清香とのおいかけっこを楽しもうとにっこりと微笑み人間離れした速さでその場を後にし、ササの返事を聞いて気を良くしたライラは鼻唄まじりでライトのことを引きずり、城の中へと向かったのだった。
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