ーそして、息子と親友(ダチ)になるー
これは、マザコン男の挽歌である。
―――俺の名前は桐川正一郎、45歳しがないサラリーマンだ。
今、俺は短期出張のため、新幹線に乗っている。
プシュッ!と缶酎ハイを開ける。チーカマを食いながら、くいっとイッパイやっているとこだ。
10年前に家はローンで購入、学生時代に付き合ってた今の妻、綾香と結婚をし子供も二人も生まれた。家のローン以外は何不自由なく幸せな人生を送っている。予定のはずだった。
現実はそんな甘くない。
結婚してまもなく最初の男の子が誕生した。俺は飛び上がる様に喜んだ。が、しかし嬉しい反面、結婚一年目の俺には重く、負担がかかり二人目の女の子には更に負担が二重に重くなる。それでも、父として男として家庭に金をぶち込んでギャンブルも酒も控えてきた。
今や、上の子は17歳、高校入っているが何しているかわからない。
しいていうならば、部活を止めてしまったことで、俺は理由も聞かずにぶっ飛ばしたままだった。下の子は、中二のくせに色気づきやがって化粧を始めた。
振り返ると家庭不和だ。嫁の綾香も俺にあまり関わらず、家庭内では村八分。気づいた時にはベッドも別々にされていた。朝早く出ていき、夜は家族で食卓を囲むことなくレンチン晩御飯程度。
会社は大手企業、といえば聞こえはいいが所詮歯車の一つに過ぎず、何かあればすぐに部品交換のように平気で左遷を下してくる。必死に頑張ってもベースアップは雀の涙程度だ。
俺もそうならないようにYESMANであり続けるため、このような一か月家を開けるという出張も家族に告げず外出中ということになっている。
「ふぅ…。」
たまの酒の味は、格別にいい。なぜなら、サボっている自責の鎖を取っ払ってくれるからだ。
つまみをとりながら山に沈む夕日と別れを告げる。
空は金色と朱色の互いの境界線が列をなして花いちもんめをしているようだった。
花いちもんめか…。
ゆっくりと瞼を閉じると遠い記憶の彼方に追いやっていた懐かしい思い出が蘇る。
つい先日なくなった母親の思い出を思い返していた。
「ーちゃん、しょうちゃん!」
頬に伝う涙でふと我に返る。
パッと瞼を開けると、横には見慣れない女性が座るのを伺っていた。
「隣、よろしいかしら??」
「あ、はい。すいません。どうぞ?」
俺は慌てて脱ぎ捨ててあったスーツをカーテンの近くにあるフックにかける。
「ねぇ、正ちゃん。あなた今、幸せなの?」
女性は俺の愛称のような名前で呼んでいた。母と綾香以外呼ばれたことがない。俺自身、キャバクラやクラブなどの酒の付き合いはしてきたが、こんな綺麗な女性は知らない。知らないがどこか懐かしい。
「き、君は誰だい?」
「『君は誰だい?』だって、正ちゃんらしくもないわねぇ~。」
「いや、すまん。俺は君の事を知らないんだ。」
「自分の母親の顔を忘れちゃったの?」
「はぁ??」
「どうせ信用してないでしょうね…。まぁ神様にお願いして息子に会いに行くことを許可もらったのよ。」
「あんた頭大丈夫か?」
「あらやだ!まだ信用してないのね!!ほら見なさい!胸に黒子があるでしょ?ここを思い出さないの??」
ガサッと服を開いて見せてきた。俺は年甲斐もなく目を覆うようなリアクションをしてしまった。
「そんなの誰でもあるだろーが。」
「じゃあ、これは??」
うなじにある火傷をみせられた。
この火傷は、小さい頃に台所に入っちゃいけないと言われていたにもかかわらず、俺がふざけて入った時、お袋が身体を張って庇ってくれた時に出来た傷跡だった。
「お、ふくろ…?」
「そうよ。いい加減信じなさい。」
「いやいやいや。普通に考えて死者が化けて出るってどんだけ現世に未練あるんだよ!」
「あるに決まっているじゃない!!あんた!ソラをぶっ飛ばしたでしょ?!」
「ああ、それがどうした?」
「あんたお父さんでしょ!?なんで聞いてあげないの!?」
「頭を茶髪にしてピアスしてきたら、ぶっ飛ばすだろ!」
「何その前時代的な考え方!!もう年号も跨いじゃっているのに!!」
「それと綾香さんと仲良くなんで出来ないの?あんたのことずっと支えてきた女の子でしょうよ!」
「女の子っていう年でもねーぞ…。」
「あんた、ばーかーだーねぇー!」
「馬鹿じゃねぇよ!ていうか、こんだけ口論してて他の客に迷惑だろ!!駅員こねーのもおかしくないか!!?」
俺はバッと席を立つと何事もなかったかのように静かだ。聞こえてくるのは空調のゴーッという静かな機械音のみだった。
「どうなっているんだ?」
「簡単なことよ?魔法でやったらちょちょいのちょいよ!?」
「ふーん…。表現がなんていうか、古いな。見た目が若くなっても中身はババァだな。」
「ねーー!!親にそういうこと言っていいと思っているの??」
「うるせーな!俺は今日から出張なんだよ!」
「出張なんてやめちゃいなさい。」
「出来たら苦労しねーんだよ!!」
「あらそう?じゃあ、ちちんぷいぷいのぉ~ほい!!」
「そんな掛け声で魔法がかかるんだったら、日本の経済もバブリーな時代に戻してくれよ!」
「それは無理。だけど、ほら?ケータイなっているわよ?」
「んえ?」
マナーモードにしてあったスマホをみると、部長からの電話だった。
青ざめた俺は慌てて、デッキに移動した。
「はい!桐川です!」
「あぁ~桐川君か、明日からの出張の話なんだけど、他の現場の人間と連絡取れたから君行かなくてよくなったよ。それとね、最近役人がうるさいからね。君の有給休暇を消化させることにしたよ。だから、一か月くらい?かな?少し羽を伸ばしておいで!」
「え?部長!?ええ??」
「そんな嬉しがらなくていいから!休み明けまた頼むよ!!それじゃ!!」
「ちょ!ぶちょ…」
ツーツーツー
一方的に切られてしまった。
どうなっているんだ!!?おふくろ!!?
慌てて席に戻るとおふくろなる女は俺の缶酎ハイと他に買っておいたチータラに手を伸ばしていた。
「おい!!あんた!!」
「あんたって失礼ね!?雅子という名前があります!」
「どうでもいいわ!!なにやったんだ??」
「魔法!」
「はぁ???」
「それとね、あんた、一か月間、一緒に住むから。」
「なんで???」
「それと、ソラちゃんと同じ高校に通ってもらいます。」
「どうしてだよ!」
「それは内緒☆彡」
「それじゃあ時空を開けまぁす!」
「お、おい!!」
車両のガラスに向かって指でふわーと描いた。
するとどこかに繋がっているような輪っかを作り、おふくろなる女は俺の腕を引きそのまま飛び込んでいった。