*** 97 大地の鍛錬 ***
「それになガリル。
賃金を払って貨幣経済を導入すると、どうしても不満が出て来るんだよ。
あいつは俺より働いていないのに、何故俺と給金が同じなんだとか。
それに、体が大きかったり力が強かったりすると、その分多くの給金を欲しがるだろ。
そうすると、体が大きくて強い奴は金持ちになり、小さくて非力な奴は相対的に貧乏になるんだ。
これは、階級制なんかに繋がって、将来のこの村に禍根を残すことになりかねない。
だから、2割の働かない者を許容するのも、それなりに意味があることなんだよ。
もっともあまりに酷い奴は、元の村に帰って貰うこともあるけど」
「はは、さすがは1万人の村を束ねる長でいらっしゃる。
ガリルや、使徒さまのこのお教えをよく覚えておきなさい」
「そうだね。
ダイチ、貴重な話をどうもありがとう……」
「それじゃあちょっと食堂街を覗いてみようか。
今は主に休暇中の連中がゆっくりと食事を楽しんでいるはずだ」
一行がダンジョンの入り口前に来ると、岩山の山頂に旗が立っているのが見えた。
その旗には、細長いサンマらしき絵と、アルス語で『サンマ入荷しました♪』の文字がある。
また、大きく『2番会場』とも書かれていた。
「ははは、さっそくサンマを焼き始めたか。
サンマを焼くときの煙ってすごいからな。
風向きによってサンマを焼く場所を変えているんだよ。
ちょっと見に行ってみないか?」
ダンジョン入り口のある小高い岩山の反対側、西に向いた広いテラスになっている場所の入り口には、大きく『2番会場』と書かれていた。
中に入ると、テラスの端には大きなバーベキューグリルがずらりと並び、その中では炭が赤々と燃えている。
40台ほどもあるグリルのうち20台には金網が置かれ、その上ではサンマが盛大に煙を出していたが、煙は西の何もない方向に流れて行っている。
そのグリルの東側には多くのエプロン姿の中型種族が張り付いていて、トングでサンマをひっくり返しながら焼いていた。
その後ろにはテーブルがあって熱の魔道具で温められている皿が並び、テーブルの手前には大勢の客が整然と列を作っている。
「サンマ10尾焼きあがったよー!」
「「「 わぁーい♪ 」」」
調理人がトングで挟んだサンマを皿に乗せると、別の料理人が大根おろしを皿に乗せて客に渡す。
よく見れば、調理人たちは皆水泳用のゴーグルのようなものをつけ、マスクもしている。
別の10台のグリルの上には鉄板が置かれ、先ほどのカジキやスズキなどの魚がソテーされていた。
「こっちのグリルはカジキ焼きのレアだよー!
ウエルダンがいいひとは隣のグリルだよー!」
「こっちはスズキ焼きのレアで、隣はスズキ焼きのウエルダンだよー!」
「お刺身がいいひとはこっちだよー!
ワサビが欲しい人は自分で器から取ってねー!
お醤油はテーブルの上に置いてあるよー!」
もちろんレアや刺身は『クリーン』の魔道具で寄生虫も排除済みである。
「ねえねえ、タマさまがワサビは魔人の食べ物だって言ってたよ」
「心正しき者が食べると、あまりの辛さに踊り出すんだって」
(タマちゃん…… また余計なことを……)
「だ、ダイチ殿、あの竈はもしや……」
「鉄製のグリルだね。
上に乗ってる網も鉄製だな」
「そ、それにあの『ぐりる』の中で燃えているのはもしや炭では……」
「そうだ会頭さん、炭でサンマを焼いてるんだ。
炭の方が薪よりも火力が強くて早く焼けるしね。
それにさ、サンマの油が焼かれて炭に落ちた時に煙が出るだろ。
この煙の臭いがサンマに付くと、実に香ばしいいい香りになるんだよ」
「そ、そのように貴重なものを料理に使うとは……」
少し離れたテーブルでは、エプロンを付けた調理人が声を上げている。
「はーい! サンマをここに持ってきたら、身をほぐしてあげるよー!」
その広場には、大きなテーブルと大きなベンチのセット、中ぐらいのテーブルセットに小さなテーブルセットと、各種族の大きさに配慮した食卓が用意されていた。
グリル前のテーブルでは、犬人族の親子が嬉しそうに焼きサンマの皿を受け取っている。
「さあ、あそこのテーブルにサンマを持って行くと、箸で身をほぐしてくれるぞ」
「お父ちゃん、おいら小学校で箸の使い方を習ったから、みんなのサンマはおいらがほぐしてあげるよ」
「ほう! お前、箸が使えるようになったのか!」
「うん、上手だって先生に褒められちゃった♪」
「そうか、父ちゃんも今度大人学校に行って、箸の使い方を教わって来ようかな」
「それがいいかもね。
なにしろ、ダイチさまや淳さまやスラさまや、タマさままで箸を上手に使ってるでしょ。
だから、今ダンジョン村ではみんなが箸の使い方を練習してるんだって」
「そうか……」
別のテーブルでは、鹿人族の親子がサンマ焼きを食べ終わっていた。
「さあ、それじゃあみんなお皿を持って、あそこのグリルに行きましょう。
残ったサンマの頭と骨を焼いて、『ほねせんべい』を作ってくれわよ」
「お母ちゃん、あのほねせんべいって美味しいよねー♪」
「それに、骨は体にもいいんですって。
あなたの角ももっと大きくなるわよ♪」
「うん!」
別のテーブルの前では、ゴブリン族の男の子が転んで皿を落として泣いている。
すぐに会場係の猫人族のお姉さんが走って来た。
「だじょうぶかにゃ! 怪我はないかにゃ!」
「う、うん。怪我はしてないけど……
で、でも、せっかくのサンマが泥だらけになっちゃった……
う、うぇぇぇぇ―――ん」
「大丈夫にゃよ。
あそこのクリーンの魔道具に入れれば、すぐに綺麗ににゃるから食べられるようになるにゃ」
「ほ、ほんと?」
「ほんとにゃよ。
それじゃあ一緒に行くにゃ♪」
「うん!」
そうした光景を、ブリュンハルト商会の一行は驚きをもって見ていたのである。
「だ、ダイチさま、こ、ここにいるみなさんは一般の村人なのですかの……」
「そうだ。
それにウチの村には一般の村人しかいないぞ」
「ということは、ここに引っ越して来れば我らも我らの家族も皆……」
「もちろんそうだよ隊長さん。
住む場所がここからどんなに遠くても、村中に『転移の輪』があるから、いつでも来られるぞ」
「…………」
そのときダンジョン村にシスくんのアナウンスが流れ始めた。
『モンスター戦士の方々にお知らせします。
あと15分ほどでダイチさまとの鍛錬が始まりますので、収納庫内特別鍛錬室にお集まりください……
繰り返します……』
「さて、それじゃあ我々も鍛錬室に行こうか」
「ああ……」
ダンジョン入り口前広場にある転移の輪を潜り、大地たちは鍛錬室に移動した。
そこは岩の壁に囲まれた100メートル四方ほどの部屋であり、床も高い天井も全て岩で出来ている。
壁の一面には、地面から5メートルほど上がったところに観客席が作られていた。
「みんなはこの席で鍛錬の様子を見学してくれ。
ここは俺が結界を張るから安全だぞ」
「わかった」
結界を張ると大地は鍛錬場の中央に転移した。
周囲には続々とモンスター戦士たちが集まって来ており、種族別に並んで大地を取り囲んでいる。
それぞれの種族の族長たちが、自分たちの種族の人数を数えていた。
数が揃うと族長が手を挙げる。
20本の手が上がったのを確認した族長会会長のゴレム族長が言った。
「ダイチさま。モンスター戦士全員集合いたしました」
「ご苦労、それじゃあ鍛錬を始めよう。
まずは全員戦闘形態になってくれ」
「「「「「 はいっ! 」」」」」
競技用トランクス1枚になった大地を取り囲んだ450体ものモンスターたちが、全員戦闘形態になった。
体も大きくなったために、隙間の空いていた隊列もかなり密集した隊形になっている。
鍛錬を通じて皆レベルが上がっていたために、平均レベルは実に28。
族長たちの中にはレベル40に達しようとしている者もいた。
「いつもの通り最初は順番に俺を攻撃だ。
前列にいるレベル数値の低い者から攻撃せよ。
攻撃後は速やかに脇によけて、次の者に攻撃させること。
それでは俺が10回死ぬまで行うぞ。
準備はいいか?」
「「「「「 おう! 」」」」」
「それでは攻撃開始!」
ケイブバット族とハーピー族が上空に舞い上がった。
フレンドリーファイアを避けるために、ほぼ真上から大地にファイアボールとウインドカッターを放つ。
その攻撃を、大地はいつものようにガードもせずに全て受ける。
ケイブバット族とハーピー族の空爆が終わると、18の種族が前列から順番に大地に襲い掛かかった。
攻撃を終えた者はすぐに後ろに下がって、次の者のためにスペースを開ける。
やがて全員が攻撃を終えると、そこにはボロボロになった大地が立っていた。
「それじゃあまだHPが残っているから、前列の者からもう一度攻撃を開始しろ」
「「「「「 おう! 」」」」」
まもなく大地のHPがゼロになり、光のエフェクトと共にダンジョンに吸収されていく。
別室にリポップした大地は、エネルギーゼリーとスポドリを飲み、すぐにまた鍛錬室に転移した。
「それじゃあ2回目始め!」
「「「「「 おう! 」」」」」
再び同様の攻撃が繰り返される。
中には途中で光のエフェクトと共に一回り体が大きくなるものもいた。
レベルアップを繰り返した結果、進化したのだろう。
1時間ほどで、大地の10回のリポップが終わった。
「次は俺も攻撃するぞ。
もちろんいつも通り反撃しても構わないからな」
「「「「「 おう! 」」」」」
ケイブバットとハーピーたちがまた上空に舞い上がる。
「それじゃあ、『痛覚低減』……
戦闘開始っ!」
バリバリバリバリバリ……
ピシャァァァ――――――ン!
広域魔法『サンダーレインLv8』がモンスターたちを襲った。
落雷の音は普通『ドーン!』と聞こえるが、あれは遠方に落雷した場合である。
100メートル以内に落雷があった経験を持つ者は、そのときの音が『ピシャァァァ――――ン!』という、何かが弾けるような音であることを知っている。
また、岩場に落ちた雷の電荷は、すぐには地中に吸収されずにまるで蛇か竜のように地を這うことがある。
1度の落雷で数十人が死亡するケースは、運悪くこの地を這う雷の進路上にいた場合だった。
まずは空中にいたモンスターたちが雷に叩き落とされ、黒焦げになって消えて行く。
かろうじてフラフラと空中に留まっているのは、族長クラスの猛者たちだけだ。
また、地面にいたモンスターたちも、或る者は頭上からの雷の直撃を受けてチリになり、また或る者は地を這う100本以上の雷を浴びて黒焦げになっている。
残っているのは、やはり後方にいた猛者たちだけだった。
「爆裂火球ストームLv8……」
その生き残りたちを無数の火球が襲った。
地面やモンスターに着弾するたびに火球が炸裂して、岩もモンスターも粉々にしている。
その粉塵の中から、ただ3体、ゴレム族長とラッピー族長とスラ太が現れて、ボロボロになった体でダイチに弱々しい攻撃を試みた。
むろん大地はこれをパリイで弾いている。
「お前たちも強くなったな……
それじゃあ『ラーバストームLv9』……」
残った3体のモンスターを、溶岩の嵐が襲う。
さすがに屈強なモンスターも、時速200キロで襲い来る溶岩弾に飲み込まれて消滅していった……
「『魔法現象消去』…… 『修復』……」
鍛錬室の火や溶岩が全て消え去り、床や壁も修復されていく。
間もなくモンスターたちが全員その場にリポップされて来た。
「『心の平穏』……」
モンスターたちが白い光に包まれる。
「よし、今、ゴレム族長とラッピー族長とスラ太が俺に反撃して来たぞ。
次は他の者も反撃出来るよう頑張ってみろ」
「「「「「 は、はい…… 」」」」」
「あと1回全滅したら、小休止して軽食と水分の補給だ。
それでは鍛錬を再開する」
再び大地の攻撃が炸裂した。
それはサンダーストームだったり、アイスジャベリンシャワーだったり、爆裂大火球だったりしたが、やはりほとんどのモンスターが瞬時に消滅して行っている。
モンスターたちがリポップすると、すぐに『心の平穏』魔法がかけられ、エネルギー補給や水分補給を経て、10回の全滅が終わった。
「よーしみんなお疲れさん。
最後にはミノ太郎族長や、スネーキー族長や、アラクネル族長も反撃出来るようになってきてたじゃないか。
そのうちに俺も4回の攻撃が必要になりそうだな。
みんな頑張ってるよ。
それじゃあ、村に戻ってゆっくり休んでくれ」
モンスターたちは通常形態に戻ってがやがやと解散していった。
5人の族長は、種族の皆に称賛されてテレている。
スラリンはまたも超ドヤ顔になっていた……
えー、だいぶ書き溜め在庫も減って参りましたので、来月からは、火、木、土、日と、週4回更新にさせて頂きますです。
悪しからず。