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*** 95 紅茶淹れ *** 

 


「それでは昼餐のお返しに先ほどの茶器で俺が茶を淹れてみよう。

 よかったら、侍女さんたちや執事さんたちもよく見ていて覚えてもらえるかな。

 ストレー、ここに茶器を2セットと魔道具を出してくれるか」

(返事は皆に聞こえるように頼む)


(畏まりました)


「い、今頭の中に響いて来たお声はもしや……」


「俺の村にいる仲間の声だ」


「な、なんと便利な……」


 その場にまたティーセットが現れた。



「さて、誰か執事の方、このバケツに井戸水を汲んで来てくれないか?」


「こ、これは…… 不思議な材質の器ですな……」


「それは『ポリバケツ』と言って、私の国ではかなり一般的なものなんだ。

 軽くて壊れにくくて便利だから、いくつか置いていこう。

 水汲みがかなり楽になるな」


 若い執事が頭を下げて、非常に軽いバケツに目を丸くしながら水を汲みに行き、すぐに帰って来た。

 大地は、その間にプラスティックの柄杓とガラスのコップを用意している。


「さてと、まずはこの水をこの『浄水の魔道具』のこの上の部分に入れよう」


 そうして魔道具に付いているコックを捻り、下の蛇口から出て来た水をガラスのコップで受けた。


「元の井戸水と、この浄水された水を飲み比べてみないか?」


「こ、これはガラスか?」


「そうだな」


「な、なんと美しい……

 それにみんな形が揃っている……

 これだけでひと財産だ……」


「まあ、まずは井戸水から飲んでみてくれ」


 みんながコップに入った井戸水を口にした。


「ふむ、いつもの井戸水ですな。

 井戸水の味と香りがする」


「それでは次に浄水された水を試してみてくれ」


「む、これは完全に無味無臭だ」


「川で汲んで来た水に似ておりますの……」


「井戸の水は長い間地面の中にあったろ。

 だから、地面の中のいろいろな成分がほんの少し溶け出しているんだ。

 ミネラルって言うんだが、それで僅かながら味が感じられるんだ。

 この浄水の魔道具は、井戸水の中から純粋な水だけを取り出しているんだよ。

 川の水はあまり地面の中にはいなかったから、このミネラルが少ないんだ」


「ということは、例えば雨の後で濁った川の水でも、この『まどうぐ』を通せば綺麗になって飲めるということか」


「そうだなガリル。

 やったことはないが、たぶんワインを入れても水が出て来るぞ」


「そ、それ、試してみてもいいかな……」


「はは、それじゃあやってみようか」


 執事がワインの入った壺を持って来た。

 そのワインを浄水の魔道具の上部タンクに入れてコックを捻ると、蛇口から無色透明な水が出て来る。

 ガリルがその水を口にした。


「水だ……

 な、なあ。

 あのワインの赤い色はどこに行ったんだ?」


「水以外の成分はこの箱の中に溜まっているんだ」


「本当だ。何か赤黒い粉がある。

 こ、この粉に水を注いだらワインになるのかな」


「たぶんワインにはなるだろうが、酒精は相当に減っているはずだ。

 酒精は蒸発しやすいからな」


「ふむ、ちょっと試してみよう」


 ガリルが赤黒い粉末をコップに入れ、水も入れてかき回している。


「うむ、確かにダイチの言うようにワインらしき味はするものの、酒精はかなり減っているな。

 これではまるでブドウのしぼり汁だ」


(あ、これ、水を100%抽出するんじゃなくって、水を70%抽出しろっていう魔道具って出来ないかな。

 もし出来たら、蒸留酒を作るときの面倒な蒸留の手間が無くなって相当に便利だぞ……

 こんど妖精たちに聞いてみよう……)



「それじゃあ紅茶淹れに戻ろう。

 まずは普通に湯を沸かそうか。

 もちろん竈で湯を沸かしてもいいんだが、今はこの『熱の魔道具』を使ってみるぞ。

 ストレー、アルミ合金のケトルを出してくれ。

 魔道具もケトルも2つずつ頼む」


(畏まりました)


「き、金属の湯沸かし道具……」


「これは鉄製じゃあなくってアルミっていう金属で出来たケトルなんだ。

 あ、もしあったとしても、鉄のケトルは茶に使わない方がいいな。

 鉄の成分が茶に流れ出て茶の色が悪くなるんだ」


「そ、そんな国宝級の道具なんか無いから心配は要らないよ」


「はは、それもそうか。

 お、湯が沸いたな。

 それではまず6人分の茶を淹れよう。

 湧いた湯をティーポットとカップに注いで温めておくぞ。

 そうして、もういちど湯を沸かし始めて……


 もうポットが暖まったかな。

 それじゃあポットの湯を棄てて茶葉を入れてと。

 だいたい1人分でこのスプーン山盛り1杯だから、今は6杯入れるぞ。


 そうして、実際に茶を淹れるための湯は、沸騰したらすぐに一気にポットに注ぐこと。

 一気に注ぐと、その勢いで茶葉がかき回されてよく味や香りが出るからな。

 このとき沸騰し過ぎた湯では茶の味が落ちるから気をつけてくれ。


 さて、湯を注ぎ終わったら、ポットをこのティーマットの上に置いて、さらにティーコジーを被せてポットが冷えないようにして……

 それでこのまま4分待つから、この砂時計の4分計を使おうか」


「な、なあダイチ、『よんぷん』ってどういう意味なんだい?」


「朝太陽が出てから翌朝また太陽が出るまでの時間を1日とするだろ。

 それを24で割ったものが1時間だ」


「我々も24で割って、それを『1刻』と呼んでいるがな」


「そうか、それじゃあ1刻は1時間とおなじなんだな。

 それでその1時間を60で割ったものが1分になるんだ。

 この砂時計の上の部分の砂が下に落ち切ったときがだいたい4分だ」


「なんとまあ……

 茶を淹れるためだけに、こんなガラスまで使った精巧な道具を作るとは……」


 ガリルの長男が近寄って来て、砂時計をキラキラした目で見つめている。


(はは、俺も子供の頃は砂時計を何度もひっくり返してずっと見ていたっけ……

 砂時計って不思議な魅力があるんだよな……)



「さて、4分経ったか。

 それじゃあポットの蓋を開けて、この長いスプーンで1回だけかき混ぜて……

 それから湯を棄てたカップに茶漉しを使いながら注いでいくんだが、少しずつ3回ぐらいに分けて順番に注いでいくんだ。

 そうしないと最初に注いだ茶と後から注いだで濃さが違ってしまうからな。

 もちろん最後の1滴まで注ぐぞ。

 この最後の1滴が一番旨いって言われているんだ。

 さあ出来た。

 みんな試してみてくれ」


「な、なんだこの茶は……

 なんという綺麗な赤い色をしているのだ。

 まるでルビーを溶かしたような色だ……」


(やっぱりルビーはあるのか……)


「この器の内側が真っ白なのは、この色を楽しむためのものでしたか……」


「さすがは会頭さんだな。

 それから、このカップが横に大きくて浅いのは、より香りを立たせてそれを楽しむためのものなんだよ。

 さあ、最初に色と香りを楽しんだら、冷めないうちに飲んでみてくれ」


「飲んでしまうのがもったいない気もしますの……」


「はは、それでも冷めると味が落ちるからな。

 子供たちはもう少し冷めてからの方がいいだろう」


「それでは頂きましょうかの。

 う、旨い! な、なんだこの旨さは!

 こ、これが茶だというのか……」


「気に入っていただけてなによりだ」



 ふーふー息をかけながらカップに口をつけた子供たちが、少し顔を顰めている。


「子供たちにはまだこの味は少し苦かったかな。

 ストレー、砂糖壺とミルクを」


(畏まりました)


「さあ、砂糖とミルクを入れてあげよう。

 砂糖はこのスプーン1杯か2杯、ミルクはお好みだな」


「なんと……

 茶に砂糖を入れるですと……」


「そうだ、これはこの茶の正式な飲み方でもあるんだよ。

 よかったらみんなも試してみてくれ」


「砂糖か……

 まるで金貨を溶かして飲んでいるようなもんだな」


「さ、砂糖までこんなに真っ白で美しいのか……」



「お母さまっ! これすっごく美味しいっ!」


「まあまあ、本当に美味しいわ。

 でも困ったわね。こんな贅沢を子供の内から覚えてしまって……」


「はは、奥さま。

 私の国では、この砂糖壺1杯の砂糖が、だいたい銅貨1枚ほどで買えるんです」


「えっ……」


「確かに砂糖の摂り過ぎは体には悪いんですが、1日に1杯程度でしたら何の問題もないですよ。

 ストレー、砂糖の1キロ袋を10個ほど出してくれ」


(畏まりました)


「もしよろしければ、こちらをお使いください」


「まぁ…… まぁ……」



「さて、それでは侍女と執事の皆さん、練習としてこの紅茶を淹れてみてください。

 もちろん出来た茶は皆さんで飲んでくださいね。

 ガリル、構わないかい?」


「あ、ああ、もちろん」


「砂糖もミルクも使って構いませんから、どうぞこの紅茶を楽しんでください」


「で、ですがダイチさま。

 ご主人一家の方々と同じ茶器を使うなどということは……」


「ストレー、白無地のティーセットを2つ」


(はい)


「それじゃあ、このティーセットは執事さんと侍女さんたちに差し上げましょう。

 この砂糖も。

 ミルクは保存が効きませんから自分たちで用意してくださいね」


「あ、あああ、ありがとうございます……」



「さて、それじゃあガリル、中庭に戻って商談・・を続けないか?」


「ああ……」




「ところでバルガス隊長さん。

 護衛隊にはいくつ分隊があるのかな?」


「全部で8つの分隊がございます」


「それじゃあ、分隊長さんが全員俺の村に行っても、ここで指揮を執るひとがいなくなっちゃうから、4人の分隊長さんを連れて行ったらどうかな。

 もちろんそれ以外にも護衛は何人いてもいいぞ。

 ガリルもそれでいいかい?」


「もちろんだ」


「それでは4人の分隊長に加えて、それら4分隊から3名ずつ合計16名の護衛を連れて行ってもよろしいでしょうか」


「もちろん」


「ダイチ殿、それにしてもどうやって貴殿の村に行くのでしょうか。

 ガリルによれば、少なくともここから歩いて25日はかかるとのことでしたが、それだけの期間この商会を留守にするわけには……

 それに食料などの準備もありますれば」


「俺たちには『転移の輪』という魔道具があるんだ。

 だから、行くのも帰って来るのも一瞬だから心配は要らないぞ。

 まあ実物を見せようか。

 ストレー、エフェクト無しの転移の輪をここに出してくれ」


(畏まりました)


 その場に直径2メートルほどの輪が現れた。


「こ、これは……」


「輪の向こうに景色が見えるだろ。

 あれが俺の村なんだ」


「な、なんと……」



「ジョシュア、第2から第5までの分隊長と、それぞれ3名ずつの護衛要員を集めてくれ。

 お前はここに残って護衛隊の指揮を執れ」


「はっ!」


「ジョシュアさん、何か問題が起きたら大きな声で俺を呼んでくれ。

 そうすれば俺の部下が俺に連絡するから」


「畏まりました!」


「それじゃあみんなが集まるまで少し待とうか」


(ダイチさま。

 あと1時間ほどで、時間停止収納庫内の特別ダンジョンでの鍛錬が始まる予定になっておりますが、如何いたしましょうか。

 本日の鍛錬は中止いたしますか?)


「そういえばそうだったな。

 なあガリル、1時間後にいつもの俺たちの鍛錬が始まるんだけど、もしよかったら見学するかい」


「是非そうさせてくれ。

 バルガス隊長も見たがるだろう」


「ストレー」


(はい)


「すまないが、収納庫内ダンジョンの鍛錬室に見学席を作っておいてくれ」


(何人分の席に致しましょうか)


「そうだな、後で追加するのも面倒だから、500人分ほど作っておいてくれ。

 結界は俺が張るから観客席だけでいいぞ」


(畏まりました)





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