*** 9 しっぽはNGだそうです ***
大地は防寒着を着込んで手記を抱えると、収納庫を出てタマちゃんと一緒に山小屋に戻った。
デジタル時計を見ると、やはりまだ前日の19時過ぎのようだ。
(これ、便利だけど昼夜の睡眠サイクルを崩さないようにしないとなぁ。
今日はこのまま朝5時ぐらいまで手記を読んで、それからまた収納庫に戻って睡眠を取ろう。
はは、そうすれば絶対に寝坊はしないんだな……
眠りたいだけ眠れるのか)
大地はソファに座ると手記の続きを読み始めた。
タマちゃんはまた子猫の姿になって大地の膝の上で丸くなっている。
(うーん、いーい毛並みですのう……)
「ねぇタマちゃん、撫でてみてもいい?」
「ゆっくりならいいにゃ」
背中をそっと撫でてみた。
(うっわー、温ったかくってすべすべで最高の手触りだ……)
のどをこしょこしょしてみる。
タマちゃんの喉がごろごろと鳴った。
(こういうところは猫とおんなじなんだな……
あ、しっぽがゆらゆら揺れてる……
つやつやの綺麗なしっぽだなぁ)
大地は優しくしっぽを握ってみた。
「ふしゃぁぁぁぁ―――っ!」
タマちゃんが飛び跳ねて机の上に乗り、頭を低くしておしりを上げてキバを見せた。
猫の攻撃姿勢だ。
「しっぽはダメに決まってるにゃぁっ!
そんなことも知らないのかにゃっ!」
「すいません、知りませんでした……」
(しっぽはダメだったんだ……
でもなんでだろ???)
「しっぽを触っていいのは婚約者か夫婦だけにゃの!
なにしろ、『これから子作りしようよ♡』の合図なんにゃから!」
「そ、そそそ、そうだったんですね……」
牙とツメを引っ込めたタマちゃんが、テーブルをてしてし叩きながら説教を始めた。
「神界にいるあちしのママは、去年弟と妹を3人産んで今授乳中なんにゃけど、妊娠してからずっと相手にして貰えなかったパパが、弟たちにおっぱいあげてるママのしっぽを触ろうとするんにゃ。
でもあちしたちの種族の女性は、出産前後と授乳期は相当に気が立ってるのにゃ」
「はい、そうらしいですね……」
「それでパパはいつもママの後ろ回し蹴りでKOされてるにゃ」
(後ろ回し蹴り……)
「それでもパパがしつこくしっぽを触ろうとしてくると、ママがしっぽでフロント・チョーク・スリーパーかまして落としてるにゃ」
(フロント・チョーク・スリーパー……)
それでお腹いっぱいになった弟や妹たちが、部屋の隅で白目剥いて舌出して気絶してるパパを不思議そうに見てるにゃ。
よく、前足でつんつんしてきゃーきゃー言いながら逃げて遊んでるにゃ」
(パパ哀れ……)
「だからこれからは気をつけるようににゃっ!」
「はい、思いっきり気をつけます……」
「うにゃ!」
どうやら許して貰えたようだ。
でもタマちゃんは警戒したのか、暖炉の前のラグマットに移動して丸くなっている。
気を取り直した大地は手記の第2巻を手に取った。
【第2巻 ダンジョンの仕様とルール】
『前巻で述べたような悲惨な状況を変えるために、神界はアルスにダンジョンをお作りになった。
そうしてわたしはそのダンジョンの管理者として祠様に選ばれた。
かくなる上は、その生涯と全身全霊をもって任務を遂行しようではないか』
(……うん……)
『そのために必要なのは、徒手空拳のわたしにとっての武器であるダンジョンシステムである。
そこでわたしは、神界から遣わされたわたしの補佐であるタマ、ダンジョンコア、加えてダンジョンの管理システムそのものに徹底的にヒアリングを行った。
そのヒアリングで得た知識を確認するために、実際にダンジョン内部を歩き回っての調査も実施した。
これらには現地時間でほぼ1年を費やしている』
(さすがはじいちゃん……)
『まず、大原則だが、『ダンジョンはその中に入って努力した者に恩恵を与える』というものである。
努力の内容には複数ある。
まずはダンジョン内で過ごす努力。
ダンジョンは侵入した挑戦者のHPやMPエネルギーを吸収してその稼働エネルギーに利用するため、挑戦者にとっては内部にいるだけで疲労度が増す。
一般的な能力の成人男子1名が、ダンジョン内で1日過ごした際にダンジョンが吸収出来るHP・MPエネルギーが1ダンジョンポイント(DP)と定義されているようだ。
このとき、挑戦者にとって疲労の回復のためには、成人男子の1日必要摂取カロリー2割ほどの増加と、十分な睡眠が必要になる』
(なるほど、HPやMPの回復にはカロリー補給や睡眠が必要なのか……)
『2種類目の努力は、ダンジョン内でモンスターと闘うことである。
モンスターとの闘いは、挑戦者にとって多大なエネルギーの放出を必要とするために、ダンジョンが得られるダンジョンポイントも大きくなる。
挑戦者が勝利した際には、モンスターのレベルに応じてダンジョンにポイントが入るが、これはおおよそモンスターのレベルに1ダンジョンポイントを掛けたものになるようだ。
挑戦者が死亡した際には、ダンジョンは冒険者のレベル×100ダンジョンポイントを得る。
これは死者の持つエネルギーが全てダンジョンに吸収されるためである。
従って、挑戦者の遺体はダンジョンに吸収される』
(哀れ挑戦者……)
『このように、挑戦者は命を懸けてダンジョンに挑むことになるが、次に挑戦者側のメリットについて述べる。
メリットには3種類ある。
まずは経験値。
これはダンジョン内で過ごした時間に応じて得られるが、おおよそ1日につき1EXPが得られるようだ。
また、モンスターを倒すと、そのレベルの値に等しいEXPが得られる。
このEXPが溜まると挑戦者のレベルが上昇するが、レベルの上昇に応じてその挑戦者の能力も上昇して強くなる。
具体的な尺度としては、レベルが1上がるとその強さがおおよそ倍になると考えてよい。
例えばレベル1の者がレベル2の者と戦う際には2人がかりでようやく互角の戦いとなるだろう。
レベル3相手なら4人必要になり、レベル4相手なら8人必要になる』
(っていうことはレベルが10上の者と戦うには1024人で戦わなきゃなんないっていうことか……
レベル差って結構大きいんだな……)
『また、レベルが上昇すれば、後述するゴールドポイント(GP:以下ゴールドと呼称)を使って選択出来る魔法やスキルの幅も広がる。
(なんか『ポイントを溜めてカタログにある賞品をゲット!』みたい……)
『挑戦者にとっての第2のメリットはこのゴールドになる。
これはモンスターを倒した後に出現するドロップ品の一種で、当初は『1GP』などという数字が記されている小さなカードがドロップする。
その後はモンスターを倒すたびにカードに自動的にGPが加算されていく。
このGPが溜まると、そのときのレベルに応じた魔法能力やスキルを得ることが可能になる』
(やっぱりゴールドはダンジョン内通貨っていうことか。
そのポイントで魔法能力やスキルを『買える』んだ……)
『この経験値もゴールドも、基本的には倒したモンスターのレベルに等しい数値を得られるが、モンスターが同時に複数ポップした場合は、その出現数だけ掛け目がかかる。
例えばレベル1のゴブリンを1体倒したときに得られるのは、経験値もゴールドも1だが、レベル1のゴブリンが同時に2体ポップしてこれを倒した場合、2体×掛け目2で、経験値とゴールドはそれぞ4ポイントを得ることが出来、3体であれば9ポイントずつとなる。
これはもちろん複数のモンスターと同時に戦うのが困難だからである』
(まあそりゃそうだよな)
『第3のメリットはドロップ品そのものになる。
これらは大きく分けて、スキル・魔法スクロールかその他の物品になる。
スキルや魔法スクロールを手にした者は、その者のレベルが十分であり、かつ必要なゴールドを持っている場合に、そのスキルや魔法能力を取得出来る。
だいたいにおいて、その階層に来ることが出来た者は、その階層で得られるスキルや魔法能力を取得出来るだろう』
(なるほどね)
『その他の物品とは、魔石、貨幣、武器・防具、金属資源、食料、魔道具などで、それぞれランダムにドロップされる。
もちろん階層が深くなってモンスターのレベルも高くなると、ドロップ品の質も上がる。
いずれもダンジョン外の街や村では貴重なものであり、高く売れる事だろう。
特に冷蔵の魔道具、暖房の魔道具、それらの燃料となる魔石は、昔は王族や上級貴族家が高額の報酬で買い求めたそうだ。
また、ドロップされた塩は同じ重さの銀貨と、胡椒や砂糖は同じ重さの金貨と交換出来るそうである』
(そうか、やっぱり冒険者がダンジョンに入るのは基本は金銭目的か。
ついでにレベルアップして強くなれば、外の世界でも生きて行きやすくなるんだろうな。
ツバサさまが言ってたように、強くなってドロップ武器も魔法スキルも手に入れて、それで昔は建国王になった連中もいたみたいだし。
でも……
そうなる前にモンスターに殺されちゃったら意味無いよなぁ……)
『このようにダンジョン挑戦者の目的は主に金銭や物品であるが、万が一最下層に辿り着かれダンジョンコアを持ち出されると、そのダンジョンはモンスターと共に消滅してしまう。
ダンジョンコアとは意志を持った魔石であり、ダンジョンを生成してその内部のモンスター配置を指図する能力を持っている。
また、魔道具の燃料としては最高のものである。
ダンジョンコアを持ち出されることを防ぐためには、最下層の手前の部屋には最強のモンスターを配置しておくべきである』
(強いモンスターか……
どんなのがいいのかな……)
『ドロップ品の魔道具はダンジョン内で一部のモンスターが作ってくれる』
(そんな器用なモンスターもいるんだ……)
『彼女たちに材料を渡してから魔法を見せてやると、その魔法を再現出来る魔道具を製作してもらえる。
このとき、ダンジョン外で武器として使える物にならぬよう気をつけなければならない』
(なるほどね……)