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*** 86 使徒の威厳 *** 

 


「ということは、ダイチは子供奴隷を買って開放し、ダイチの村で生きて行けるようにしてやりたいということなのだな」


「そうだ」


「だがいくつか心配事がある」


「聞かせてくれ」


「まず、そうやってダイチが子供奴隷を大量買いしていくと、奴隷の価格が高騰して行くかもしれない」


「その点は買付けのプロであるガリルに任せる。

 ガリルはさっき資金が足りずに買えなかった子がいると言っていたな。

 俺の持つ品が首尾よく売れれば、これからはそんなことは無くなるんじゃないか」


「それはその通りだな。

 それからもうひとつ、子供奴隷が売れることが広まると、盗賊団による人攫いが横行するようになるだろう。

 場合によっては領主の持つ領兵や衛兵たちまでそれに加わるかもしれない。

 これはどう防ぐ?」


「それも考えている。

 まずは俺や仲間たちが、各地の盗賊団を潰して行こう。

 場合によったら領主もだ」


「殺すのか?」


「いや、牢獄を作ってあるのでそこに収監する。

 罪の重さによっては一生入っていて貰うことになるだろう」


「なあ、俺たちはここから西に行ったゴンゾ准男爵領からの帰りなんだが……

 売りたい奴隷がいるから出張買取りに来てくれって言うんで行ったのはいいんだが、何故か街人たちがごっそりといなくなってたんだ。

 衛兵たちもみんな大怪我をしてたし。

 おかげで完全に無駄足になったんだけどな。

 ひょっとして、あれはダイチがやったのか?」


「俺を殺して持ち物を奪おうとした奴らは、全員俺の村の牢の中だ。

 単に俺を殺そうとしただけの奴らは腕を落としておいた」


「ふう、たったひとりで准男爵領をぶっ潰したのかよ。

 おかげでゴンゾ准男爵は反逆罪まで犯してたぞ」


「当然の報いだろう」


「それもそうだ。

 腐った貴族は多いが、その中でもあいつはとびきり腐っていたからな。

 でも、殺さずに牢に入れるだけか。

 それじゃあ食料を消費するだけの穀潰しになるだけだろうに」


「いや、俺の村の中核であるダンジョンは、その中にいる者から力を少しずつ吸収して糧にしているんだ。

 だから、村人はたっぷり食べる必要があるし、十分な睡眠も要る」


「なるほど、つまり村人の体力と睡眠を『だんじょん』の力と交換しているわけだな。

 それで村人には好きなだけ食べさせてやってるし、囚人に喰わせる食料も無駄にはならないのか」


「そういうことになる」


「だが、『だんじょん』にはモンスターが出ると聞いている。

 村人が殺されてしまったらなんにもならないだろうに……」


「いや、俺の村のダンジョンは、モンスターの出る階層と出ない階層を厳密に分けている。

 村人の大半は出ない階層で暮らしているから大丈夫だ。

 しかも、モンスター階層でモンスターに殺されても、すぐに行き返って復活するようにしてあるから、余計大丈夫だ」


「すごい力だな。それも魔法か」


「まあ似たようなもんだ。

 それにこの世界ではレベルというものがあってな。

 特にダンジョン内でモンスターと戦うと、どんどんレベルが上がって強くなって行くんだ。

 まあ、500年前の建国王たちがダンジョンで超人的な力を得たことと同じだな」



「ダイチ殿、ということはその階層でモンスターと戦うと、痛い思いはするものの死んでも復活して強くなれるということなのですな」


「そうだバルガス隊長、俺もそうやって少し強くなれたんだ」


「それでダイチ殿は何回死なれたのですか……」


「うーん、特に数えてはいなかったけど、3万回ぐらいじゃないか?」


「さ、3万……」


「そうだ、伯爵領都に帰ったら、みんなで一度俺たちの村に来てみないか?

 1週間もダンジョンに入ってモンスターと戦ったら、けっこう強くなれるぞ」


「い、いいのかい?」


「もちろんだ。

 強くなりたいと思ってる奴は病みつきになるだろうな」


「楽しみにしているよ」



「それじゃあ俺は仕事もあるし、そろそろ村に帰るわ」


「えっ、一緒に来てくれるんじゃないのか?」


「この商隊の様子は部下に見させているからな。

 ガリルたちが伯爵領都に帰ったらまた転移してくるよ」


「いや、俺たちは伯爵領都で報告をした後は、そのまま王都のブリュンハルト商会本部まで行く。

 大地のワイバーンを売るのが何よりも優先だからな」


「王都まではここから5日ぐらいか?」


「そうだ」


「それじゃあ6日後に、準備が出来たら王都の商会本部で俺を呼んでくれ。

 部下が俺に知らせてくれるようにしておくから。

 もしそれまでにまた強力な野獣に襲われるようなことがあっても、俺に知らせが入るから、俺か部下たちが来るだろう」


「はは、それにしても凄い力だな。

 ところで、この砦はどうするんだ?」


「明日ガリオたちが出発したら消しておくよ」


「ははは、もう驚くのにも疲れてきたよ。

 そうそう、やはりこの金貨10枚は受け取っておいてくれ」


「いや、俺もいい情報を貰えたからイーブンだ」


「ダイチはこの国の風習を知らないから仕方が無いけどな。

 俺は一応男爵でダイチは貴族じゃないだろ。

 だったら、貴族から下賜される金銭を断るのは結構な失礼に当たるんだぜ」


「そうか、それじゃあ俺は、このティーセットとテーブルセットを献上するよ。

 テーブルや椅子は荷物になるだろうから、6日後に持って行こう」


「確かにそれは失礼には当たらないが、明らかに俺の貰いすぎだな」


「まあ、その分はこれからいろいろと頼む対価ということで」


「わかった……

 そうそう、よく貴族がこれこれを献上せよ、後で邸に来れば金貨を下賜してやるとか言うんだが、貴族によっては邸に行ってもお前など知らんとか言うから気をつけろよ」


「はは、そこまで腐ってる奴がいるのか」


「ああ、ほとんどがそうかもしらん。

 奴らは、民も民の財産も全て自分たちの物だと思ってるからな」


「それは楽しみだ。

 なにしろ、俺のところの法では、そうやって詐欺行為を働いた奴からは、罰として3倍返しで対価を貰うことになってるんだ。

 俺の村がさらに豊かになるな」


「あははは、それはなによりだ」


「ところで、この金貨に彫られている人物は誰なんだい?」


「それは500年前から200年ほど前にかけてこの辺りを支配していた大国の初代王の肖像なんだ。

 その国の火山の麓には金鉱石の採れる金山と砂金の取れる川があったんで、その国では大量の金貨が造られていたんだよ。

 その金貨が、今でもこの大陸北部で流通してるんだ。


 まあ、その国は相当に栄えていたんだけど、200年前に王子たちの後継争いで内乱が起きて、いくつもの国に分裂しちゃったんだ。

 うちの国もそのうちのひとつだから、まあ今の王家にとっても祖王の肖像っていうことで流通してるんだけどね。

 裏にある模様はその国の紋章だよ。

 うちの国の王家の紋章は、その一部を変えただけだね」


「そうか……」


「金貨の上には鉄貨っていうものもあって、金貨5枚と鉄貨1枚が交換出来るんだけど、なにしろ鉄は錆びるからね。

 遠くの国の地面から湧き出ている油を塗っておかなきゃなんないんで、一般的な取引には使われていないんだ」


「なるほど。

 貴重な情報と食事をありがとう」


「はは、こんな情報でよければお安い御用だよ」


「そう言えばガリルは結婚しているのか?」


「妻1人と子供が2人いる。

 8歳の女の子と5歳の男の子だ」


「じゃあ、6日後に王都に行くときにはなにか土産も持って行くわ。

 ガリルの親父殿の趣味は?」


「親父殿も母上も、茶を飲むのが趣味と言えば趣味かな」


「そうか、それじゃあティーセットも持って行こう」


「きっと喜ぶよ」


「それじゃまた」


 大地が消えた。




 男爵は大地が座っていた場所を長い間見つめていた。


「なあ、バルガス…… あの男をどう思う?」


「私ごときの考えを遥かに超越した男でしょう。

 まさに500年前の建国王たち、いや、その建国王すら超える男かもしれません」


「そうだな。

 彼は自ら戦いを挑むことはしないんだろうが、その気になれば建国どころかこの大陸に統一王朝すら作れるかもしれないね……」


「仰る通りです。

 ひょっとしたら、この暴虐まみれの大陸を救うために、神が遣わされた使徒殿かもしれません……」


「そうだね。そうかもしれない……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 大地がダンジョン村に帰ると、ほとんど空になったお刺身盛り合わせの皿の横で、お腹ぽんぽこりんになったタマちゃんが大の字で寝ていた。


 その皿には、タマちゃんの嫌いなイカしか残っていない。

 皿の横には、「これダイチにあげるにゃ♪」というメモがあった……



(タマちゃん……

 キミは卑しくも神が遣わされた使徒なんだから……

 もう少し威厳というかお行儀というか……)


 



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