*** 85 奴隷商 ***
「さてガリル。
あんたさっきあのワイバーンを売ってくれって言ったよな。
あんたは奴隷商じゃあなかったのか?」
「いや、奴隷商は俺の道楽だ」
「道楽?」
「俺のブリュンハルト商会は元々は食料品を扱う商店だったんだ。
爺さんの代には王都に店を開けるようになったんだが。
貴族領の税はほとんどが小麦で納められるから、貴族たちはその一部を王に納めるわけだ。
だが、貴族も王も小麦ばっかり食べるわけじゃないだろ。
肉も食べたいし、服も買いたいわけだ」
「まあそりゃそうだ」
「それで祖父は王や貴族たちから小麦を買い取って、代わりに金貨を払ってやっていたんだ。
納税期には小麦は安くなるし、粉に挽く前だったらそれなりに保存も効くし。
だから、安く買った小麦を寝かせておいて、冬に高く売ったりしたわけだ。
それに野菜農家や猟師たちも、野菜や肉を持ち込んで来ては小麦を買って行くしな」
「ふむ」
「祖父はそういう商売をしているうちに、とうとう王室御用達にまでなれたんだよ。
それはそれは苦労したらしいけど。
でも、野菜農家や猟師たちが王都の店に野菜や肉を持ち込もうとすると、たびたび盗賊共に襲われちまうんだ。
せっかく小麦に換えて持ち帰ろうとしてもまた襲われちまうし」
「酷いな」
「ああ、酷いぜ。
しかも盗賊共の中には、領主にカネを払って盗賊行為を見逃して貰ってるような奴らまでいるしな」
「そうらしいな……」
「それで頭に来た祖父は、奴隷を買って護衛隊を組織したんだよ。
そうして、護衛に守られながらあっちこっちの村に行って、野菜や肉なんかと小麦や布地なんかの品物を交換してやるようになったんだ」
「奴隷代もけっこうかかったろうに」
「だが、村人たちにとっては行き返りの危険が無い分、相当に有難がられたそうだ。
だから、護衛代込みの価格でも交換に応じてくれたんだよ」
「そうか、命には代えられないもんな」
「それでも苦労は多かったそうだ。
護衛が足りずに盗賊団に負けて死ぬ思いで逃げ帰ったとか、護衛に裏切られて逆に盗賊団を手引きされちまったとか」
「…………」
「それでも祖父は、この行商の仕事は絶対にみんなのためになるって思って、護衛行商を続けたんだ。
その中で、同じ奴隷でも12歳ぐらいの若いうちに買って来た奴隷を鍛えた方が、戦える成人奴隷を買って来るよりもずっと強くなるって気が付いたんだよ。
しかもちゃんと飯を喰わせてやれば忠実で信頼出来る護衛に育つし」
「なるほど」
「ここにいる護衛隊長のバルガスは、10歳の時に祖父に買われた奴隷だったんだ。
買われたときはひょろひょろで力も弱かったそうなんだけど、毎日たらふく食べて懸命に訓練しているうちに、こんなに大きく強くなったんだよ。
今では堂々たるうちの護衛隊長だ」
バルガス護衛隊長が微笑んだ。
(ストレー、紅茶のお代わりを3人分頼む。
椅子ももう1脚出してくれ。
それから、地球産のクッキーも大皿に盛って。
小皿も3つだ)
(畏まりました)
「紅茶のお代わりはどうかな。
もしよかったら、バルガス隊長さんも座ってくれ。
これは茶菓子だ、
済まないが、そこのトングで3人分を小皿によそってくれないか?」
ガリオ男爵が微笑んだ。
「いや、もう毒は気にしないことにしよう。
ダイチほどの強者がその気になれば、俺たちはとっくに全滅しているだろう。
なあバルガス、そうは思わんか?」
「その通りですな。
あの大きさのワイバーンを一撃で屠ることが出来るほどの強者は、毒など使う必要は無いでしょう」
「はは、そうか。
それじゃあバルガス隊長さんも茶と茶菓子はどうだい?」
「ダイチ殿、誠に申し訳ないのですが、我らは任務中に自分たちが用意した物以外を口にするのを禁じられているのです。
しかも部下たちはまだ外で後片付けをしているところですので。
ですから……」
「うーん、さすがだ」
(ストレー、地球産のクッキーって100人分あるかな)
(地球産はございませんが、リョーコさまがダンジョン村のご婦人たちと作られたクッキーは大量にございます。
なにしろ毎日ダンジョン村保育園・幼稚園などで子供たちに振舞われていらっしゃいますから。
ジュンさまによれば、地球産と遜色ない味だそうでございますね)
(良子さん、そんなことまでしてくれてたのか……
それじゃあ、それ500枚ばかり貰ってもいいかどうか聞いておいてくれ)
(畏まりました)
「な、なあダイチ……
こ、これって小麦粉を使った菓子だよな」
「そうだ」
「なんなんだこの旨さは……
そうか、これは砂糖とバターが大量に入っているのか……」
「はは、さすがだな。その通りだ」
「まるで銀貨を喰っているような気分だ……」
「まあ気にしないでくれ。
ところで、奴隷商は道楽だという話だったが……」
「あ、ああ……
それで祖父が隠居して親父殿が商会を継いだんだがな。
親父殿は祖父のやり方をもう一歩進めて、10年以上護衛として働いてくれた者は奴隷から解放するようにしたんだよ。
もちろん、希望すれば商会で雇うんだけど。
そうしたら、誰も辞めずに全員が商会員になったんだ」
「そうか」
「俺にとっても、護衛たちにとっても、お互い兄弟同然に育った仲だからな。
だからこそ、ダイチがジョシュアの命を救ってくれたことを、皆が感謝しているんだ。
本当にありがとう」
「はは、まあ俺に出来ることをしただけだから気にしないでくれ」
「ふむ、あそこまで突き抜けた強者は、自然とダイチみたいな人物になるのかもしれないな……
まあ、それで子供奴隷を買って育てていたんだが、そのうちに俺も気が付いたんだ。
俺たちに買われた子供奴隷は、少なくとも成人するまでは生きていけるんだ。
それに、成人するまで生きていれば、護衛でなくとも普通の奴隷として仕事も出来るようになるからね。
女の子は護衛になれないけど、それでも成人すれば、その後は自分でなんとか出来るかもしれないし。
商店の下働きに入るとか、奥さんが亡くなった商店主の後妻に入るとか。
俺の親父殿も、祖母を亡くした後に祖父が娶った奴隷の女性が生んだ子だしな。
でも……
資金が足りなくって俺たちが買えない子は、ほとんどすぐに死ぬんだよ。
村奴隷や街奴隷として、碌に食べ物も与えられずに1日中働かされて……」
「酷ぇ話だな……」
「ああ、酷い話だ。
そんな中で親父殿は、護衛たちの安全のためにも貴族になろうとしたんだ。
貴族の旗を立ててる隊商は、盗賊たちに襲われにくくなるからな。
それで、かなりの金を使って男爵になれるように頑張ったんだよ。
幸いにも、今の王宮の侍従次長は親父殿の行動を理解してくれてたし。
それで、その方が国王陛下に推薦してくれたおかげで、2年前にようやく男爵位を貰えたわけなんだ。
もっとも、領地も持たない名ばかりの貴族だけどね。
まあいくら何でも国王陛下が男爵位なんかを与えるわけにもいかないんで、陛下がハイラル伯爵閣下に言って、我が家を男爵家に叙爵させたんだけど」
「そうだったのか」
「それで、男爵位は俺が継いだんだけど、王都のブリュンハルト商会の会頭はまだ親父殿なんだ。
それで、俺の差配する奴隷部門はカネ喰い虫なんで、親父殿を儲けさせてやりたかったんだよ。
だから、ダイチにワイバーンを売ってくれって頼んだわけだ」
「なるほど理解した。
ところでだ。
あのワイバーンを売るとして、いくらで買ってくれるんだ?」
「金貨50枚以上の買付けは親父殿の裁量なんだけどな。
俺の見るところ、最低でも金貨500枚は固いな」
(うへっ、日本円で5億円相当かよ……)
「ウチの買取りならそんなもんだろう。
だが、ダイチのおかげで、肉も血も内臓も腐らせずに王都まで持って行けるんだろ?」
「ああ」
「だったら競売会を開いてみたらどうかな。
ウチも手数料は貰うけど、きっと総額は金貨800枚以上になると思うぞ。
なにしろ、ワイバーンが丸ごと手に入ったのは、近隣各国も含めて100年ぶりぐらいだからな。
うちの国の貴族たちはもちろん、各国からも大勢の代理人が来るだろう」
「そうか……
それじゃあ親父さんのOKが出たら、任せてみようかな」
「はは、久しぶりに親父殿の驚く顔が見られそうだ」
「ところで、他にも売りたいものがあるんだが……」
「そ、それはなんだい?」
「例えばこのテーブルと椅子だ。
あんたならいくらで買い取ってくれる?」
男爵が真剣な顔になった。
「そうだな、テーブルひとつと椅子3脚で金貨8枚かな」
(800万円かよ……
淳さんたちが聞いたら喜ぶな……)
「このカップとソーサーは?
それから砂糖は?」
「カップとソーサーは一揃い金貨1枚だ」
「そんなにするんか……」
(地球で1000円で買ったもんなんだけど……
通貨価値ベースで千倍かよ……)
「こんな綺麗な器は誰も見たことが無いからな。
高位貴族がこぞって買いに来るだろう。
砂糖は同じ重さの金貨と交換だ」
(砂糖って地球じゃあキロ250円ぐらいか。
まあ、この世界の金貨って1枚40グラムほどだけど、金の合有率は60%ぐらいだから、金貨1枚の金価値は円では12万円強か……
砂糖は40グラムで10円だな……
あー、地球の砂糖がアルスだと1万2000倍の値段で売れるんか……
でも物価水準比較だと金貨1枚は100万円ぐらいだよな。
ということは、40グラム10円の砂糖が100万円で売れて10万倍か)
「塩はいくらだい?」
「塩なら同じ重さの銀貨と交換だな」
(それでも地球の2500倍か……)
「な、なあ、ダイチはこのカップや砂糖や塩をどのぐらい持ってるんだ?」
「テーブルや椅子はそんなには無いけど、カップセットと砂糖と塩だったらいくらでも準備出来るな」
「い、いくらでも?」
「数週間貰えれば、この砦一杯分ぐらいでも用意出来るぞ」
「!!!」
「まあ、そんなに売ろうとすれば値崩れするだろうから、その辺りは任せるよ」
「なあダイチ、ひとつ聞いていいか?」
「ああ」
「それを売ってダイチは儲かるのか」
「儲かる」
「それで…… そんなに儲けてどうするつもりなんだ?
この国の金貨が無くなっちまうぞ」
「それに答える前に教えてくれ。
あんたたちは、この国の子供奴隷だけを買ってるのか?
それとも他の国の奴隷も買えるのか?」
「買えないことはない。
国同士はいつも隙あらば侵略して物資を奪おうとしているが、商人同士は横のつながりもあるからな。
こちらから買いに行けば、他国の奴隷商も売ってくれるだろう」
「そうか、それなら俺は、物資を売ったカネを全て子供奴隷を買うことに使うつもりだ」
途端に男爵の表情が変わった。
「なぁ、ダイチはさっきダイチの村は奴隷禁止だって言ったよな」
「もちろんだ。
俺の村に引き取った子供奴隷は、即座に開放する。
そして、俺の村では誰であろうとメシは喰い放題だ」
「!!!」
「それだけじゃない。
15歳までは村の学校に行って読み書き計算を覚えてもらう。
日に1時間はいろいろな仕事の手伝いなんかもして貰うが、絶対に1時間までだ。
なにしろその手伝いは、将来どんな仕事に就くか考えるためのものだからな。
労働力として期待しているわけではない」
「な、なんと……」
「大人たちも1日の労働時間は8時間までだし、7日に2日の割合で休養日もある」
「凄いな……」
「俺は村の人口を増やしたいんだ。
だったら子供奴隷を買えば、そいつらも死ななくて済むし、俺の村の人口も増えるしで一石二鳥だろ」
「そうか……」