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*** 84 商談と砦 *** 

 


 男爵の表情がまた少し変わった。


「それでは、これからは商人としての質問だ。

 ダイチはあのワイバーンの素材を売る気はあるのか?

 もしあるのなら俺に売ってくれないか?」


「ということはあのワイバーンは俺の物っていうことでいいのか?」


「もちろんだ。

 獲物の所有権はそれを屠った者にある」


(俺を殺して獲物を奪おうとは思わないのか。

 まあ、ワイバーンを殺せるほどの強者に挑む気は無いのかもしれないが)



「やはりワイバーンの素材はカネになるのか」


「ああなる。

 それも莫大なカネにな。

 残念ながらこの気候ではすぐに大半が腐ってしまうだろうが、それでも嘴、目玉、頭蓋骨、皮、爪、鱗などは高値で売れるだろう。

 もしよければ壺に溜めた血も、今から煮詰めて粉末にするので売って欲しい。

 もし腐らなければ、内臓や肉などもかなりの値で売れるんだがなぁ」


「なるほど、それでワイバーンの下に壺を置いて血を溜めていたのか」


「そうだ。

 血を煮詰めて作った粉末だけでも、優に金貨10枚にはなるだろう」


「そうか、それでは今からワイバーンのところに行かないか?」


「それはもちろん構わないが、何をするつもりだ?」



 大地と男爵は連れ立って歩き始めた。


「俺は『収納』という魔法も使えるんだよ。

 それもその収納の内部では時間が経過しないんで、あのワイバーンをそのままそっくり腐らせずに持って行けるぞ」


「な、なんだと!

 そ、それは『あいてむぼっくす』か?」


「ほう、知っているのか」


「ああ、ここから東に2000キロほど行ったところにあるこの大陸有数の大国、デスレル帝国の皇宮宝物庫にあるそうだ。

 なんでも、500年前の初代デスレル帝が『だんじょん』から持ち帰ったもので、『聖なる武器』と並んで帝国の最高国宝になっているらしい」


「ほう」


「初代帝は、その『あいてむぼっくす』に兵糧を入れて親征を繰り返し、帝国の礎を築いたんだ。

 なんでも、大きめの家ほどの量の兵糧が重さも感じずに運べたそうだな」


(はは、『アイテムボックスLv3』ぐらいかな……)



「さて、護衛のみんな。

 今から俺はこのワイバーンをアイテムボックスに仕舞うから、驚かないでくれよ」



 護衛たちは警戒しているような顔をしていたが、大地の横にいる自分たちの主人が頷いているので納得したようだ。

 見張りたちは一瞬大地を見たものの、すぐに周囲の警戒に戻っている。



(うーん、よく訓練されているなぁ……

 それじゃあストレー、俺がワイバーンを指さして『収納』って言ったタイミングで、こいつを収納してくれるか?)


(畏まりました)



「それじゃあまず胴体を収納するぞ。

『収納』……」



 途端にワイバーンの巨大な体が消えた。


「「「「「 !!! 」」」」」



「次はあの頭部だな。『収納』……」



 50メートルほど離れたところに転がっていたワイバーンの頭部が消えた。



「なあガリオ、この血が入ってる壺なんだが、俺に貸してくれるか?」


「あ、ああ…… もちろんだ……」


「それじゃあこの壺も『収納』……」


 壺も消えた。



 ワイバーンの死骸があった場所をチラ見していた見張りも含めて、その場の全ての者の目が真ん丸になっている。



「な、なあダイチ……

 本当にまた取り出すことは出来るのか?」



(ストレー、俺が『排出』って言ったら頭部を出してくれ)


(はい)



「それじゃあ頭だけまた出してみようか。

『頭部排出』……」


 大地たちの前方5メートルほどのところにワイバーンの頭部が現れた。

 大きく開けられた口の中には鋭い歯も見えている。


 その場の全員が仰け反った。


(っていうことはワイバーンは珍しいってぇこったな。

 やっぱり大森林中央部にいた奴が、餌が少なくなって遠征して来てたんか……)



「もう一度『収納』

 ガリル、座れるところに戻らないか?」


「あ、ああ……」




「それにしてもだ。

 デスレル帝国の『あいてむぼっくす』は鞄のような形をしているそうなんだが……

 ダイチは鞄を持っていないよな」


「実は、アイテムボックスには2種類あってな。

 ひとつは鞄のような形をしているものなんだが、もうひとつは『収納』っていう魔法を使ったものなんだ。

 俺のは魔法の方だ。

 その分収納量は多いんだけどな」


「ど、どのぐらいの量なんだ?」


「たぶんこの大森林の木を全部入れてもまだ余裕だろう」


「そ、そんなに……」


「そうだな、この野営地ももう少し広くしておこうか」


(ストレー、俺の合図で近場の木を100本ばかり収納してくれ)


(はい)


「木を収納……」



 大地が指さした辺りの木がごっそりと消えた。

 男爵も護衛たちもまた硬直している。


 周囲は日が傾いて来ていたが、それでも大きく広がった野営地の姿はよく見えている。

 そういえば何人かの護衛たちが大きな焚火の用意も始めていた。



(ほう、中央に大きな焚火を作り、護衛はそれに背を向けて周辺警戒か。

 夜間の見張りは火を見つめていてはいけないのは基本だからな)



「なあガリル。

 みんなはどんな風に野営するんだ?」


「そうだな、あんな強力な魔獣を見た後では最高警戒態勢になるな。

 護衛たちは2交代制で半数は見張り、後の半数はその場でマントを被っての仮眠になる。

 もちろん俺も仮眠だ。

 天幕の中に入ると襲撃されたときに行動が遅れるからな」


「そうか、それじゃあ俺が簡単な砦を作ろうか」


「砦?」


「まあ実際に作ってみよう。シス」

(返事は男爵にも聞こえるようにしてくれ)


(はい)


「ここに土魔法で100人が泊まれる砦を作ってくれるか。

 形はドーム型がいいな。

 厚さは1メートルで、空気取り入れ口も作って。

 内部は平らにして草入りマットレスを敷き、開口部はやや狭目にして、頑丈な木の扉も頼む。

 天井部には光球とその置き場もな。

 直接光だと眩しいだろうから、間接照明になるようにしよう」


(畏まりました)



 その場にみるみる巨大なドームが造られていった。

 直径は30メートル、高さも10メートルある。


 またもやその場の全員の口が開いていた。


(みんなそろそろアゴが疲れて来たんじゃね?)



「さてガリル。

 護衛の誰かに木槌かなんかでこの砦を叩かせてみて貰えないかな。

 厚さは1メートルもあるんでかなり頑丈だぜ」


「あ、ああわかった…… 念のためだな……」



 隊長に指示された大男が木槌を持って来た。


「最初からあんまり力を入れて叩くと手首を痛めるから、始めは軽く叩いてだんだん力を入れて行った方がいいぞ」


 大男は頷くと木槌を振りかぶった。


 こん。


 もちろんなんともない。


 ごん。


 ごーん。


 どか。


 どがん。


 どがーん!


 大男が手首を押さえて蹲ると、男たちが入れ代わり立ち代わり木槌を振りかぶっていた。


 その場に手首を押さえた男たちの塊が出来ている。

 むろん、ドームには傷ひとつついていない。


(なあシスくん、ずいぶん頑丈に作ったな……)


(モース硬度にして9はありますでしょうか。

 同時に粘りもございますので、削岩機を持って来ても穴を開けるには1時間ほどはかかるかと)


(はは……

 それにしても随分と作業が早くなったもんだ)


(もう1万人分以上の住居を作っておりますので)


(はははは、それもそうか)



「どうだいみんな。

 この砦の中なら安心して寝られるんじゃないか?

 ついでに通気口から外も見られるから、照明も上げておこうか」


 大地が手を上に向けると、直径1メートルほどの光球が出現した。

 そのまま上昇してドームの上空20メートルほどで停止する。

 辺りはもちろんかなりの明るさになっていた。


「この光球は明日の朝まではそのままだ。

 それじゃあガリル、中を見てみないか?」


「あ、ああ……」



 大地は男爵と護衛隊長を伴って中に入った。

 天井付近の光球が台座に反射してドームの壁が淡く光っており、内側の照明は十分だ。

 そこには100人分のマットレスが整然と並んでいた。


「まあ寝るだけの場所だからな。

 それでもここならみんな安心して寝られるだろう」


「な、なあダイチ。

 こ、この砦は誰が造ったんだ?」


「俺の村の仲間が遠隔操作で作ってくれたんだよ」


「そ、それはさっき聞こえた声の主か?」


「そうだ。

 俺には極めて優秀な仲間たちがついているんでな」


(( えへへへ…… ))



「そうか……

 それにしても、ここまで優秀だとはな……」



(ストレー、ここにテーブルと椅子を2脚出してくれ)


(はい!)



 大地が指さした場所に、見事な彫刻を施したテーブルと椅子が現れた。


(淳さんの木工所も随分と凝ったものを作れるようになって来たんだなぁ……)



 男爵は真剣な目で椅子とテーブルを吟味している。


(まあこの世界ではやっぱり木工製品は珍しいんだろう……)



「さあガリル、そこに座ってくれ。

 今度は俺が少し話を聞かせて欲しいんだ」


「あ、ああ……」


(ストレー、紅茶を2杯頼む。

 砂糖とミルクピッチャーもだ。

 あ、そうそう、ティーセットは白磁の無地でな)


(畏まりました)



 その場にティーポットとカップが出現した。


「うわっ! こ、これは茶か?」


「もちろん。

 それじゃあカップに注ごうか」


「こ、このカップ……

 なんでこんなに白いんだ?」


「これは磁器っていって、かなり特殊な製法で作った焼きものなんだよ」


「そ、そうか……

 こんなものまで収納してたのか……

 しかもこの茶、まだ湯気が出ている……」



「まあ時間が停止している収納庫だからな。

 熱いものを入れたらいつまでも熱いままなんだ。

 最初は茶の香りを楽しんで、後は好みでそこのミルクと砂糖を入れても旨いぞ」


「さ、砂糖だと!

 こ、この器に入っている白い粉は砂糖だというのか!」


「そうだ」


「し、白い砂糖など見たことも無い……

 ブリュンハルト食料品商会3代目のこの俺が……」


「それじゃあ好きな方のカップを取ってくれ」


「ああ……」



(ほう、香り高いいい紅茶だなぁ。

 いつもコーヒーだけど、たまには紅茶もいいな)



「う、旨い…… なんだこの茶は……」


「紅茶って言ってな。

 これも少々特殊な作り方をした茶なんだよ」


「そ、そうか……」


「試しにミルクも入れてみたらどうだ?」


「お、おう……」





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