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83/410

*** 83 ガリオルン・ブリュンハルト男爵 *** 

 


 男爵が真摯な表情で切り出した。


「ダイチ殿、貴殿がどちらからお見えになったかは存じませぬが、もしよろしければ、私共の野営地にて夕餉をお取りになって頂けませんでしょうか。

 是非お話を聞かせていただきとうございます。

 もっとも、恥ずかしながら旅の途中にて、大したものはお出しできないのですが」


「ありがとうございます。

 それでは僭越ながら、お招きに与りたいと思います」



 大地は男爵と共に野営地の中心に向かって歩き始めた。

 途中、護衛の全てが大地に頭を下げている。


 野営地の中心には8つほどの竈が用意されていたが、その上の土器は中身の穀物と共に半数近くが転がっていた。


「お気になさらずに。

 我々は常に十分な量の食料を持ち歩いております。

 食事の半分は作り直さねばなりませんが、護衛たちも交代で見張りに立たねばなりませんので、全員が出来たての暖かい食事を取ることが出来るでしょう」



 その場に3メートル四方ほどの絨毯が敷かれ、直径1メートルほどの円形の板が置かれた。

 その周りには豪華なクッションが置かれる。

 絨毯の周囲では8名ほどの護衛が大地たちに背を向けて周辺を警戒していた。



(ほう、やっぱり木のテーブルや椅子は無いんで、地面に座って食事をするのか。

 なんか地球のアラビア遊牧民に似てるな……)



 従僕らしき男が陶器の壺と青銅製のゴブレットを持って来た。

 男爵自ら壺からワインを注いでいる。


「よろしければ、お好きな方のゴブレットをお取りください」


(はは、毒殺する意思は無いということだな)


 大地が片方のゴブレットを持つと、男爵はもう一方を持った。


「それでは失礼して……」


 ワイン一口飲む。


(先に口をつけるのか。念の入ったことだ。

 でもまあ一応『アナライズ』……)



「どうぞ、今年出来立てのまだ若いワインですが、まずまずの物ですよ」


「ありがとうございます」



 テーブル代わりの板の上には、土器に入ったシチューと木のスプーンが運ばれて来た。


(ごめんねタマちゃん、タマちゃんはまだ姿を現さない方がいいと思うんだ)


(うにゃ、もうこの辺りはダンジョン化されてて安心にゃから、あちしは村に転移して食事をしてくるにゃ)


(なにかあったら呼んでね)


(ダイチもにゃ)


 大地の肩の上が軽くなった。



 男爵がダイチの目の前に2つのシチュー皿を置いた。


「どうぞお好きな方を」


(はは、食事に招いたときはすべてこの調子か……)



 固めに焼いたパン、肉も入った具だくさんのシチュー、それから干し肉を水で戻したものを軽く炙ったステーキも出て来た。


(お、このシチュー、けっこうな量の塩も入ってるな……)



 ワインのゴブレットが空になると、最初と同じ儀式が繰り返される。


「もっとワインは如何ですか?」


「いえ、もう十分に頂きました」


「そうですか、それではデザートなど如何でしょうか」


「頂きます」



 その場に、大きな皿に盛られたナツメヤシの実のようなものと、ドライフルーツが出て来た。

 竹製らしきトングもついている。


「恐縮ですが、わたくしの分も小皿にお取りいただけませんでしょうか」


(はは、徹底してるな。

 でもそれだけこの世界が物騒だっていうことか)


 続いて、土器のマグカップに茶も同様にサーブされる。



 大地が周囲を見渡すと、護衛たちも交代で食事をしていた。

 そのメニューは、ワインが無いだけで大地が食べたものと遜色がない。



 男爵が恐縮したように言う。


「申し訳ございません。

 食事の内容はすべて護衛たちと同じなのです。

 もっとも彼らは任務中のために酒は飲みませんけど。

 お気を悪くされないとありがたいのですが……」


「いえ、任務行動中は、指揮官といえども兵と同じものを食べるのは当然でしょう。

 わたしもわたしの村ではそうしています」



 男爵が大いに微笑んだ。


「ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ結構なお食事をありがとうございました。

 特に塩味が効いたシチューが美味しかったです」



 男爵は嬉しそうに微笑んだ後に従僕を振り返った。


「中袋を一つ持って来てください」


「はっ」



「もしよろしければ、以降は歓談の時間とさせて頂きたいのですが、構いませんでしょうか」


「ええ、もちろん構いません。

 ですが貴族のお方と会話をするのは何分にも初めてでして、もしご無礼があってもお許しいただけませんでしょうか。

 加えてこちらの国の風習にも馴染みが無いものですので」



(うーむ、貴族と語るのは初めてと言いながら、この堂々たる態度はどうだ。

 やはり、圧倒的な強者の余裕というものなのか……)


「はは、わたしとて2年前までは平民だった身。

 それではもしよろしければ、お互いらしくない話し方は止めにしませんか?」


「ありがたい」


「はは、俺もこの方が楽だよダイチ。

 俺のことはガリルと呼んでくれ」



 男爵は従僕が持って来た革の袋を大地の前に押しやった。


「その袋には金貨が10枚入っている。

 これは、俺が知りたくてたまらないことを教えてもらうための対価だ」


(はは、たかが情報に日本円で1000万円相当かよ。

 よっぽど魔法のことが知りたいんだな……)



「もちろん、それとは別に伯爵領都の奴隷商館本部に帰ったらダイチに御礼を差し上げたいと思っている。

 なにしろあんたは俺たちの命の恩人だからな」



 大地は袋には手を伸ばさずに言った。


「実は、俺もガリルに聞きたいことがあるんだ」


「ほう」


「だから、情報料についてはお互いが聞きたいことを聞いてからにしないか?」



 男爵は会心の笑みを浮かべた。


「ダイチは、商売というものがよく分かっているようだ。

 国では商売もしているのか?」


「いやまあ、商売も含めていろいろとやっているんだ」


「それはそれは。

 それではまず最初に教えて欲しいんだが、あんたはどのようにして我々に向かってワイバーンの襲来があることを知ったんだ?」



「俺は、部下に命じてこの大森林の一部を監視させている。

 そうして、ワイバーンやグリズリーベアやウルフなどの肉食獣がヒトを襲おうとしているときには報告させて対処させているんだよ。


 今回は特にワイバーン3頭という強力な魔獣であり、また攻撃対象がこのように大きな商隊なので、俺が直接来たんだ」


 男爵の目が光った。


「その報告があるまで、ダイチどこにいたんだ?」


「俺の村は、ここから南に歩いて20日ほどのところの森の中にあるんだが、そこにいたんだ」


「なんと……

 それでは例え飛べたとしても、到底間に合わないだろう。

 この場所まではどのようにして……」


「俺は『転移』の魔法が使えるからな」


「『てんい』…… だと?」


「実演してみようか?」


「是非……」


「それじゃあこれからあのワイバーンの横に『転移』するから見ていてくれ」


「あ、ああ……」



 ダイチは魔法で吊るしたままのワイバーンの横に転移した。

 驚いた見張りの兵が咄嗟に銅剣を抜いたが、すぐに大地だと気づいて剣を鞘に納めている。


「驚かせて済まなかったな。

 でも男爵に『転移』の魔法を実演して見せるためだったんだ。

 それじゃ」



 大地はまた男爵の前に戻った。

 男爵の口が開いている。

 絨毯の脇に控えていた従僕の口はさらに大きく開いていた。



「す、凄まじい力だな……

 それで、どのぐらいの距離まで『てんい』出来るのかい?」


「俺が行ったことのある場所か、部下が見張っている場所なら、距離に制約は無いな」


「そ、そうか……

 それからあのワイバーンを追って空を飛んだのは……」


「あれは『念動』の魔法なんだ。

 例えばこのように」


 ドライフルーツの乗った土器の皿が宙に浮いた。

 男爵は、恐る恐る手を出して、土器の下で左右に動かしたりつついたりしている。


 従僕がさらに息を呑んだ。

 見ればまるで従僕は地面に沈んでいるかのように頭が下がっている。

 いや、実際には、男爵と大地が乗ったまま絨毯が浮いていた。



「俺は頭で念じたものを動かせるんだが、自分を動かすように念じて宙を移動してたんだよ。

 もちろん俺だけでなく、こんな風に他の物も動かせるけど。

 だから分隊長さんも同じようにして運んだんだ」



 男爵はようやく自分が浮いていることに気づいたようだ。

 さらに大きく開いた口がぱくぱくしている。



(このままじゃあ、まともに話も出来そうにないか……)


 大地はゆっくりと絨毯を地面に降ろした。



「すごいな……」


「そうか」


「そ、それからあのワイバーンの首を落とした力は……」


「あれはウインドカッターと言って、空気を固めて刃のようにしたものを飛ばしたんだ」



「ふう……」


 男爵は疲れたような顔をした。



「ダイチのその力は、やはり魔法なのかい?」


「そうだ」


「そうか。

 500年前の建国王も魔法が使えたという言い伝えが残ってるよ。

 なんでも『だんじょん』というところに入って命懸けで手にした力だそうだが」


「はは、俺はそのダンジョンを中心にして出来た村のおさなんだ」


「そ、そうだったのか……

 道理で強いはずだな。

 それにしても凄まじい力だ……」



 男爵が居住まいを正した。


「今までの質問は、俺の好奇心による質問だ。

 次の質問は、この国の貴族の末端に連なる男爵としての質問になる。


 ダイチ。

 もし差し支えなければ教えて欲しい。

 その村には、ダイチと同じような力を持つものは何人ぐらいいるんだ?」


「そうだな、今は数人だが、これからはもう少し増えるかもしれないな」


「それからその村の人口は?」


「今は1万人弱かな。

 最近急に増えて来ているから、もうすぐ1万人に届くだろうけど」


「な、なんだと……

 そ、それでは我がカルマフィリア王国とほとんど変わらないではないか!

 それはもはや村ではなく国だろうに!

 ということはダイチはやはり国王だったのか!」


「いや、俺は王ではない。

 あくまで、単なる村の代表だ……」


「その違いがよくわからんのだが……」


「はは、今度詳しく説明するよ」


「それでは、俺が最も知りたいことを聞こう。

 その村は、いやダイチはこの辺りの国に侵攻するつもりはあるのか?」


「無い」


「気を悪くしないで欲しいんだが、本当か?」


「俺の村は、ここから500キロほど南に行ったこの大森林の中央部にある。

 そろそろ明確な村の境界を決めようと思っているんだが、たぶん半径300キロほどの領域になるだろう。

 それだけの広さがあれば、領土としては十分だ」


(それだと面積は28万平方キロを超えるからな。

 いっそのこと東側にもう少し広げて日本と同じ面積にするか……)



「だ、だが資源や農地や奴隷などは……」


「俺の村では奴隷は絶対禁止だ。

 そしてそれ以外の物は十分に持っている」


「そ、そうか……」


「まあ、今俺がそう言ったところで、侵攻しないことを証明する方法は無いがな。

 ただ、もしも他の国が俺の村に侵略して来たら容赦はしないぞ」


「わかった。

 確かにそれだけの広さがあれば、領土拡張の必要はさほど無いだろう。

 それにしても、半径300キロか……

 それはもはやこの大陸最大の国家群と比べても遜色は無いな……」


「はは、広さだけならな……」





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