*** 79 存亡の危機とは ***
「領兵35名、全員集合いたしました。
怪我人5人は医務室におります」
「や、役立たず共などはどうでもいい!
それよりも、明日までに成人奴隷を40人集めるのだ!
そうだな、まずは納税ノルマがゼロのギルドの職員を連れて来い!」
「どのギルドのギルド員でしょうか……」
「そんなこともわからんのかっ!
まずは薪ギルドだ!」
「薪ギルドのギルド員5名は、全員賊に腕を落とされていますが……」
「な、ならば宿屋ギルドの職員だ!
失火の責任を取らせる!」
「宿屋ギルドのギルド員は、ギルド長以下6名全員が行方不明になっております……」
「で、では商業ギルドは!」
「商業ギルドも全員行方不明です。
ご報告させていただいたはずですが」
「な、なんだとっ!
で、では傭兵ギルドだっ!
傭兵共が大勢いるだろう!」
「傭兵ギルドもギルド長以下全職員が行方不明です。
それから、確かに傭兵たちは12人ほどおりましたが……」
「まずそやつらを捕らえて連れてくるのだ!」
「この領の上納金が1割しか集まっていないとの噂を聞いて、全員が既に逃げ出しております」
「な、なんだと!
なんという忠誠心の無い奴らだっ!」
「傭兵とは金銭で雇われて働く者たちです。
そもそも領に対する忠誠心はありません」
「そ、それでは盗賊団を捕らえて連れて来いっ!
奴らなら全部で40人はいただろう!」
「あの……
ご報告させて頂きました通り、街道西側を縄張りとする盗賊団は全員が行方不明です。
また、街道東部を根城にする盗賊団は、男爵旗を掲げた奴隷商の大商隊が通過したのを見て、既に全員が逃亡しております」
「なんだと……」
「彼らも拉致されて奴隷に落とされるのは恐れますので」
「そ、それなら街民から20人、2つの村から10人ずつ連れて来いっ!
そやつらを売り飛ばすぞ!」
「本気で仰っておられますか?」
「当たり前だ!
そ奴らには今こそ准男爵であるわしへの忠誠心を示すときだと伝えろ!
なんといってもこの領の存亡の危機なのだからな!」
「あの……
そのようなことをすれば、今期の税収は何とかなっても、来期の税収は更に激減致しますが。
なにしろ領民500人のうち行方不明と逃亡と大怪我が合わせて100人以上、その上働き手を40人も失えば、領民の3分の1を失うことになりますので……」
「そ、そんなものはどうにでもなる!
今期の納税が終わったら、すぐに遠征隊を組織せよ!
隣のブルガ准男爵領やビゾルム男爵領に侵攻し、農民共を攫って来いっ!」
「それは、ご命令ですか?」
「当たり前だっ!」
「皆…… 聞いたか?」
「「「 はい、確かに聞きました…… 」」」
「おい、この馬鹿を捕縛しろ」
「!!!!」
「衛兵たちを牢から出して、こやつを代わりに入れておけ」
「「「 はっ! 」」」
「な、ななな、なんだと、この平民風情がぁっ!」
「ええ、確かに我らは平民です。
ですから出身は由緒正しい家系ではなく、皆平民の平凡な家系です」
「そ、その平民共が、貴族であるワシに逆らうというのかぁっ!」
「ふん、お前の父親や母親も平民だろうが。
成り上がりの准男爵風情が偉そうにしやがって……」
「なっ……」
「お前は知恵が足りないようだから教えてやろう。
お前は街民や村民から奴隷として売り払うために人を攫って来いと言ったがな。
その街や村には同じく平民である俺たちの親兄弟や友人がたくさんいるとは思わなかったのか?」
「!!!」
「それからお前は衛兵も奴隷商に売ろうとしただろう。
俺の弟は衛兵隊にいるのだぞ?」
「!!!!!」
「王国法第5条第1項、反逆罪。
如何なる貴族領主も王国内の他の貴族領に侵攻し、住民や財産を略取することを禁ずる。これに反した場合は王家に対する反逆罪と見做す。
第2項。
反逆罪に相当する命令を受けた者は、たとえそれが直属の貴族領主であろうとも、速やかに捕縛して王室近衛兵に引き渡すこと。
そういう法があることも知らんのか?
まあお前は碌に字も読めんから知らないのだろうが」
「な、なななななな……」
「これでお前は縛り首だな……」
「ま、まてっ!
そ、そうだ! お前を街長にしてやるっ!」
「まだわからんか……
反逆罪を犯して縛り首になるお前には、もはやそのような権限はないのだよ」
「だ、だがお前らも、処罰されるだろうに!」
「いや、そのようなことはない。
キサマはさっき『ゴンゾ准男爵領存亡の危機』と言ったがな。
俺たち平民にとっては、誰が領主になろうと違いはないのだよ。
現に兵士長から准男爵に成り上がったお前は、譜代の家臣がいなかったために、元からこの領にいた領兵を雇い直していただろうに。
そんなことも覚えていなかったのか?
我々領民は常に存するが、亡くなるのはお前だけだったのだ」
「な、なんだと……」
「さあ、こやつを牢に放り込んでおけ」
「「「 ははっ! 」」」
「ねえタマちゃん」
「にゃ」
「やっぱりDQNやヒャッハーは滅びるんだね」
「にゃっ♪」
大地くん……
他人事のように言ってるけど、ゴンゾ准男爵家を滅ぼしたのは他ならぬキミだからね。
翌朝、領兵長は部下を2人連れて、ブリュンハルト男爵の野営地に向かった。
質素な天幕から出て来た男爵の前に領兵長は跪いた。
「誠に申し訳もございませんが、奴隷の用意が出来ませんでした。
どうかこのままお帰り願えませんでしょうか……」
「ふむ、ゴンゾ准男爵はどうされましたかな」
「昨日王国法第5条に抵触する命令を発したため、捕縛しております。
数日後に王都に向けて護送する予定であります」
「やはりそうなりましたか……
街も酷いありさまでしたしね」
「はい……」
「わかりました。それではこれから帰ると致しましょう。
ハイラル伯爵閣下への報告は、私の方でしておきますので」
「痛み入ります」
「ですが、ひとつご助言を」
「承ります」
「『ゴンゾ准男爵は、反逆罪に問われたのを恥じて自害した』という結末の方が、閣下はお喜びになられると思います」
「ご助言、誠にありがとうございました」
「ああ、あともうひとつ。
もしも次の領主に雇われなかった場合には、伯爵領都にブリュンハルト商会を訪ねなさい。
あなたならいい護衛分隊長になりそうです」
「お言葉、重ねてありがとうございます……」
(シス、ゴンゾ准男爵を牢に転移させておいてくれ)
(畏まりました)
(ねえタマちゃん。
俺、なんかこのブリュンハルトとかいう奴隷商のことが気になるんだよ。
さっき鑑定したら、奴隷商なんていう仕事をしているくせに、E階梯が3.0もあるんだ)
(そうだったのかにゃ)
(シスくん、この奴隷商にマーカーをつけておくから、何かあったら呼んでくれるかな)
(畏まりました)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大地は、ストレーくんの時間停止収納部屋で十分な食事と睡眠を取り、地球に戻った。
日本では月曜日の朝7時になる。
(さて、それじゃあ高校に行きますかね)
午前中の授業を終えると、大地は柔道場の横にある小講堂に向かった。
今日は柔道部と空手部の合同ミーティングがあるそうだ。
冒頭、柔道部主将の須崎が発言した。
「それではミーティングを始めよう。
時間も無いからみんな弁当を喰いながら聞いてくれ。
まず最初の議題は、先日も話した通り、柔道部と空手部が合併して『MMA部』になることについてだ。
空手部顧問の竜岡先生には、生徒の意見が纏まれば構わないとの内諾も貰っている。
夏休み明けの9月には、柔道2段の体育教師も赴任してくるそうだから、竜岡先生とその新任の先生に顧問をしてもらうことになるだろう。
なにか意見や質問があるやつはいるか?」
「練習場所はどうするんだ?」
「週1日はここ小講堂で旧柔道部員は旧空手部からスタンディング・ファイトを教わり、週1回は伴堂ジムの畳スペースで柔道部が空手部にグラウンド・ファイトを教える。
伴堂師範が畳のスペースを大分広くしてくれたからな。
そして、週1回は北斗師範代からMMAを教えて貰おうと思っている」
「部の目的はアマチュア修斗大会出場でいいのかな」
「そのつもりだ。
つまりは全員が初段以上になることだな」
その場の全員が、MMA部の方がモテそうだという目的も持っていたが、誰も口にしなかった。
「自主練は構わないのか?」
「もちろん。
伴堂ジムはいつでも行けるからな。
北斗師範代もほとんど毎日いるし」
「ということは、俺たち3年生は卒業してもジムに行けばMMA部との練習が出来るわけだ」
「その通りだ。
ジムには卒業だの引退だのは無いからな。
ただし、そのときはバイトもして正規の会員費も払わなければならないが」
その場の全員が、そのときにはエクササイズコースにも所属して、あのお姉さんたちと一緒にトレーニングが出来ると思って頬を緩めたが、誰も口にしなかった。
「誰か反対意見のあるやつはいるか?」
誰も手を挙げない。
「うーん、反対意見は無いようだけどさ。
俺にひとつ意見があるんだよ。
来月には文化祭があるだろ。
そこでMMA部の発足をアピールするためにも、何か部として参加出来ないかな」
「去年は、空手部も柔道部も小講堂で模範演技とか部内最強決定戦とかやったけど、親兄弟以外にはほとんど観客もいなかったからなあ……」
「な、なあ。
伴堂ジムで、北斗師範代が米軍の兵士さんたちと戦ってるだろ。
あれ、見ててすっげぇ迫力があるんだけど、俺たちにも出来ないかな?」
「なるほど、それなら校庭で出来るから、客も来てくれるかもだ」
その場の全員が、自分の雄姿を女子に見て貰えるかもしれないと思って鼻の穴を膨らませていたが、誰も口にしなかった。
「北斗師範代、俺たちあと1か月であの模擬戦が出来るようになるかな?」
「ええ、みなさん随分努力されて来ましたからね。
大丈夫だと思います」