*** 71 街の食堂 ***
大地と2人の少女は路地に入ったところで立ち止まった。
「はあ、ここまで来れば大丈夫か」
「な、だから屋台では絶対に買い物をするなって言ったんだよ」
「それにしてもあいつらも馬鹿だよな。
余所者が減って来てるのは、自分たちのせいだって気づいてないんかね?」
(はは、こんな少女達でも気づけたことがわかってないとはな。
やっぱり欲に目が眩んだ奴は、考え無しってぇことか……)
「さあ、ここが薪ギルドだよ。
あたいたちなんかが拾ってきた木を切って、薪にして売ってるんだ。
なにしろここにしか青銅の鋸や斧が無いからな」
「兄さん、さっきの木を出してくれるかい?」
「ああ」
「へへ、これだけ大きな木だったら銀貨1枚ぐらいにはなるかな」
少女たちは木を引きずってギルドの建物に入って行った。
もちろん大地も後に続く。
「なあギルド長、大きな木を拾って来たぜ」
「高く買い取ってくれよな」
(な、なんだこの男は……
アルスには蛙人族もいたんか……
い、いやよく見ればガマガエルみたいな顔のヒト族か……)
ギルド内には比較的逞しい男たちが5人ほどいた。
全員が嫌らしい目で少女たちの胸を見ている。
「そうだな、この木だったら銅貨2枚だ」
「な、なんだって!」
「こんなに大きな木だったら銀貨1枚だろうよ!」
「うるせえっ!
薪ギルドのギルド長である俺に逆らう気か!」
「っつ……」
「だが俺もお前たちに同情ぐれぇはしてやる。
今晩一晩ここで過ごせや。
そうすりゃあこの木は銀貨1枚で買ってやるぞ」
男たちがさらに下卑た目で少女たちを見始めた。
「なあおっさん、いくらとんでもなくブサイクで女にモテねぇからって、それは無ぇんじゃねぇかぁ?」
「なっ……」
「しかもよ。
お前ぇの仕事は薪作りだろうに。
手前ぇの仕事にかこつけてこんな少女をモノにしようたぁ、仕事に対する誇りってぇもんは無いんかぁ?」
「な、なななな……」
「あー、それだから余計に女に相手にされねぇんだよ。
まさに貧すれば鈍するだな」
「て、手前ぇ……
ギルド長のこの俺様にそんな口を利くたぁ……
おい野郎共! こいつをぶち殺せっ!」
「「「 へいっ! 」」」
(タマちゃん、この子たちに結界をよろしく)
(もうかけてあるにゃ♪)
(さすが)
男たちが手に斧や棍棒を持って大地を囲み始めた。
「それじゃあお前たちにも教えてやるよ。
相手に武器を向けて殺意を見せたら、逆に殺されても文句は言えないんだぜ」
「ええい! 何をしているっ!
早くこいつを殺せぇっ!」
ひゅんひゅんひゅんひゅん……
ぼとぼとぼとぼと……
「「「「 ぎゃぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」
「もちろんお前もだ」
ひゅん。
ぼと。
「ぎゃぁぁぁぁ――――――っ!
痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇぇぇぇぇ―――っ!」
(さて、出血多量で死なないように、光魔法Lv3……)
「に、兄さん、やっぱ強ぇな……」
「まあウルフ50頭に比べりゃこうなるか……」
「テミス」
(はい)
「こいつらへの罰はこんなもんでいいか?」
(はい。
ですが殺人未遂行為の損害賠償が為されていません)
「この小屋にあるもの全てではどうだ?」
(マスター殿の所得や命の価値は、この国の財物の全てを合わせたよりも遥かに大きいので全く足りません)
「まあいいだろう。ストレー」
(はい)
「ここにある青銅の道具とカネと薪を全部収納しておいてくれ」
(畏まりました)
「でもよ。スカッとはしたけどよ。
これで木が売れなくなっちまったよな……」
「なあ、他に木を買ってくれるところは無いのか?
食堂とか」
「薪は買ってくれるだろうけど、木は無理だ。
みんな鋸や斧は持ってないから」
「そうか、それなら俺がその木を薪に切り分けてやるぞ」
「ほ、ほんとかい?」
「これ、薪に出来たら銀貨1枚と銅貨50枚ぐらいで売れるぜ♪」
「それじゃあ切るぞ」
ひゅんひゅんひゅんひゅん……
スパスパスパスパ……
「お、おおおお―――っ!」
「す、すげぇ……」
「それじゃあこれ売りに行くか。
また俺が収納してやろう。
ところでどこか売りに行くアテはあるのか?」
「この街じゃあ唯一まともな食堂があってな。
そこの親父さんは、あたいたち孤児団に余りものを恵んでくれるんだよ」
「ほんとは宿屋も兼ねてるんだけど、最近は他所の奴らもほとんどこの街には来なくなってるから宿は休業状態なんだ」
「それじゃあその食堂に行ってみるか」
「ここだぜ。
あ、ダメだよ。あたいたちは裏口から入らないと」
「ムッシュの親父さん、今いいかい?」
「ああ、お前たちか…… 構わんぞ」
「今日は薪がいっぱいあるんだ。
いつもの食べ物のお礼に安くしておくから買ってくれないかな」
食堂の親父は悲しそうな顔をした。
「いや、すまんがもう薪は買えないんだ……」
「えっ……」
「実はもう宿も食堂もやめようかと思っていてな……
だから手伝っていてくれたマルカも辞めてもらうことにしたんだ……」
「そ、そんな……
マルカ姉ちゃんまで……
マルカ姉ちゃんも元孤児団員でここしか働くところが無いのに……」
「そ、それに住むところだって……」
「今まで通り裏庭の小屋には住まわせてやるから大丈夫だ」
「な、なんで食堂をやめちまうんだ?
あんなに流行ってたのに……」
「宿屋ギルドに入るのを断っていたら、最近嫌がらせが酷くなってな。
どうも宿屋ギルドに雇われたらしい傭兵ギルドの連中が、1日中店で騒いでいるんだよ。
おかげでお客さんも誰も来なくなっちまったし……」
「そ、そうだったんか……」
大地の耳には店の中で騒いでいる野卑な声が聞こえていた。
「だから、今日は余りものがいっぱいあるからな。
薪は要らないが、食べ物は全部あげるから持ってお帰り……」
(ほう。こんな男もいるんだな……)
「ちょっと待っててくれ」
大地はずかずかと店の中に入って行った。
中では日干し煉瓦で作ったテーブルと椅子が部屋の隅にどけられて、厳つい男たちが4人ほど車座になって座っている。
「なんでぇお前ぇは」
「今日はこの店は俺たちの貸し切りだ。とっとと帰ぇれ」
「なあ貧乏人諸君。
端金貰って営業妨害しなきゃなんないほどカネに困ってるんか?」
「なんだと……」
「それなら俺が銅貨の1枚ぐらい恵んでやってもいいぞ」
「この野郎……」
額に青筋を立てた男たちが立ち上がり、大地を睨みつけた。
(お、武器は向けないのか。
だったら腕は勘弁してやろう)
リーダーらしき奴が大地に殴り掛かって来た。
(でも遅っそいな……)
ズム!
「が……」
あー、腹の筋肉もふにゃふにゃだぜ。
やっぱり見た目で脅すだけで鍛錬もしてないのか。
日本のDQNと変んねぇな……
男は腹を押さえて蹲り、ぴくぴくと痙攣している。
「こ、この野郎……」
3人の男たちが襲い掛かって来た。
だが……
ズムズムズム!
「「「 が…… 」」」
(あー、これ、ウチの高校の空手部員の方がよっぽど強いわ……)
「シス」
(はい)
「こいつらの身ぐるみ剥いで収納しておいてくれ」
(畏まりました)
「転移…… 念動……」
男たちはすっぽんぽんにされて門の前に転移させられ、衛兵たちの隣に浮かばされていた。
「クリーン、念動」
食堂は見る間に綺麗になり、テーブルも椅子も元通りになった。
「「 さっすが兄さんだな! 」」
「なあ店主、ここにはどんな料理があるんだ?」
「あ、ああ、シチューとパンだが……」
「それじゃあシチューとパンを少しだけくれ。
もちろんカネは払うぞ」
「わ、わかった……」
「お前たちも喰うか?」
「い、いや、やっぱりチビたちと一緒に喰うよ……」
「そうか、それじゃあ済まんがちょっと待っていてくれ」
「ああ」
「さっきはならず者たちをやっつけてくれてありがとうな。
気分がすっとしたよ。
ほら、うちの自慢のシチューとパンだ」
「ありがとう」
(ふむ、けっこう旨いじゃないか。
これ、塩も胡椒も使って無いけど、かなり丁寧に肉を煮込んであるな。
それに骨でダシを取ってあるのか……)
「なあ親父さん。
あんたさっき、宿屋ギルドに入るのを断ったら嫌がらせを受けるようになったって言ったよな。
なんで断ったんだ?」
「この街の宿屋ギルドに入るとな。
余所者が泊まったときに、部屋の合鍵をよこせって言われるんだよ。
それで、お客さんが外出してるときに、ギルドの奴らが来て荷物を盗んで行くんだ」
(酷ぇな……)
「でも最近はその噂が広まって旅人が減ったもんだから、宿屋ギルドが領主に納める税が足りなくなって来たんだ。
だから、夜中に押し入って、お客さんを殺して着ているものまで全部奪うようになったんだよ。
わしはこの街で生まれて育って、伯爵領都にあるレストランで修行をして、副料理長にもなれたんだがな。
カネが貯まったんで、生まれ故郷のこの街に帰って来て宿屋を開いたんだが、でも宿屋ギルドの要求があまりにも酷いんで、入会しなかったんだ……」
「なんでこんな酷い街に戻って来て店を開いたんだい?」
「わたしが子供の頃は、ここまで酷い街じゃあなかったんだ。
でも、10年ほど前に当時の准男爵が寄り親の子爵に上納金を払えなくなって平民に落とされて、それで代わった今のゴンゾ准男爵になってからこんなになっちまったんだ。
ゴンゾ准男爵は元々平民だったんだけど、戦で手柄を立てて准男爵に取り立てられたんだ。
それで万が一にもまた平民に落とされないように、各ギルドへのノルマがきつくなったようでな」
(やっぱり為政者のせいか……)
「あんたのおかげでさっきはスカッとしたけど……
でもまた違う連中が雇われてこの店の邪魔をするだろう。
だからどうせ店仕舞いはしなけりゃならないんだ。
だから、ミミとピピ、土鍋もあげるから全部持って行ってチビたちに食べさせてやんな……」
「そ、そんな……」
(ふむ、やっぱりこのおっさん、E階梯は3.1あるか……
お、『料理』のスキルも持ってるじゃねぇか。
きっと領都のレストランで真面目に修行してたんだろうな)
「なあ親父さん。
今シチューとパンはどれぐらいあるんだ」
「30人前ぐらいだな」
「それ全部でいくらだ?」
「えっ……」
「それ全部俺が買うわ」
(ストレー、ここに小型の空の寸胴3つと籠を出してくれ)
(はい)
(それから今銀貨は何枚ある?)
(150枚ほどです)
(ダンジョン村に来て貰うための支度金にはちょっと足りないか……
まあ、革袋に50枚ほど入れて出してくれ)
(ダイチさま、ストレーさんの中にある銀塊でわたくしが銀貨を作りましょうか?)
(おおシスくん、それじゃあ1000枚ほど作っておいてくれ)
(畏まりました)
その場に小型の寸胴が3つと籠が出て来た。
「こ、こここ、これは…… き、金属の鍋……」
「この鍋にシチューを入れて持って来てくれ。
これがその代金だ」
「そ、そんな、銀貨なら3枚で充分なのに……」
「いや、実は俺は親父さんに俺の村に来て貰いたいと思っているんだ。
俺の村は今すごい勢いで人が増えてるんだけどな。
食材も料理道具もたくさんあるんだけど、料理人が足りないんだよ。
この銀貨50枚以外にも支度金として銀貨1000枚を渡すから来てくれないか?」
「…………」
「もちろんそのマルカっていう手伝いの子も、孤児団も全員来て欲しいと思っているんだ」
「「 !! 」」
「あ、あたいマルカ姉ちゃんを呼んで来るっ!」
「と、とりあえずわたしはシチューを持ってこよう。
この鍋に入れて持って来ればいいんだな?」
「ああ」
(料理スキル)
(はい)
(このシチューをもっと旨くするためには何を入れたらいい?)
(そうですね……
まずはブイヨンと塩、それから胡椒を少々でしょう。
後は隠し味で醤油も少し)
(了解。ストレー、それらの調味料を出してくれ。
あとは熱の魔道具とお玉と皿とスプーンも)
(はい)
「こ、これでウチのシチューは全部だ」
「親父さん、気を悪くしないでもらいたいんだが、ここにあるウチの村の調味料を入れると、このシチューはもっと旨くなるぞ」
「こ、これは……
この塊は肉と香りの強い野菜を煮込んでから煮詰めたものか……
この黒い汁はわからんが、これは塩で、これは胡椒じゃないか……
こ、こんな貴重なもの……」
「はは、さすがだな。
うちの村にはこういう調味料がいっぱいあるんだ」
「な、なんと……」
「それじゃあこれらをシチューに入れてみてもいいかな」
「あ、ああ……」
「それじゃあこの鍋をこの上に置いてと」
「こ、この箱はなんなんだ?」
「これは『熱の魔道具』と言ってな。
薪を使わずに調理が出来るものだ」
「………………」